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アートとしての彫刻の境界線【野口哲哉展:彫刻の森美術館:屋内展示編】 神奈川県箱根町

長い年月をくぐり抜けてきたモノやコトはそれ自体が価値を持ち得ますが、過去の文脈が現代的な解釈やスパイスによってあらたな魅力を生み出すケースもあります。
そのキッカケがどこに転がっているのかは分かりません。
食わず嫌いは良くないなとちょっぴり考えたのが今回の記録。

前編の屋外展示から、後編は特別展と所蔵品が並ぶ常設展示室へ。
ビミョーな天候も気にする必要はなく。抽象的な作品から具象的な作品の割合が増えてきます。

屋外の彫刻作品に興味がある方には前編を


美術館のプロフィールをおさらい。
箱根彫刻の森美術館は、フジサンケイグループによって設立された財団が運営する彫刻専門の私立美術館(設計は井上武吉いのうえ ぶきち)。1969年の開館とけっこうな歴史を持つ美術館は、美ヶ原美術館(長野県上田市)とは姉妹館。

神奈川県足柄下郡箱根町二ノ平1121

見学の順序は特に設定されていない彫刻の森(たぶん)。
お客さんの波を見ながら、屋内展示はなんとなく後半に。

マンズールーム&アートホール

見るからにキリスト教のにおいがプンプンするマンズールーム。
展示空間の雰囲気は少し重め。そのあたりは仏像展示と似ています。

マンズールーム

ジャコモ・マンズー(1908-1991)はイタリアの人。
展示される作品のモチーフは、キリストやローマ教皇の死 etc.
イタリアの至宝のような彫刻家のようで、ヴァチカン大寺院の正面扉(死の扉:パネル展示あり)は17年かけて制作された超大作。

アートホールはいわゆるコレクション展示室。
海外作家だけでなく、日本彫刻界の大御所作品も。

アートホール

大分県民はだいたい知っているであろう彫刻家朝倉文夫あさくら ふみお(1883-1964)。

眠り(1945)

ここではネコが三部作で展示(2点をチョイス)。
「黒き猫」の3D版作品。起きたら伸びるのはネコの基本。

のび(1947)

続いては舟越保武ふなこし やすたけ原の城(首B)
「原の城」とは島原・天草の乱でのキリシタン勢の籠城拠点(南島原市)。

原の城(首B:1964)

舟越保武(1912-2002)は岩手の人でカトリックに帰依。
全身バージョンの「原の城」は複数箇所で見た記憶がありますが、首バージョンは初めて。しかもこのバージョンの方がなんとも・・・

(参考)原の城 @笠間日動美術館

キャプションによると討ち死にしたキリシタン武士が「雨上がりの月の夜に、青白い光を浴びて亡霊のように立ち上がる姿」を表現。
たしかに首だけになったその表情には生気はなし。

首バージョンは兜の一部も欠損しており、より討ち死に感が増幅。

殉教者

続いてこれが彫刻?という山本正道やまもと まさみち(1941- )の古代への夢
いわゆるジオラマ。

古代への夢(1980)

その風景全体をまるごとブロンズ鋳造(ロバや人は別パーツかも)。

監視スタッフではありません

鎧を着て見る夢:野口哲哉

箱根に足を運ぶ理由となった特別展は、本館ギャラリーでの展示。
霧に煙る幻想的な雰囲気は相変わらず。

2021年に香川、山口、群馬、愛知と国内を横断した野口哲哉展
当時は日本全国に籠城のお触れが出されたり解除されたりと、遠征が躊躇された年でした。そういう事情で足を運べず、図録入手でお茶を濁すことに。

それから待つこと4年(小さな展示はありましたが)。

ARMOURED DREAMER チラシ
2025年7月-2026年1月 @彫刻の森

彫刻の森美術館に、小さな侍たちが大挙参陣。

野口哲哉のぐち てつや(1980- )は現代美術家、香川の人。

個人的にはアート作家というよりモデラーのようなイメージ。
しかも既存品を組んだりディテールアップするモデラーではなく、完全フルスクラッチビルダーという殿上人。フィギアと言われればそうなのかも。
ちなみに実物を正確に縮小するだけでは、実物の持つ雰囲気を維持できないのがポイントです(絶妙なデフォルメがリアルにつながる)。

