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金沢ゆかりの人による金沢ゆかりの人のミュージアム【鈴木大拙館:谷口吉生5】石川県金沢市

城下町には何か面白そうなモノ・コトがあります。スケール(町の規模)はさほど問題ではなく、歴史や伝統がいかに現代とリンクしているのかが魅力の源泉。江戸時代には相応の規模を持った藩の方が、文化的な蓄積が進んだように思えますが、現代の街の規模とは必ずしも一致しません。
中でも都市の基盤計画を、織豊時代に尾張の国からやって来たお殿様が担った町は、なぜか波長が合います(かなりバイアスのかかった視点)。


北陸の中心、金沢市の人口は455,000人。石川県の県庁所在地ですが、かつては加賀100万石の城下町。100万石のイメージからすると、現在の人口はやや少な目でしょうか。
街の人からよく聞くのは「歩きでも主要なポイントを見て回れますよ!」(多少の体力は必要)。そんなスケール感の街です。
今回は代表的観光コンテンツになりつつある(もうなってる?)ミュージアムへ。

街の中心にドドーンと存在感を示すのは金沢城。太平洋戦争後にはナンバースクールを母体とする金沢大学のキャンパスだった時代も(現在は移転)。
ちなみに加賀藩の江戸屋敷跡は東京大学となり、屋敷門は赤門(重要文化財)として現存しています。一方、白門と呼ばれる金沢城のアイコンの1つが石川門(重要文化財)。通学を登城と呼んだのかは定かではありませんが、教育環境としてはうらやましい限り。
現在の金沢城は復元整備が絶賛進行中で、最近はやりの御殿も復活予定。

白すぎる海鼠なまこ壁 金沢城
県立美術館横の辰巳用水

地形の高低差を利用し、兼六園を経て小立野台地から金沢の町を潤すのは江戸初期に整備された辰巳用水。現在は観光コンテンツとしても現役。
目当てのミュージアムは石川県立美術館や県立歴史博物館の南側にあり、小立野台地(県立美術館脇)から斜面を下ってきた場所にあります。
実はミュージアムの主役が生まれたのは、まさにココ本多町。

本多家住宅長屋門(分家でこのサイズ)

本多家は前田家の重臣加賀八家はっかの1家で所領は50,000石と大名クラス(幕末時)、徳川家康の右腕本多正信まさのぶの二男正重まさしげ(波乱万丈の人)の系譜。ただしこの門はその分家・本多内記家のモノであちこち経由してこの場所に移築。

青い足

その脇にあった現代アート。金沢21世紀美術館が大当たりすると市内には現代アートが溢れてきています。お洒落系ジャングルジムか?よく分からん。


鈴木大拙館

鈴木大拙館は2011年の開館。玄関棟、展示棟、思索空間棟から構成され、もちろんの水盤と庭。鈴木大拙を知る、学ぶ、考えるための三位一体の施設。
設計は谷口吉生。

石川県金沢市本多町3-4-20

パンフ 2022年版
2022 大拙と語る チラシ
2022年4月-9月 鈴木大拙館

建築よりも水盤が主役なのかもしれません。

展示室(撮影不可)はそれほどボリュームはありませんが、悟りの境地へと至るには足りないコトが多すぎます。

水盤は時々ボカンと音を上げて波紋が広がります。
驚かせて心を乱そうとするのは修行という名の仕掛けか。

良い位置にベンチがあります。もしかすると壁に向かって座禅を組むベストポジションなのかも。
ちなみにココは宗教施設ではありません。

入館しなくても建物外観や水盤を見学できるポイントがけっこうあります。
ただ入場料は安く設定されているので後悔なきように。

あそこで瞑想している人を見かけるのは大拙館あるあるですが、そんなお気楽スタイルでは悟りの境地には辿り着けないでしょう(たぶん)。
気分だけ味わうのが21世紀スタイル?

あの手水鉢?は何のためなのか不明。〇△▢的なものでしょうか?

旅先や出張先では、地方紙(新聞、特に夕刊)を手に入れます。ネット情報では得られない面白いネタがけっこう手に入るのが理由。
ただ最近は夕刊の廃刊や、全国紙のパクリみたいな記事も目立ちます。
コンビニのバイトさんも、そもそも地元紙名を知らない人もいて興味深い。妙な所から発行部数の減少(新聞の衰退)を実感できます。

2022年に金沢へ足を運んだ時に、北國新聞の1面を見て驚きました。
「谷口親子設計の建築保存」と題して来年度からミュージアムを改修すると。「あの図書館もかなり築古だからそうなんだー」と納得しつつ読んでみると、並んで鈴木大拙館の名前も。
当時の大拙館は築11年ながら、想定以上の来館者数で劣化が進んだと記事にあります(2018年度には来館者79,234人)。
設計ミス?いやいや施工不良?とかおそろしくモヤモヤが残りました。
気が付けば大拙館は2024年にすでに復活完了。


谷口吉生という人

谷口吉生よしお(1937-2024)は多くの洗練された作品を残している建築家。
初期作品は別として、直線のシンプルなラインが特徴的で水盤と共に視覚的にクリーンな空間は、初見でも強く印象に残ります。2024年末に逝去。
吉郎よしろう(1904-1979)も建築家で金沢の人。市内には吉生さん同様に吉郎作品も残っています。

