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極彩色とモノクロの若冲ワールド【チェスター・ビーティー・コレクション:東京国立博物館】東京都台東区

2026年3月に文部科学省(文化庁)から提示された国立ミュージアムの自己収入目標(5年間の中期目標)が、メディアで話題になりました。
その影響もあるのか、ここ数年のトーハクでは目に見えていろいろと展示や企画の改善が増えているように実感します(賛否はあれど)。
ただ特別展の料金設定は上昇気味な傾向を感じますが、コレクション展料金は現在の内容からすれば割安なのは不変(一応改定はされてます)。


以前に高精細複製品のオンパレードで固めたトーハクを記録しましたが、今回はその続編のような記録です。フォーカスするのは伊藤若冲。
特別展ではなかったせいか混雑も少なく、行列は見ていた限りゼロ。
人気絵師による超絶技巧(構想力)の両極端のような作品ですが、現代技術による再現品と海外コレクター蒐集品の里帰りという一味違った企画展。

トーハク

東京国立博物館(トーハク)は国内最高峰の博物館。これ以上の形容は思いつきませんが、国内で質・量ともに突き抜けた所蔵品を誇ります。

東京都台東区上野公園13-9

表慶館:三の丸尚蔵館プレイベント

本館ではなく表慶館で2026年4月から5月にかけて開催されていたのが、皇居三の丸尚蔵館が所蔵する動植綵絵(伊藤若冲:国宝)の高精細複製展示。

全30幅を前後期に分けて全てを公開という企画は、秋に控えた尚蔵館グランドオープンのプレイベント。
前期公開分は15幅を記録しましたが、ここでは後期15幅から1作品のみを。

高精細複製 展 チラシ
2026年4月-5月 @表慶館

選んだのは若冲お得意の鶏ではなく、
動植綵絵どうしょくさいえ秋塘群雀しゅうとう ぐんじゃく図(レプリカ)。

秋塘群雀図

30幅の絵画で構成される動植綵絵ですが、この1幅のみ異質なスタイル。
その表現が精緻である事は間違いありませんが、描かれている雀の群れは、尾形光琳の燕子花図屏風のようにコピペ的。

その群れの中心には白い雀(アルビノ?)が1羽。
そして左上には1羽だけ右方向に首を向けた雀。
若冲にどんな狙いがあるのかは分かりません。

後半分の15幅はデータに収めて本館へと向かいます。

本館:チェスター・ビーティー・コレクション

企画展は本館2FのD&Eの2室に分かれての展示。
どちらがメインなのかは分かりませんが、D室の方が見学者は多い印象。

チェスター・ビーティーは図書館、博物館、美術館から構成されたアイルランドの文化施設。実業で財を成したビーティー卿のコレクションを所蔵。
あいさつ文では日本側は「神話」、アイルランド側は「絵巻と絵本」を両国・両館共通の価値として挙げています。

メインビジュアルは酒呑童子しゅてんどうじ絵巻」

企画展チラシ
2026年4月-7月 @トーハク

酒呑童子絵巻(作者不詳)は、源頼光みなもと よりみつと彼の四天王(渡辺綱や坂田金時:金太郎ら)による鬼退治物語。
悪さを働いていた酒呑童子を頭とする鬼軍団を、頼光御一行が縦横無尽に斬りまくるシーンが満載。

酒呑童子絵巻

中には首だけになった鬼が、そのまま反撃して頼光の兜にガブリと嚙みつくシュール&スリリングなシーンも(定番らしい)。

長崎県の壱岐や五島には、凧に描かれた武者の兜に噛みつく鬼の姿が伝統工芸(おん凧&ばらもん凧)として残っていますが、同じ構図です。

嚙まれても無事な頼光

物語は連れ去られた姫君たちを助け出し、めでたしめでたし!という結末。

続いての展示品は、狩野派による竹取物語絵巻

竹取物語絵巻

王朝貴族の恋愛物語絵巻は狩野孝信かのう たかのぶ(1571-1618)筆と伝わります。
孝信は永徳えいとくの次男で、子には守信もりのぶ探幽たんゆう)、尚信なおのぶ安信やすのぶの三兄弟。
安土桃山から江戸初期に、狩野派を江戸と大坂・京都全方位で対応した人。
ちなみにトーハクは、孝信筆と伝わる酒呑童子絵巻を所蔵しています(ビーティーコレクションとは構図が異なる)。

上下巻を展示替えしていたのは長恨歌ちょうごんか絵巻(上巻)。

長恨歌絵巻(上巻)

こちらは狩野山雪さんせつによる絵巻。山雪は京狩野の人。
題材は中国皇帝の悲しいラブストーリー。主役は玄宗げんそう皇帝と楊貴妃ようきひ

上巻のラストは、楊貴妃の最期で幕を閉じます。
下巻はややファンタジーなストーリー。

楊貴妃

そして、もう一方のE室はというと・・・

実はこの企画展チラシは、両A面的なデザインです。
こちらは伊藤若冲の乗興舟じょうきょうしゅう。動植綵絵に呼応させたのかも?

