土佐の西端は遠過ぎるけど 宿毛歴史館&林邸 高知県宿毛市
お遍路さんといえば弘法大師ゆかりの四国八十八か所の霊場巡り。四国を一周するその距離は約1,500km。四国では白装束のお遍路スタイルで歩いている人を見かけても特に驚きはしませんが、コンビニでお遍路ルックの立ち読み姿を初めて見た時にはさすがに違和感が。
車や自転車で挑んだり、ルートを分割してトータルでの完遂(区切り打ち)を目指したりとスタイルは選べるようですが、昔ながらに歩いて達成する人は素直にリスペクト。
地図上で見ると徳島、香川、愛媛のお寺は比較的固まっていますが、高知は室戸岬と足摺岬の先っぽにあるお寺の設定がややハードか。
今回はその足摺岬まで車で1時間ちょっとの距離にある町へ(八十八か所のお寺もあります)。
宿毛は高知県の西南端にある人口18,000人の小さな市。公共交通の便はお世辞にも良いとはいえません。高知市側と宇和島市側から高速道路が伸びてきてはいますが、現在はまだ途切れ途切れになっていて淡々と走る以外の選択肢はありません。かつては九州・佐伯と宿毛を結ぶフェリー航路がありましたが現在は運休中。
宿毛で入手した市のパンフにも、高知出身の作家山本一力が「宿毛は遠いところです」と。
ただ間違いなくはるばるやって来た感は味わえます。
宿毛歴史館



宿毛歴史館は中央公民館や図書館の入る文教センターの3Fにあります。
アイコンは元総理大臣吉田茂。令和の世にぱっと見で気が付く人はどれ程いるのでしょうか?
高知県宿毛市中央2-7-14


宿毛の文化は都由来。一条教房(1423-1480)は応仁の乱での京都の荒廃を避けて、荘園のあった幡多へと下向し中村(四万十市)に土着。都の文化を土佐の地に伝播した人。ちなみに京都の本家は弟の冬良が相続。
公家の最高峰摂関家という高い家格を有し、土佐国内では最大勢力となって公家大名化。宿毛はその勢力圏内。
ちなみに宿毛は古くからの流刑地(遠流の地)の1つ。昔から都からは遠いという認識の土地。

ところが土佐統一を目指す戦国大名長宗我部氏の前に一条氏は敗れて滅亡。
ちなみに没落期の長宗我部氏は、一条氏に庇護されていた時期も。
その長宗我部氏も関ヶ原の戦いでは西軍についたことで改易。

宿毛山内家(安東→山内→伊賀氏)
関ヶ原の勝者グループで、土佐一国20万石を与えられたのは山内一豊。
姉の子安東可氏を宿毛6,000石の領主に配置し、安東氏(宿毛山内氏)が幕末まで統治。明治維新後は政財界に多くの人材を輩出しています。
ちなみに土佐山内氏は明治期に伊賀氏へと改名しています。


江戸時代で目立つのは、藩政初期に土佐藩の家老を務めた野中兼山。
兼山は一豊の妹の血筋で安東氏とも親戚。藩の改革を主導し、藩財政を好転させましたが、改革の厳しさから反感や不満の声も多く、後に失脚。
家族は宿毛に配流&幽閉。


明治以降の展示には想像以上に多くの面々が並んでいますが、ローカルすぎて知らない人が多すぎ。目立つのは吉田茂(生まれは東京:1878-1967)。
他には岩崎彌太郎(小岩井の岩:1835-1885)らと小岩井農場を設立した小野義真(小岩井の小:1839-1905)。土佐の東と西が東北で協力。

吉田茂は、竹内綱(宿毛の人)の5男で、3才で吉田家の養子に。
太平洋戦争後に総理大臣を務め、日本の復興を主導した人。
長兄の竹内明太郎(1860-1928)は炭鉱経営に携わり、小松鉄工所(現コマツ)の創業者。


そして宿毛の有力者一族の面々が続きます。

彼らゆかりのお宅がミュージアムのお隣にあるのでそちらへ

林邸



1889年に邸宅を建てたのは林有造(1842-1921)。
岩村三兄弟の二男として生まれ、林家の養子に。
農商務大臣を務め、次男譲治は吉田内閣では副総理。
林家は有造から3代続けて大臣を輩出しています。
そして林邸は当時の自由民権運動の拠点。

邸宅は2017年に市へと寄贈され、耐震改修等を加えて観光拠点施設としてオープン。運営会社は東京の法人。リニューアルには早稲田大学の方々が参画。ちなみに宿毛出身の小野梓は早稲田大学の創設者の1人。
カフェにショップ、貸室にレンタルキッチンやビジター用のシャワー施設(サイクリストやお遍路さん向け)を備えています。
貸室は4~10畳の部屋が8室。各¥300/時間と格安。
愛媛の瀬戸内海側はサイクリストのための施設やインフラ整備に注力されていますが、このあたりのサイクリスト事情はビミョー(幹線道路を走るのは怖そう)。


林邸スタッフの方が子供の頃には、建物は大人の背丈ぐらいの植物(雑草?)に囲まれていて、大奥様と呼ばれる方が住んでいたそうです。


建材に多用されるタモ材は、北海道庁長官を務めた祐造の兄・通俊が北海道から送ったもの。傷んだ部分は新しい木材を使用していますが、古い部材も使えるものは洗浄して再利用。



スッキリしたデザインに開放感あふれる空間は、意外とモダン。


2階はミニ展示スペースとして使われていました。


2023年の人牧野富太郎は高知県佐川町の出身。

本丸といえる高知県立牧野植物園は、2023年にはかなりの集客数があったそうですが、宿毛までその効果が及んだのかは不明。

植物と書物が丁度良いボリュームでレイアウト。





林邸には隠しハシゴや見張り部屋があり、当時の政治家が置かれた世情を物語っています。

庭造りは有造の父・岩村英俊が保管し残されていた絵図を参考に。

リニューアルで視覚的なキモとなっているのが組子。耐震目的なのかデザイン目的なのか分かりませんでしたが、実は両方のいいとこ取り。
開放感を損なわないようにと強化ガラス耐力壁と組子細工耐力壁が採用され、組子は高知市内の組子職人と東京大学との共同開発。
ちなみに安土桃山時代の長宗我部氏は豊臣秀吉への献上品として、土佐の良質な木材をチョイスした歴史も。

道の駅ならぬまちのえきを名乗る林邸。宿毛の位置を考えると旅行者よりも住民のハブになるような施設なのかもしれません。
カフェメニューには地元食材が使用されていたようですが、カレーやパフェには食指が動かず。せっかく宿毛に来たのであれば・・・

土佐の国は遠くて広い。そのぶん歴史のピースを辿るのはなかなかの苦行。
楽しめるかどうかはお遍路さんと同じかも。
