見出し画像

彫刻ビギナーには豪華すぎる野外ミュージアム!【彫刻の森美術館:野外作品編】神奈川県箱根町

アートの世界において彫刻と定義されるカテゴリーは幅広い。
3D作品と考えておけば間違いはなさそうですが、木や石という素材を文字通り彫ったり刻んだり、あるいは銅像のように型から起こした作品であれば、初心者にはピンとくるイメージ。

銅像は絵画のような2次元作品とは違い、見るだけでスーッと入って来るので分かり易く引き寄せられますが、「あれはアートですか?」と聞かれると何か違うような・・・ まあ戦国武将系の場合ですけど。

個人的にモヤモヤするのは、抽象的な物体まで拡大している現代アート。
そのほとんどはスタスタ通り過ぎてしまうのが正直な所です。
加えて西洋作品はその背景知識が乏しく、馴染みが薄過ぎる点が・・・


古くからの温泉地として知られる神奈川県箱根町の人口は11,000人弱。
対して2024年に箱根町に足を運んだ人は2,031万人(入込観光客数)。
そのうち宿泊客数は約400万人。いろんな意味で強烈な数字です。
単純計算では町民とほぼ同数の人が毎日宿泊する町。

ただ温泉街に宿泊する選択肢を持たない自分には、縁の薄いエリア。
そしてその存在こそ知ってはいましたが、たぶん足を運ぶ事はないと思っていた美術館が今回の記録。

湯けむりではありません

彫刻の森美術館

周辺にはホテルや温泉旅館ばかりというこのエリア。平日であればそこまで混雑はないだろうと思いつつ、朝イチで訪れたのが彫刻の森美術館。
ほぼ人影のない開館15分前に到着し、駐車場でしばし待機します。

ところが開館5分前ぐらいになると、どこからか外国人観光客がわらわらと集まってきて集団化し始めます。しかも圧倒的優勢なのは欧米系の人たち。
朝一番から感じさせられた箱根のリアル。

箱根彫刻の森美術館は、フジサンケイグループによって設立された財団が運営する彫刻専門の私立美術館(設計は井上武吉いのうえ ぶきち)。1969年の開館とけっこうな歴史を持つ美術館は、美ヶ原美術館(長野県上田市)とは姉妹館。

70,000㎡と広大な敷地に彫刻が点在する国内初の野外美術館で、そのコレクション(絵画をふくめ約2,000点)は本館ギャラリー以外にもピカソ館やいくつかの独立した展示室にも。

スタートは野外展示から。

神奈川県足柄下郡箱根町二ノ平1121

パンフ 2025年版

小雨がパラつき、時折霧に包まれる天候の中。最初に見えてきたのはE・A・ブールデル(1861-1929)の弓を引くヘラクレス(1909年)。

よくいえば幻想的

ヘラクレスは国立西洋美術館(東京都台東区)のエントランス前でも弓を引いている神様ですが、西洋美術館の作品とはビミョーに違う気が・・・

弓を引くヘラクレス ほか多数

彫刻には同じモノ、あるいはサイズ違いが存在するケースがあります。
何をもってオリジナルと呼ぶのかよく分かりませんが、ヘラクレス以外にも国立西洋美術館エントランス前に展示されている地獄門カレーの市民といった作品を、別の国内美術館で目にしています(業界スタンダードか?)。
そこから「彫刻はそういうカテゴリー」という認識に。

彫刻の森美術館にはオーギュスト・ロダンヘンリー・ムーア(26点!)と彫刻作家に疎い自分でも知っているレベルの大御所作品が多数。

ロダン&ムーア

一方、庭園散策を楽しんでいる雰囲気はありましたが、インバウンド勢が日本でそういう作品を鑑賞する意味はぼんやりと疑問が。

よく分からない系の連続

続いて近現代系美術館の常連李禹煥リ ウファン(1936- )作品。
関係項-A(1979年)の解説には「自然物と工業製品の出会い」。
まったく分からん。

李(手前)&デュビュッフェ(奥)

そして壁に掛かるのはジャン・デュビュッフェ(1901-1985)のアルボレサンス(1971年)。「あらゆる形態が無限につながる、終わりのない作品」という解説を読めば、ますます分からなくなります。

興味深いのは後藤良二ごとう りょうじ(1951- )の交差する空間構造(1978年)。

流政之&後藤良二(右)

4本の手足を持つ炭素の原子構造を人に置き換えて、ダイヤモンドの分子構造を表現したという理系な作品。
人間関係がダイヤモンドほど強固な構造になれば・・・ 難易度高い。

目玉焼きのオブジェかと思いきや、クライン・ダイサム・アーキテクツがデザインしたベンチ。この場所との脈絡は不明。

目玉焼き

見えてきたのはニキ・ド・サン・ファル(1930-2002)のミス・ブラック・パワー(1968年)。何番目かの使徒(たぶん)。

使徒

展示は単独ではなく複数の作品が連続するようにレイアウト。
美術館の意図があっての事でしょうか。

かくれんぼの真っ最中なのはアントニー・ゴームリー(1950- )の密着Ⅲ(1993年)。作家本人から型取りされたという作品。
東京国立近代美術館では、見つめ合う2体が見学者をビックリさせるヤツ。

田窪&ゴームリー(右)

その奥に見えるのは田窪恭治たくぼ きょうじ(1949- )のサン・ヴィゴール・ド・ミュー礼拝堂 箱根バージョン(2012年)。
フランスに再生された礼拝堂と同サイズだそうで、同素材の床で再現。
これもアート?