企画展チラシ
2026年4月-7月 @トーハク

乗興舟は拓版画と呼ばれる独特なモノクロームの世界(1767年ごろ)。
グレーも巧みなグラデーションで表現されています。
全長11.5mの全てを一覧できる状態での展示。
モチーフは大典顕常&伊藤若冲コンビによる、京都から大坂へといたる楽しい淀川よどがわ下りのレポート。

大典顕常だいてん けんじょう(1719-1801):相国寺で得度した、漢詩に優れた禅僧。
若冲のよき理解者であり支援者。
伊藤若冲(1716-1800):青物問屋升屋の旦那。
隠居後には絵師として類い稀なる才能を発揮した人。
かつての若冲には裕福な町人の道楽説もありましたが、近年では錦市場の町年寄として奮闘していた事実も。

右から左へ

乗興舟は拓版画という事もあり、国内では
関西:キョーハク、福田美術館、和泉市久保惣記念美術館
関東:大倉集古館、三井記念美術館、千葉市美術館
にその作品が所蔵されているようです。

2025年には千葉市美術館蔵品が、板橋区立美術館の「エド・イン・ブラック」展で公開されています。

ただ今回の展示品はアイルランドからはるばる飛んで来たモノ。
西洋人にも響いた日本のモノクロ作品です。

この作品は初めて見たのは、ずいぶん昔の事です。
不思議な印象の作品で書かれた漢詩も意味は分からず、淀川下りからもそれほど面白そうな雰囲気は伝わらず。

数年前に新大阪をベースにしていた頃、時々散歩していたのが淀川の土手。その時ふと「この土手をずーっと歩いていくと、京都に着くのかー」と。
距離を調べると40kmちょっと・・・ 行けそうな気が・・・
そういう訳で京都駅から新大阪まで、淀川の土手を延々と歩いた過去が。
もちろん思い浮かべていたのは乗興舟!

ここからはリアルな体験(以下リアル編)に大典&若冲の視点を織り交ぜた乗興舟の記録です。ただ残念ながらリアル編では歩きに集中して写真なし。

川下りのスタートは伏見から。

伏見

リアル編は、正午すぎにJR京都駅から徒歩でスタート。
国道1号線をまっすぐ南下、鳥羽大橋を渡ったあたりで鴨川左岸の土手へとスイッチ。始まりは乗興舟とは異なるルートです。
当時の京都駅南側にはホテルが増殖中で、民泊施設もあちこちに建設中。
スタートから、違う意味でなかなかの衝撃(そのあとコロナ禍が直撃)。

乗興舟では次の場面があっさり淀城に移りますが、リアル編では鴨川と桂川の合流点を経てようやく淀城跡に到着。
橋を渡り間違えると砂州で行き止まりになったり右岸を歩く事になるので、地図と風景を確認しつつ。

淀城

淀城は桂川と宇治川の合流点近くにある要衝の城。今も石垣が残ります。
秀吉の側室淀殿に与えられたお城は淀古城。現在の淀城跡のやや北側に。

淀城

ちなみに乗興舟のころの淀藩主は稲葉家。
曜変天目茶碗(稲葉天目:国宝:静嘉堂文庫美術館蔵)かつてのオーナー。

そのまま進んで高速道路をくぐると桂川、宇治川、木津川との合流点。
(複雑怪奇な高速道路・大山崎ジャンクションのすぐそば)
そして木津川に架かる御幸橋を渡った所が、石清水八幡宮の麓。
ここから淀川と京阪本線に挟まれた土手の一本道を河口方向へと進みます。
左岸コースの京阪本線は、体力が限界に達した時の保険代わりにも。

乗興舟では山崎(右岸)と八幡(左岸)の場面。

山崎(大山崎町)といえば、本能寺の変後に羽柴秀吉軍と明智光秀軍が激突した場所。八幡は石清水いわしみず八幡宮の事。

八幡・山崎

現在の山崎には国宝茶室待庵たいあん(千利休作)が残り、少し山を登るとアサヒグループの大山崎山荘美術館が。

石清水八幡宮には、若冲の時代と変わらない建築物(国宝多数)が現存。

(参考)石清水八幡宮(京都府八幡市)

