ワールドワイドな江戸の天才絵師と現代の建築家【すみだ北斎美術館:妹島和世】東京都墨田区
現代の東京「下町」といえば、ザックリ23区の東側に広がっています。
一方、豊臣秀吉による関東移封を契機に、徳川家康が都市開発を活発化させたのがかつての「江戸(東京以前)」。
ある程度「江戸」の町が形作られた頃の「下町」は、江戸城東側の低湿地かつ隅田川の西側エリア(現在の中央・台東区あたり)でした。
そして人口増加によって成長を続けた江戸の町は、東にもどんどん拡張していきます(現在の墨田・江東区あたりまで)。
そうして膨張してきた江戸の「下町」では町人による文化も勃興し、武家や裕福な商人の知識人たちと融合。芸術というより娯楽志向の強い浮世絵という風俗画のジャンルを確立します。
墨田区の人口は、微増傾向の289,000人(意外に少ない)。
興味深いのは年少・老年人口はほぼ横ばいながら、生産年齢人口(15-64才)が増えてきている点。23区内では働きやすさと住みやすさのバランスが良いのかもしれません。
区内には歴史の足跡(〇〇跡)が多く残り、東京の新ランドマーク・スカイツリーは富士山と並ぶ関東平野での目印。

すみだ北斎美術館

すみだ北斎美術館は2016年の開館。緑町公園(かつての弘前藩屋敷地)と一体化され、美術館南側にはJR総武本線。現在は北斎通りと呼ばれるこのあたりが、美術館の主・葛飾北斎が生まれた本所割下水(湿地の排水路)。

4階建ての建物はアルミパネルに包まれ、館内へはパネルの裂け目(スリット)から路地のような通路を経るというアプローチ。
館内には講座室や関連書籍が充実した図書室を完備。

展示は葛飾北斎と浮世絵にフォーカスされ、収蔵品はピーター・モースコレクション(約600点)や美術史家楢崎宗重コレクション、加えて墨田区収集作品から構成されています。また展示には高精細複製品を多用。

東京都墨田区亀沢2-7-2

この特異なファサードを設計したのは世界的建築家妹島和世(1956- )。

スリットは壁面(ガラス)もそのまま斜めのまま。見た目は面白いのですが頭をぶつける人も多いようで、結果その対策でやや残念なカンジに。

妹島和世とは
妹島和世は茨城県日立の人。手掛けた作品には地元の市庁舎やJR駅舎も。
2010年には西沢立衛(1966- )との建築ユニットSANAAでプリツカー賞受賞。
ここで妹島作品(SANAA名義あり)を4選。
古河公方公園内売店(1998年:茨城県古河市)はキャリア初期の作品。

シンプルの極みのようなショップ。ただ真夏や真冬はどうなのか?
こちらもキャリア初期の小笠原資料館(1999年:長野県飯田市)。

シンプルな資料館ですが、窓が無く換気ができないのがネガらしい。
ちなみに妹島さんの母方は、伊豆木小笠原氏の家系。
知名度が高いのは、金沢21世紀美術館(2004年:石川県金沢市)。

文化の厚みを誇る金沢で、北陸現代アートの拠点として新名所化。
2027年から長期改修予定(能登地震の影響やら経年劣化やら)。
静岡市歴史博物館(2023年:静岡県静岡市)は最近の作品。

特徴は外壁を覆うアルミエキスパンドメタル(近づいてみないと分かりにくい)。展望室が過去作品との文脈のようにも。
以上軽やかな印象の建物が、妹島建築の持ち味でしょうか。
また意図的なのか木材が目立たないのも特徴的。
北斎美術館も印象は軽やかですが(一応アルミ)、全面のメタル感は異質。
それでは墨田区に戻ります。

何故かすみだ音楽大使を務める佐渡裕さんパネルを横目に、EVで展示室のある3・4Fへ。ひらがなで書くのが「すみだ区」の流儀か?

