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日本人による2度目の戴冠【1993年ヤマハTZ250M:原田哲也】静岡県磐田市

2026年の今年、アプリリアに乗る小椋藍おぐら あいが2輪ロードレースの最高峰・MotoGPクラスで22年ぶりとなる優勝を果たしました。
「なぜこの快挙がメディアで大きく取り上げられないのか?」といった声もチラホラ聞こえますが、それはバイクレースの認知度の問題。
世間の関心がそれほど高くないのが理由でしょう。

ちなみに小椋藍は、2024年に1つ下のMoto2クラスでチャンピオンを獲得しています(その時もさほどメディアには取り上げられず)。

小椋は2025年からは日本ではなくイタリアメーカーのアプリリアに乗り、その非凡な才能を開花させつつあります。
2026年はその過程、あるいはそのまま頂点へと昇り詰めてしまうのかはまだ分かりません。ただシーズン途中のリザルトからその可能性を感じさせているのは、過去にはいなかったタイプのライダーに違いありません。


2025年12月にコミュニケーションプラザを記録した時には、本流ではない4輪(F1およびスーパーカー)主体の記事でしたが、今回は初参戦で世界タイトルを獲得した人とそのマシンの記録。
ちょうどミュージアムでは、今春のリニューアルで実機が展示。

静岡県磐田いわた市の人口は163,000人(うち外国人10,000人)。
磐田はヤマハ発動機が本社を置く町ですが、市内にはスズキの工場や竜洋テストコースも。ちなみにヤマハのテストコースはお隣の袋井市内に。

現在ヤマハは、本社エリアに2棟の新社屋を建設中。
以前は平置きだったお客さん用駐車場に、太陽光発電パネルをフル装備した駐車場棟が出現しています。
タイミングを間違えると、工場から人のビッグウェーブが(歩行者優先)。

ヤマハ・コミュニケーションプラザ

1998年に開館したヤマハ・コミュニケーションプラザは、ショールームを兼ねたいわゆる企業博物館。入場は無料!

楽器やオーディオ機器を製造するヤマハを母体として、1955年に二輪車部門が分離独立したのがヤマハ発動機。

コミュニケーションプラザ:静岡県磐田市新貝2500

赤い音叉マークがヤマハ発動機のアイコン(母体となったヤマハは紫色)。

エントランスのお出迎えはヤマハの2輪製品と船外機、そしてエンジン開発に加わったトヨタ&レクサスのスポーツカー。

その横には発動機の創業者、川上源一かわかみ げんいち(1912-2002)。

その奥にはヤマハのモーターサイクル最高峰が4台。
よく見ると1台は最新鋭のGPマシン。

ファクトリーマシン

YZR-M1:MotoGP 2026年用マシン

YZR-M1は2026年用のMotoGPマシン。
エンジンは4ストローク水冷V型4気筒。
排気量1,000ccから、最高出力は275PS以上!

ライダーはF・クアルタラロ(フランス:1999- )。
2021年にはYZR-M1でMotoGPクラスチャンピオンを獲得しています。
2027年はホンダファクトリーチームへ移籍予定。

YZR-M1

4ストローク化されたGPトップカテゴリーでは、直列4気筒にこだわりを持っていたヤマハ。そこに2026年シーズンから投入されたのがV型エンジン。
ヤマハは2022年以来勝利から遠ざかっていて、ここで大きく方向転換。

アッパーカウルに羽根が生えるのは今やデフォルト。
サイドカウルにも複数のインテークを持ち、これがバンク時にはダウンフォースを発生しているとも。よく分からん。

右ステップの下に顔を出すのは前バンク用の排気管。
その上あたりからリアに伸びていくのが後バンク用の排気管(竹ヤリ風)。
他のV4エンジン搭載メーカーにも見られるフォーマットです。
リアカウルには近年のスタンダード、恐竜の背びれのような空力パーツも。

直4エンジンは単体で展示されていましたが、V4が単体で姿を現すのはまだまだ先の事でしょうか?

こちらは2輪の市販車が並べられた、ショールーム的なエリア。

市販車コーナー

MT-09は各パーツ解説付きのバラバラ状態での展示。
プラモでもよく見かけるパターン。

MT-09

サマーシーズンだからか、鈴鹿8時間耐久マシン7台がズラリと。

8耐用YZF+FZR

複数台見えるゼッケン21番は、化粧品メーカーによるスポンサード以来、8耐ではヤマハの固定ナンバーに。

過去にはV・ロッシ軍団が整然と並べられた企画展も。ゼッケン46の嵐。

(参考)ロッシ軍団

そして今や絶滅種の2ストロークマシンの中に、今回の主役が。
近年では2ストロークマシンの展示は、やや少なめな印象。
それほど頻繁に足を運んでいる訳ではありませんが。

