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集合住宅の歴史を俯瞰するのであーる:代官山&蓮根編【URまちとくらしのミュージアム】東京都北区

家を買うなら戸建てそれともマンションか? 
持ち家それとも賃貸問題と同様に、永遠に正解を出せないこの問いかけ。
何を重視するかによって答えは変わりますが、結局その時点での優先順位。

人口減少もあってか今や問題点は空家増加へと変化していますが、かつては戦後復興や都市部への人口集中によって大都市圏では住宅不足が問題化。
そして現代においてもプライオリティ上位にランクされる生活の質に加え、当時の量的不足を解決するため、設立された組織がありました。


東京都北区の人口は、23区内では中位の367,000人(地図で見ると北区は23区最北ではない)。北へ荒川を越えると埼玉県ですが、かつての江戸四宿はお隣の足立区(奥州道:千住宿)と板橋区(中山道:板橋宿)に設定。
(残りの二宿は甲州道の内藤新宿と東海道の品川宿)。

今回のミュージアムは、せんべろの街として知られる赤羽あかばねの駅チカ物件。

赤羽台団地からヌーヴェル赤羽台へ

住宅問題を解消するため、1955年に設立されたのが日本住宅公団(現都市再生機構・以下UR)。解決手法のラボラトリーの役割も担当していました。

その公団が初期に手掛けたのが赤羽台団地(東京都北区)。
1962年に入居スタート、そして団地全体が完成したのは1966年。
東京23区内のマンモス団地(総戸数3,373戸)のパイオニアで、かつ以降の団地の指針となるべくテストベッドも兼任。

ヌーヴェル

赤羽台団地は老朽化のため、2000年以降建て替えが進められました。
その名もヌーヴェル赤羽台(19号棟:2,776戸)と改められリ・ボーン。
シン・アカバネダイではありません。

最初見た時は外装のみのリノベかと思いましたが、よーく見ると高層化されています。ただ外観の雰囲気はけっこう無機質で、公団住宅のデザイン文脈をきっちり継承(オリジナリティは出しにくいのかも)。

またココには旧住居棟が一部保存されています。
スターハウス:旧42、43、44号の3棟と中層フラット:旧41号の1棟。
実はこれらもミュージアムの一部なのです。

ラボ41(旧41号棟)

ラボ41は、板状階段室型と呼ばれるスタンダードな5階建てアパート。
採光と通気を最大化。長屋の重層化がコンセプトでしょうか。

スターハウス

スターハウスはポイント型という住宅。上から見ると三菱のマークのような平面を持ち、その中央部に吹き抜けの階段室を配置。
すべての住戸が三面開放され、視線のプライバシーもある程度確保。
スターハウスの建築数は少ないらしく、現存建物はかなりのレア。

古い集合住宅は現在も各地に見られますが、エレベーターが設置されていないのが宅配業者にとっては残念ポイント(特に米とか灯油とか重いもの)。
現在は宅配ボックス等が追加装備されているのでしょうか?

URまちとくらしのミュージアム

URまちとくらしのミュージアムは2023年開館の企業ミュージアム。
簡単に言えば、URによる集合住宅のテーマパーク。
八王子にあった集合住宅歴史館(閉館)から、6戸の復元住戸を移築。
そのミュージアム棟は復元住戸を包み込んだガラス張りの建物。外壁に木材を張り付けたような外観は、ちょっとあの人を思い起こさせます。

設計は設計組織ADH(渡辺真理まこと&木下庸子ようこのユニット)。
ちなみに彼らの他作品には真壁伝承館(図書館や資料館の複合施設)。

(参考)真壁伝承館:歴史館側(2011年:茨城県桜川市)
(参考)真壁伝承館:図書館側(茨城県桜川市)

URミュージアムの入場は無料ですが、要予約の定員制ツアースタイル
赤羽台団地の保存棟らと芝生の広場を囲むように配置され、広場はワークショップスペースとしても利用されています(普通に団地の公園です)。

1Fのツアー集合地点には、簡単なURのアーカイブスが展示されています。ツアーは流れの説明後に、まずはURシアターでURの簡単な歴史とヴィジョンを予習。映像を多用するのは昨今のミュージアム的。

東京都北区赤羽台1-4-50

トイレはB1Fにあり、事務所機能もB1Fに集約されているようです。

パンフ 2025年版

ヌーヴェル赤羽台では植栽にいろいろと工夫が。

赤羽台団地の初期募集パンフ類(複製)もいくつか展示。
2DKの住戸(約40㎡)の場合、基準月収額約50,000円に対して家賃は9,000円程。最先端の思想で建てられた新築建物がこのお家賃。