乗興舟の場面は、さらに橋本、高浜、前嶋、大塚と続きます。

リアル編では、淀川河川敷に広がるゴルフ場を横目に淡々と。
土手ではなく川のすぐそばの低い道なので、単調かつ楽しめる景色もなく。

高浜
大塚&前嶋

旅程のほぼ中間点にあるのが、かつての宿場町牧方(枚方ひらかた)。
江戸時代の水上フードデリバリー「くらわんか舟」が知られています。

牧方(枚方)

かつて水運で栄えた枚方には、古い町並みや船宿(資料館)が残ります。
現代では枚方パーク、そして京阪電鉄の本社所在地。

(参考)鍵屋資料館(大阪府枚方市)

乗興舟ではこのあと淀川右岸に、三島、鳥飼、一屋(一津屋)の集落が描かれています。

リアル編では両岸ともにグランドが広がり、相変わらず単調な風景。
ここからは時々現れてくる長大な橋を目先の目標として、地道にテクテク。
またこのあたりで日が暮れてきて、まだまだ遠くにしか見えない梅田高層ビル群にボンヤリ灯りが。脚には痛みが徐々に。

一屋&鳥飼

そして乗興舟における個人的最大の疑問地点「長柄ながえ」に。
乗興舟では長柄が右岸に描かれます。ただ現在の長柄は淀川左岸。
(大阪市内を南北に走る天神橋筋をよく使っていたので間違いない)

長柄

実際に歩いてみると淀川のこのあたりには大きな水門(毛馬水門)があり、南側へと大川が分流しています。
実はこの大川がかつての淀川で、中之島以降は堂島川、そして安治川と名を変えUSJの南側で大阪湾に注ぎます。

現在の淀川河口は明治期の大改修によって完成しているので、若冲時代とは流路が変わっていたというのがその真実でした。
なんだかスッキリ。

源八渡げんぱちのわたしは、現在の帝国ホテル大阪の北側にある源八橋あたり。

源八渡

続く蔵のような建物は、現在の大阪造幣局あたりか?

そしてゴールの八軒家はっけんや。今も八軒家船着場として現役です。
その向こうに見えるのは天満てんま橋。

大坂には若冲と大典共通の友人、木村蒹葭堂けんかどう(1736-1802)がいました。若冲と同じく商家の人で「なにわの知の巨人」と評されます。
西洋の文物にも知見があった博学の人でしかも文人。
川下りのあとは蒹葭堂の屋敷を訪ねたのかも。

現在の天満橋には京阪電鉄の天満橋駅、京阪ホールディングスの本社の入るOMMビル、そして商業施設の京阪シティーモールやホテル京阪が建ち並んでいます。

天満橋

リアル編では大川へは曲がらず、毛馬水門を渡って新御堂筋の新淀川大橋までラストスパート。そこで現在の淀川を渡って新大阪に到着。
休み休みとはいえボロボロの帰還は23時ごろ(翌日は意外なほどに復活)。
もう一度トライするなら、自転車が最良の選択でしょう(たぶん)。

ちなみに2025年の大阪万博では、淀川の水運を利用しての会場入りや伏見と大阪・十三じゅうそう(新大阪の西側)間の川下りも企画されたようです。
ただビジネス的には京都-大阪間は、ほぼ絵に描いた餅に。

本館:コレクション展示から

乗興舟の関連作品をトーハクコレクションからも併せて2点。
このあたりがトーハクの底知れない所。気がつく事ができればLvアップ。

1点目は若冲の玄圃瑶華げんぽようかから山萩やまはぎ枝垂柳しだれやなぎ(1768年)。
全48図の中の1枚ですが、若冲による自画自刻作品。
時々お目見えするのは18室あたりで、数枚が選抜されます。

(参考)玄圃瑶華

乗興舟と同時期の作品ですが、こちらはモノトーン版動植綵絵的な構成。
江戸琳派の酒井抱一さかい ほういつもこの作品から図柄を拝借したという逸品。

2点目は歌川広重うたがわ ひろしげ(1797-1858)の「竹」。

浮世絵師もモノクロ作品を手掛けています。
年代からすると、若冲作品を見て感化されたか?

表慶館にせよチェスター・ビーティーにせよコレクション展示料金で見学可能だった若冲作品。特別展ほどの告知がないトーハク企画展示なので、比較的ゆったり集中して見学できる絶好の機会。

国立ミュージアムの自己収入については、平成期から「収入の増加」が課題として認識されていたようで、今回は段階的かつ具体的な数値が明記された点に懸念が集まっているようです。
ただし今回示されたのは「展示事業」に対してであって、「収集・保管」や「調査・研究」はその対象外(今のところ)。

今回のような企画によって直接・間接的に効果(収入増)が得られるのであれば、試行錯誤してみるべきでしょう。
ただ巨大グッズ売り場に長蛇の列ができるような光景は・・・

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