本館から最も離れた場所にはカフェ併設の休憩スペース。

妖精たちのチャペル

2Fにある丸太広場 キトキは、箱根の間伐材を使用。
カフェスペースには人が集まっていましたが、2F広場はガランと。

キトキ

休憩棟のそばには森の足湯。天候が悪かったせいか、試す人は現れず。

足湯

なにかありそうな、幸せを呼ぶシンフォニー彫刻。

18mの高さまで螺旋階段をぐるぐる。

てっぺんは展望台。湯煙のような雲が通り抜けます。

足跡もたぶんアート作品。知らんけど。

再びのヘンリー・ムーア作品は、やっぱりよく分からない系。
「ふたつに分けられた横たわる像」はシリーズ作品のようです。

ふたつに分けられた横たわる像

ヘンリー・ムーア作品と言えば、2025年に休館したDIC川村記念美術館が売却した作品リストにもその名が。

休館時には美術館継続の署名や駆け込み訪問の記事が溢れましたが、売却の新聞記事は小さくひっそりと。まるで賞味期限が切れたかのように。
ちなみにクリスティーズでのムーア作品の落札額は310万ドル。
その価値がどうなのかよく分かりませんが、けっこうな金額です。
解体されていくコレクションの行方はどうなるのか。

ピカソ館

本館からもっとも離れた場所にある展示棟がピカソ館。
1984年に開館し、コレクション数は絵画、彫刻、版画、陶器を含む319点。

敷地の広さに加え高低差もあるので、ここにたどり着くまでには想像以上に所要時間が必要です。ようやく折り返し点。

ピカソ館

ピカソ館を守護するのはパブロ・ガルガリョ(1881-1934)の作品。
預言者(1933年)は洗礼者ヨハネの像。
スターウォーズに登場する四刀流サイボーグ将軍のような造形。
いやサイボーグ将軍が模倣したのか。

預言者

ピカソ(1881-1973)はスペインの生まれ。
フルネーム(洗礼名)はチョー長い人。ちなみにピカソは母方の名字。

長ーい

当時のマラガ地方では慣例の命名方法だったようです。
父方と母方の名字が併記されるのは、ある意味分かり易い。

ピカソの彫刻作品はアルルカン(1905年)。

アルルカン

友人で詩人だったマックス・ジャコブの肖像のはずが、道化師の帽子が追加されアルルカンに進化。物事が計画通りに進まないのも悪くはありません。
壁面にもそういう文脈のピカソの言葉があったような。

「フランコの夢と嘘」(1937年)は2枚組の版画。

フランコの夢と嘘

作品はスペイン内戦での反乱軍指導者を批判したモノ。
軽妙な筆致ですが、スペインのダークサイドがそのモチーフ。

壁面を飾る多くの作品は、闘牛のパラパラマンガのようなピカソの挿絵。

美術館で見かけるいわゆるピカソ的な作品だけでなく、トリビア的な展示品も並びます。

ピカソ館を後にして、本館方面へUターン。
途中にあるネットの森の利用は小学生まで。天候もあって覗きもせず。
その脇に立つのは山野を歩くファン・ゴッホ(1956年)。

オシップ・ザツキン(1890-1967)の作品は、放浪するゴッホ。
夜になると警備のため歩き回るという伝説は、残念ながらありません。

ゴッホ
「星の庭」という名の迷路

アリシア・ペナルバ(1918-1982)の作品はハコネ(1968-69年)。

ハコネ

作品名からして開館に合わせて制作されたのでしょうか。
登るヤツが出てきそうな、お洒落なトラバース用のフリークライミング施設。そして現代アート特有なキャプション付き。

この日の天候にベストマッチな作品は、再びのブールデル。

アルゼンチンの四天王

力・勝利・自由・雄弁(1918-1922)は、アルゼンチン建国の父の騎馬像を守護するよう配置された記念像。西洋も東洋も発想は似ているかも。
霧の中の神々的な風情。

室内展示室のアートホールとマンズールームの横にあるのは、
F・X & Cラランヌ夫妻作の嘆きの天使(1986年)。

嘆きの天使

涙が流れる仕掛けが施された作品のようですが、この天候では作家の想定した表現はまったく分からず。むしろハナタレのモンチッチのよう。
インバウンド勢にも刺さるのか、撮影者が絶えなかった作品。

取り合えずぐるーっと1周しましたが、特別展をふくむ室内展示にはさらに興味深い作品が多数。予想を超える所蔵品が展開します。

いいなと思ったら応援しよう!