藤原新也「祈り」とJAPAN 【世田谷美術館:内井昭蔵2】 東京都世田谷区
東京都内のミュージアムに足を運ぶと、帰る前に必ず他館開催のチラシをチェックします。そのうち持ち帰るのは2割ほどでしょうか。そして実際訪問するのはその半分以下。
訪問しなかったチラシは、ザックリ分別してストック。
後々どこかで結びつくケースが意外とあります。
以前「おちらしさん」というサービスがありました。無作為に選ばれたチラシが定期的に郵送されるもので、残念ながら2025年2月にサービス終了。
どこから予算が成立しているのか不思議なサービスでしたが、期待していた全国からのチラシはあまり見られず、ほとんどが東京圏内のモノ。
支援を募るお知らせもありましたが、東京圏内のチラシであれば自力で集められるので、協力するまでには至りませんでした。
紙媒体(アナログ)には、なかなか厳しい環境になりつつあります。
東京圏内の自治体系ミュージアムで、コレクションを中心に定期的な特別展・企画展が行われているのが世田谷美術館。
とはいえコレクションが自身の興味とオーバーラップしなかった事もあり、行く機会には恵まれず。
コロナのころに作品のない展示室という企画展?がひねり出され、ちょっと心が動きましたが、体(気分?)は動かず(当時はいろいろメンドーくさいルーティンが多々)。
そんな状況が薄れつつあった時期に、ズバッと切り込んできたのが藤原新也の企画展。特にこの方の大ファンという訳ではなく(スミマセン)、その作品をアルバムジャケットにしていたアーティストへの興味からの訪問。
世田谷美術館

世田谷美術館は、東京都立砧公園の一角に1986年の開館した区立美術館。
日本や西洋の近現代作家の作品、約17,000点を収蔵。
世田谷ゆかりの作家のアトリエや旧居が分館として3館。
東京都世田谷区砧公園1-2

内井昭蔵


本館の設計は内井昭蔵(1933-2002)、東京・神田の人。菊竹清訓門下生。
日本各地にミュージアム建築を残されています。世田谷美術館はキャリア初期の作品。

参考に内井建築を3選

石川県七尾美術館(1994年)。能登半島地震の影響で現在休館中ですが、2025年秋にはトーハクの松林図屏風(長谷川等伯:国宝)が公開予定。

サンリツ服部美術館(1994年)。国産国宝茶碗の1つ楽茶碗不二山(本阿弥光悦)を所蔵。

大分市美術館(1998年)。所蔵品は大分県立美術館とオーバーラップしますが、田能村竹田の豊後南画群(重要文化財多数)は県立を圧倒。
世田谷に戻ります。
かまぼこ屋根やコンクリートの列柱が共通するデザイン文脈でしょうか。
事前に建築家まであまり予習しませんが、資料類を整理していて気がつくケースの多い方です。