見学はミュージアム棟の4FまでEVで上がり、上から降りてくるスタイル。
また配布されるシューズカバーを装着し、現場検証の鑑識の如く、どの住戸内にもズカズカ入って行きます(和室は少し気が引けますが、すぐ順応)。

館内は基本撮影OK。ただし情報量が膨大なパネル類はNG。資料として販売もしくは配布していただければありがたい。

ツアーのメンバーは仕事系や趣味系とおぼしきグループから個人やチビッ子連れのママという、あまり共通項のなさそうな15名ほど。
それでは物件巡りのスタートです。

同潤会代官山アパート

最初の物件は同潤会代官山アパート(東京都渋谷区)。1923年に発生した関東大震災の復興用として建てられたRC造集合住宅のパイオニア。
1927年の竣工で1996年に解体。再開発後は代官山アドレスとなり高層化。
独身用住戸を備えていたのも先進的。

同潤会はのちに住宅営団へと引き継がれますが、戦後GHQによって解体。
業務内容や実験的な手法は住宅公団とカブっていますが別組織です。

同潤会アパートは世帯用と単身用の2種類。最初は世帯用。

キッチンは区切られています(台所の方がしっくりくるかも)。お釜やトタン?のシンクに木製の道具類(おひつ等々)が昭和的。足元にはすのこ。

キッチン
リビング

こちらは茶の間と呼ぶのが正解でしょうか。
ちゃぶ台は星一徹の必須アイテム。

ベッドルーム?

応接室兼寝室でしょうか?
茶箱は当時のスタンダードな収納ケース(たぶん)。
またなんちゃって床の間も完備(展示のためか床柱は一部カット)。

現代の目で見ると、全室畳のクオリティの低さが気になります。

応接室?

標準装備の機能は現代とほぼ同じですが、風呂なし物件(トイレは和式)。

続いての物件、単身者用住戸へ。

玄関から見えるハンガーラックは、現代のビジネスホテル的。

ちゃぶ台との差別化なのか、ローテーブルにデスク&チェア。
作り付けのベッドは押入れの変型(もう少し高い位置ならロフト)。
また寅さん用トランク?は当時のスタンダード品でしょうか。
単身者用はトイレが共用。つまり水回りを潔くカット。
ワンルームタイプ住宅の幕開け。

復元住戸の外側には、住宅に使用された部材や設備も展示されています。
畳は床板にコルク?を貼りつけ、その上にゴザ敷きのような仕様でした。
チープ感が漂っていたのも納得(クッション性ほぼなし)。
ちなみに代官山住宅は天井が低く、ドアの高さも低目の印象。

脱出用ハシゴも装備され、共用階段は騙し絵のようなペイントで表現。
グッジョブ!

続く物件は、お隣の板橋区にあった住宅。

蓮根団地

ここにもだまし絵

蓮根団地(東京都板橋区)は戦後となる1957年の竣工。
ポイントは食寝分離のコンセプト。復元住戸の間取りは2DK

ココにも茶箱
たぶん白黒
ダイニングキッチン

DKは和風の他の居室とは異なり板敷。またイスに座る生活習慣も推進。

スタッフさんがイチオシしていたのは、備え付けのダイニングテーブル。
ちゃぶ台返しは過去のものに・・・ 可哀そうな星一徹。
テーブルは退去時に住人が持ち去る事案が多発したそうで、チェーンで繋がれることに。新しい試みにはトラブルがつきもの。

炊飯器にトースター、魔法瓶が並びます。
調理道具も金属化され一気に現代化。ただシンクは何故か石材に。

寝室はそれほど進化が見られない純ジャパニーズスタイル。

バス、トイレは独立タイプ。
インバウンド勢には好まれない和式タイプのトイレと、バスタブは逆に喜ばれそうな極小の木製。ステンレス製の登場は時代的にもう少し後。

ベランダには収納スペースも設定され、スペース効率と利便性を追求。

壁としての機能も

シューズラックはダイニングテーブル横の食器収納棚と表裏一体化。

戦後の住宅難を解消するための大量供給。その供給を支えるために考え出された規格化や標準化。そして食寝分離というコンセプトをベースに蓮根団地に盛り込まれた機能や仕様は、21世紀の集合住宅でもスタンダードに。
まだその歴史は70年、蓮根団地を日本の集合住宅におけるマイルストーンと呼ぶのはホメ過ぎでしょうか。後世の評価はいかに。

思いのほか見どころにあふれ、展示内容も濃厚なURのミュージアム。
説明スタッフの方々は色々と小ネタをお持ちのようでしたが、全てを語るには制限時間(90分)では足りないようでした(質問には逐次対応)。

そしてここで記事が終わりそうな空気を醸し出していますが、巨匠建築家の手掛けた集合住宅やマンション・アパートとは異なる視点から生まれた形態の住宅は、予想以上のボリュームにより後編へと続くのであーる。

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