ココでもアルミエキスパンドパネルを採用。
近くで見ると金網的な造形。スリットからの景色は・・・

訪問時は2025年。大河ドラマと連携したかのような企画展が多数開催された年です。この美術館のためのような1年(たぶん)。

2025年3月-5月 @北斎美術館

常設展示室はほぼ撮影可能(たしか)。企画展示室は不可でした。
お客さんはトーハクほどインバウンド率は高くもなく、半数は日本人の印象でした。北斎美術館の世界的知名度はこれからか。
展示にはデジタル系も導入されています。

展示品をブラブラ見ていると、けっこう触ってみる系のお客さんも多い。
目新しさはありますが、個人的には映像系の展示はほぼスルー。

葛飾北斎という人

浮世絵師葛飾北斎(1760-1849)が生まれたのは、本所割下水(現在の北斎通りあたり)とされています。現代なら名誉区民。
生涯に引っ越した回数は93回と驚異的。また名乗った画号も多数。
西洋のゴッホやモネにも影響を与えた人らしい。
常設展示室はほぼ高精細のレプリカです。
「吉原遊郭の新年」(レプリカ)は蔦重がらみの展示でしょうか?

北斎と言えば、「富嶽三十六景」。
その中から「神奈川沖浪裏」(レプリカ)。

もう1枚、富嶽三十六景を。「山下白雨」(レプリカ)。

美術館のアイコンにも引用されているデザイン。
こちらは「詩歌写真鏡在原業平」(レプリカ。)

この絵の何が業平なのかは分かりませんが(和歌についても)、業平はスカイツリーあたりの地名として残っています。
北斎の住まい(1845年頃)の近くにあったのが牛島神社。
北斎は神社に「須佐之男命厄神退治之図」を奉納しています。
(神社はスカイツリーの西側あたり)

晩年(86才)の作品ですが、残念ながら原本は関東大震災で焼失。
そしてモノクロ写真から最新のテクノロジーによって蘇ったのが、展示されている推定復元品。疫神多すぎて、退治されてるのに隠せない禍々しさ!
「遊女図」(レプリカ)の原画は、スミソニアン国立アジア美術館蔵。

原本の所蔵先は「門外不出」が信条の美術館。
海を渡ってしまった名品は、キヤノンの綴プロジェクト(文化財未来継承プロジェクト)の協力を得て里帰りしています。
「古くから伝わる貴重な文化財の高精細な複製品を制作し、寺社や美術館等に寄贈しています」という太っ腹な企業がキヤノン。
トーハクの「松林図屏風:長谷川等伯」や建仁寺の「風神雷神図屏風:俵屋宗達」といった国宝も、高精細レプリカによってほぼ常設展示が可能に。
トーハクでは、他のプロジェクト作品もよく見かけます。
「略画早指南」(レプリカ)は作画のテキスト。

定規とコンパスがあれば絵が描けるという目からウロコな絵画の教科書。
「伝神開手北斎漫画」はパラパラマンガ的な1冊。

蔦重なら、各デザインをTシャツで少数限定販売するとか・・・
館内には北斎のアトリエも再現されています(北斎仮宅之図の再現)。

アトリエと言ってもフツーに長屋! 職住一体が下町らしさ。
室内の2人は北斎とその娘阿栄(応為)。
その姿は浮世絵系なカンジではなくリアル系。

しかもビミョーに動くのでビビります。要注意!
また畳に座るな!という注意書きも。

この北斎像にそっくりな方が、墨田区の金融機関の前にも鎮座しています。
こちらの北斎像は、美術館にやや遅れて2024年の設置(蔦重がらみ?)。

バックのエキスパンドパネルでは、富士山を表現(写真はありませんが、行けば分かります)。まさか美術館とのコラボ?
場所は総武線脇にある東京東信用金庫(ひがしん)両国支店。
美術館から歩いて数分の距離で、線路側の壁面です。
ちなみに北斎が1830-44年頃に住んでいたのが本所亀沢町榛馬場。
それはまさにこのあたり。
北斎さんの両脇はベンチになっていて、しばし語らうもよし!
スマホ見ながら一息ついていたサラリーマンの姿も。

交通アクセスもよく、2026年は美術館至近にある江戸東京博物館も復活の年(刀剣博物館&旧安田庭園も至近)。
大河ドラマは盛り上がったのかはたまた不発だったのかよく分かりませんが、北斎美術館には今年も追い風が吹いているような気配(知らんけど)。