藤原新也

藤原新也(1944- )はインドの放浪写真で脚光を浴びた写真家&作家、北九州の人。

2022年1月-2023年1月 @世田谷美術館
展示はインド編からスタート。
そしてチベット、台湾、朝鮮半島、イスタンブールへとアジアが主体。

当時(1970年代)のインドでは生と死が日常のすぐそばに。

現代日本では刺激強めの作品が・・・


目当ての写真を探しつつアメリカ編に
デヴィッド・シルヴィアン:EXジャパン

すぐに気がついた写真は、ジャパンの再結成アルバムのジャケット。

ジャパンはイギリスのバンド(Xはつきません)。
活動期間は1974から1982年。
初期のヴィジュアル系と呼べるルックスが特徴。
初めて聴いたのが解散後なので、リアルタイムでのグループを知りません。
日本では人気があったそうですが。
1991年にレイン・トゥリー・クローとして再結成され、アルバムを1枚だけリリース。そのアルバムジャケットにチョイスされたのが藤原作品。
アルバムのライナーノーツには、藤原さんからの寄稿も。
アルバムジャケットはこちら
ジャパンのメンバーは
デヴィッド・シルヴィアン(ボーカル:1958- 、以下デビシル)
スティーブ・ジャンセン(ドラム:1959- 、デビシル弟)
ミック・カーン(ベース、サックス:1958-2011、眉毛のない人)
リチャード・バルビエリ(キーボード:1957- 、地味な人)
ロブ・ディーン(ギター:1955- 、途中脱退、再結成不参加)
ジャケット写真の選定において、藤原作品に共鳴したのがデビシル。
ちなみにジャパンは、日本人アーティストとのコラボも多数。
有名なのがYMOの坂本龍一(1952-2023)と高橋幸宏(1952-2023)。
解散ツアーにギターとして帯同したのは土屋昌巳(1952- )、一風堂の人(ラーメン屋ではない)。ソロ・パートを演奏せず、身動きさえしないというギタープレイ?が伝説に。
そしてもう1枚の写真はバリ編に

この展示で長年の疑問が解消。
アルバムジャケットから見たまんまのまゆげ犬と呼んでいました。
正式名?もまさかのまゆげ犬!はインドネシアの犬。名無しらしい。

アルバムは、デビシルのベスト盤エヴリシング&ナッシング(2003年)。
ジャパン時代の未発表曲、サム・カインド・オブ・フールを収録。
ストリングス系が加えられた耽美な一曲は、解散から20年経過(発表時)していても古臭さが微塵もないデビシルの到達点。
ジャケットはこちら
実は他にも数枚の展示作品が、デビシルのアルバムに採用されていました。
今回はそれらも忘れないよう整理して、今さらながらの記録。
企画展当時には気がついていないので、手持ちの写真がないのが残念(アマゾンの画像で代用)。
まずチベットコーナーに2枚。
アプローチング・サイレンス(2000年)のアルバムジャケット写真は、チベット僧(たぶん)の写真をトリミングしたもの(いかにも宗教的)。
またブックレットの裏表紙には、なんとチラシに使われていた作品が。

次なるアルバムはデッド・ビーズ・オン・ザ・ケイク(1999年)。
企画展では藤原新也の絵画作品も展示されていましたが、その部屋はサーっと見ただけでした(あまり興味を引く絵はなかったので)。
分かりにくいのですが、下写真・左上に展示されている絵画はこれまたブックレットの裏表紙!(ジャケットカバーの原画もあったのかも)
デジタル化が進むと、裏表紙を目にする機会はほぼない!(きっぱり)

藤原さんとデビシルは友人関係らしいのですが、その採用数を見ればのめり込み具合はハンパではなかったようです。
そしてデビシルは解散後にソロ活動を始めています。
楽曲はアコースティックでやや宗教音楽的なインストも増え、ジャパンの路線とは異なる方向に。
さらには曲というより詩人の朗読的な難解なモノも増え、ルックスも一時期は仙人のように(個人的見解)。どこへ向かっているのか?
ちなみにデビシルのアーティスト活動には写真も含まれています。
結構なプライスタグがつけられたデビシルの写真集。
そのスタイルのネタモトはデイビッド・ホックニー(1937- )。
今やiPadで作画する人。
写真集はポラロイド写真のコラージュで構成され、被写体には京都の仁和寺や南禅寺も。表紙で座っているのはホックニーさん。
ネット空間の発展によって情報量は格段に増え、逆に必要な情報が埋もれてしまうケースもあります。ただ2000年以前の情報にはデジタル化されていないモノも多く、その確認にはデジタルだけでなくアナログデータ(今回はブックレットのクレジット)も有効なコトを実感。
時期的に社会的な籠城から解放されつつあった藤原新也の回顧録的な企画展が、積み重なった情報整理の良いきっかけに(ジャパンを切り口に見に来た人はかなりの少数派と思われますが)。
また今思うと、2023年に開催されていたホックニーの回顧録展(27年ぶり)も行くべきだったのかもしれません(流れに乗れなかった)。
価値のある情報や事実は、だいたい現地に潜んでいるモノ。