2スト系

TZ250M :1993年 250ccクラス チャンピオンマシン

TZ250M(OWF3)は、1993年250ccクラス用のファクトリーマシン。
2ストローク水冷V型2気筒エンジンは、
排気量249ccから最高出力85PS以上を発揮(メーカー発表は控え目)。
それで車重90kgレベルと超軽量。

TZ250M

当時ストレートで猛威を振るったのはホンダNSR250。
1993年型の最高出力は98.6PS/12,750rpmとされています。
確かにストレートではホンダ優位でしたが、ラップタイムはそれだけで決まる訳ではないのがレースの面白いポイント。

ファクトリーマシンと言えば、性能第一でメーカーの技術の粋を集めた一品モノ。ヤマハではYZRの称号が与えられています。
1991年以降はその名称がTZ-Mへと変更された事から、市販レーサーTZのワークスチューニング版とも捉えられていました。
(ヤマハの序列:YZR > TZ > TZR)

実態はTZや市販車TZRの先行開発を目的としながらも、開発コンセプトは市販車と共有し、フィードバックし易い設計が盛り込まれたマシンでした。
ただTZとの間に共有部品はほぼなく、YZR同様にスペシャルパーツのみで構成された特別な存在。
メーカー的にはファクトリーのイメージがうまく重なり、市販車プロモーション的にはプラスに作用したとも。

1993年チャンピオン:原田哲也

このマシンのライダーは原田哲也はらだ てつや(1970- )、千葉の人。
1993年にWGP250ccクラス初参戦ながら(スポットを除く)、1991年から自らが仕上げてきたマシンで4勝を挙げてチャンピオン獲得。
しかも最終戦での大逆転劇というオマケつき。
片山敬済かたやま たかずみに続く、日本人2人目のチャンピオンです。

クールデビル

その走りはコーナリングスピードを高く維持するというより、コーナーはコンパクトにクルッと旋回し、早めに車体を起こしながら出来るだけアクセル開度を大きく、開ける時間を長く取る大排気量車的なスタイル。
また冷静なレース組み立てから、クールデビルと呼ばれました。

原田は2002年をもってレース界から引退していますが、キャリアのハイライトはやはり1993年。
1994年以降の3年間はアプリリアに乗るM・ビアッジの後塵を拝し、
「ビアッジではなく、アプリリアに負けているだけ」
と名言を残し、結果的にヤマハを離れる事になります。

原田モデル ヘルメット ピンズ(年式不明)

ただアプリリアで速かったのはビアッジ1人で、そのビアッジはNSRに乗り換えた1997年もタイトル獲得(都合4連覇)。
また500ccやMotoGPクラスでも活躍したという事実から、原田がビアッジ&アプリリアに負けたのは、マシン差だけではなかったようにも思えます。

ちなみに1997年アプリリアに移籍した原田は、高いレベルのリザルトを残しましたが、タイトルには手が届いていません。
タイトル獲得には運やライバル、そしてチーム環境が複雑に絡み合います。
そういう意味では1993年の原田は、すべてのピースがピタリとハマッた。

フレームのメイン部分を構成するのはアルミのプレス材。
そのプレス型はTZと共通だそうですが、材質はTZ-M用のスペシャル。

いわゆるワンオフ

アッパーカウルの左ナックル部にはシーズン中盤から吸気ダクトを増設。
エンジンへの吸気を加圧するためのデザイン。

気になる段差

またアッパーカウル上部の段付き部分には、多数の小さな穴が開けられています。カウル前面の小さなダクトから取り入れられた空気をここから排出し、カウル面の空気の流れをスムーズにする事が狙い。

この時代はエンジンへの吸気を加圧したり、車体まわりの空気の流れを積極的にコントロールしたりと抵抗減や効率アップに空力を考え始めた時代。

近年MotoGPクラスを支配しているドゥカティの立役者ジジ・ダリーニャは、2輪の世界へ本格的(F1並み)に空力を持ち込んだ人ですが、原田のアプリリア時代にはチームのGMという立場でした。

非常にスリムな車体とその軽さが、2スト250の魅力の1つ。
ハンドルバーのタレ角や絞り具合が現代のマシンとは異なります。

回転計と水温計だけというシンプルなメーター。
タコメーターには11,000rpmに印が。

後ろ姿も超スリム。

カウルは当時のままのモノか分かりませんが、塗装はヌメっとした質感で真っ赤なイタ車と同様です。

近年のバイクはシートカウルが空力のためか小型化が進み、スポンサースペースも極小化していますが、この頃はカラーリングもまたバイクの個性。
原田の所属はイタリアチームだった事もあり、スポンサーにはイタリアンブランドが目立ちます。色使いもまたイタリアン。

原田哲也は自らの実力でヨーロッパメーカーと契約したライダーのパイオニアであり、TZ250Mは原田と共に歩んだ名機です。
吟味された素材を突き詰めたデザインと機能で具現化したマシン。
ヒストリーも充分、かつある意味工芸品のようなマシンは唯一無二。
いずれは文化財のような存在か。

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