谷口建築3選

(参考)金沢市立玉川図書館 (1978年:石川県金沢市)

図書館&近世史料館は、父・吉郎さんとの共同設計。ちなみに2人は東京国立博物館では親子の共演設計(東洋館&法隆寺館)。
図書館はぶらーっと見る程度ですが、個人的な本命は史料館の方(展示スペースはコンパクトですが前田家関連の資料を展示、無料)。
史料館は旧専売公社のレンガ造建築(上写真右側)を利用し、左側が図書館エリア。流行り病の頃は入口を規制して、動線を限定。
図書館や隣接する玉川公園の敷地はちょうの屋敷跡。
ちなみに長家も加賀八家の1家。こちらも大名クラスの33,000石で、能登の国人の系譜。

(参考)金沢市立玉川図書館(図書館側)
(参考)京都国立博物館 南門 (2007年:京都市東山区)

チケット売り場が併設された京都国立博物館の南門にも谷口フォーマットの水盤。見るからにカッチリしていて気持ちが良い。
門の奥に見える平成知新館も吉生さんの設計。
ちなみにキョーハク表門は片山東熊かたやま とうくま設計の西門(重要文化財)。吉生さんと東熊さんはトーハク、キョーハクで共演設計。

(参考)谷口吉郎・吉生記念金沢建築館 (2019年:石川県金沢市)

父の故郷に父と自らの名を冠したミュージアム。谷口建築の最終章に。


鈴木大拙という人

鈴木大拙だいせつ(1870-1966)は金沢市本多町生まれの仏教学者。本名は貞太郎。鎌倉円覚寺の今川洪川に参禅。釈宗演しゃく そうえんより居士号「大拙」を受けます。
渡米し出版社で編集員の経歴を持ち、1945年に松ヶ岡文庫(鎌倉市)設立。
英語でを外国人にZENと紹介した人。キリスト教の信者にどういう言葉をチョイスすれば仏教を理解してもらえるか、哲学者プラス翻訳者としての視点を備えた人。

Mu-Shin チラシ
2016年7月-11月 鈴木大拙館

こちらは初めて大拙館を訪れた時の展示。
大拙さんには「無心」が重要なキーワードらしい。禅の目指すトコロ(到達点?)だから当然かもしれませんが。
大拙さんは無心の翻訳を、「no-mind」「mindless」のような否定を含んだ言葉ではなく、「childlikeness」(子供らしさ)としたそうです(心が無いというニュアンスを嫌った)。
グーグル翻訳で無心を調べてみると「innocent」でした。こちらもしっくりきます。やるなグーグル。

(参考)大拙と松ヶ岡文庫 チラシ
2016年7月-9月 多摩美術大学美術館

2016年の同じ時期には多摩美術大学美術館でも大拙さんの展示を見ていましたが、ほぼ覚えていません。人の記憶は当てにならない。
ちなみに松ヶ岡文庫&東慶寺は、鈴木大拙という人物の個人的出発点で、関係者には柳宗悦やなぎ むねよし(1889-1961)の名前も。

(参考)東慶寺(松ヶ岡文庫所在地:神奈川県鎌倉市)
今や写真撮影禁止の場所に


大拙さん関係者で避けて通れない人が西田幾多郎きたろう(1870-1945)。
生涯を通した親友かつ盟友の哲学者で、2人が出会ったのは第四高等中学校(金沢大学の前身)。
幾多郎さんの「哲学の動機は驚きではなくして深い人生の悲哀でなければならない」という言葉は、娘や妻に先立たれた経緯から。よく分からん。

生誕150周年 チラシ
2020年

石川県は2人の哲学者を観光コンテンツ化しようとしています。難解な哲学ではなく、映えるミュージアムという器の方で。
ちなみに幾多郎さんのミュージアムは、金沢の北側に位置するかほく市にあり、設計は安藤忠雄あんどう ただおの手によるモノ。大拙館とは甲乙つけがたし。
(能登の震災から1年が経過しましたが、金沢からほど近い内灘町やかほく市も被災しています。メディアは輪島や珠洲に偏って取り上げがちですが、個人的には被災地の全体像を伝えてほしい。)

もう1人忘れてはいけないのが安宅弥吉あたか やきち(1873-1949)。
安宅産業創設者で、大拙さんをスポンサーとして支えた同郷の後輩(鎌倉東慶寺の松ヶ岡文庫設立時も)。
東慶寺には大拙さん、幾多郎さん、弥吉さんが眠っています。
ちなみに安宅英一(弥吉の子)は美術コレクターとして知られ、安宅産業破綻後にそのコレクションは山種美術館や住友グループ経由で大阪市立東洋陶磁美術館に収蔵されています。美術・芸術界隈では外せない要注意人物。


大拙館にはなにかスゴイ工芸品や美術品が所蔵されている訳ではありませんが、思想という文字通りカタチのないモノを考える入口のような場所です。
しかも周囲にはお茶系、歴史系、美術系と加賀色満載のミュージアムが全方位的に配置されています。
少し気合を入れれば、さい川を渡って谷口記念金沢建築館も射程距離。歩いても回れるにはウソはありませんが、見て回る時間には限りがあるのが問題。
ヤバい街に成長してますよ、前田利家さん!

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