モチーフはサムライながら勇猛果敢タイプではなく、疲れたサラリーマン的なオッサン。野口さんはそんな人たちを歴史考証と創造力によって3D化。
何処かにいそうだけれども実在しないという完全オリジナルな人たちです。

繊細なディテールと質感をユーモアで包み込んだ超絶技巧が魅力。
とはいえ小さな侍たちを、どうカテゴライズするかはモヤモヤポイント。

ゆるめなフィクション侍たち

floating man (2025)

飛ぶ人から始まり、泳ぐ準備をする人も。
かつては鎧装着での古式泳法がありましたが、野口流は浮き輪が必須。

RING AND MAN (2024)

制作途中のスケッチやパーツ類も展示。
やっぱりフルスクラッチビルダー。そして樹脂を塗装してあの質感を出す技術は驚異的。素材の置換を技術で乗り越えています。

野口ワールドのど真ん中的な作品。

Clumsy heart 2018

ハートマークを描く口紅は、発表当時の展示会場となったブランド製。
彫刻の森では背中からだけではなく、ハートを描く人の表情も確認可能。
ただ実物はけっこう小さいので近寄って見ていると、監視スタッフからイエローカードが出されます。言いたい事は重々分かりますけど。

昆虫標本のような赤備えのサムライ。いろんな意味で芸が細かい。

こちらも赤備えかと思いきや、季節アイテムのサンタサムライ。
プレゼント袋を持って、旗印はジングル系の・・・

ちなみに赤備えはオリジナルの甲斐武田系とそこに続く彦根井伊家が著名。

winter portrait

哀愁漂う老兵像。

Small sweet passion(2018)

サブタイトルは南北朝の花。足元に散った花びらの意味する所は?

白虎(2010)

居眠りスタイルも野口ワールド。一輪挿しはVWビートル的な雰囲気。

Sleep Away(2015)

大学での作家の専攻は油絵。それっぽい絵画作品もいくつか。
ただしスマホサムライは、油絵のようなアクリル作品。

Yellow green Armour(2020)

自由な感じにレイアウトされているエッグチェア三人衆。
周囲には怪しげな武装をした侍たち。

チェアもゼロベースからの制作と思われますが、フリッツ・ハンセンからミニチュアながらこんな正規品が。

サイズが合えばお気に入りのフィギア用に。インテリアにもOK。
野口製の質感はもう少しモフモフ。

戦うサムライでも、時にはハートブレイク。生死は不明。

Hart shot(2019)

ちなみに作品の鉄兜は合成樹脂製。それでこの質感と経年劣化感!

散りばめられたノン・フィクション侍

そんなゆるゆる感あふれるサムライたちの中に、キラリと光る実在系を仕込んでくるのが野口スタイル。しかもメジャーではない武将をチョイスするセンスには、違いの分かるオタクを感じさせます。

実は最も期待していたのが、2026年の大河ドラマにも登場してくるであろう悲劇の関白所用と伝わる赤い具足作品。

(参考)伝豊臣秀次具足 @サントリー美術館

六本木サントリー美術館での2020年リニューアル展示では、この伝豊臣秀次とよとみ ひでつぐ(秀吉の姉の血筋)の具足と野口作品が共演したそうです。
こちらも日本全国が籠城戦真っ只中での開催。

作家の見立てでは具足は秀次の没後に制作された事が濃厚らしく、木下利次きのした としつぐ(おねの弟の血筋)所用のモノと仮定しています。
このあたりの考証姿勢には歴史オタクの影がチラつきます。

ちなみに伝秀次具足は、サントリー美術館では所蔵第1号。
いまだにかつてのオーナーには霧のヴェールが掛かったまま・・・
残念ながら今回の展示には、この具足作品は見当たらず。

本題に戻します。
野口ワールドなこのサムライ。
実は実在していた侍で、驚くのは写真まで現存しているツワモノ。

The gradation 2014

河津祐邦かわづ すけくに(1821-1873)は幕末の高級旗本。
有能な侍だったようで、幕府の要職を歴任。ヨーロッパに渡った幕府使節団では、副使としてナポレオン3世と交渉しています。
このルックスからは想像しがたい、ラストサムライの1人。
その視線はどこに・・・

河津伊豆守祐邦像

油絵風のスマホサムライは、井伊の赤備え。
兜を飾るU字の大きな前立ては井伊家当主専用。赤い彗星的な。

作家自身がモチーフは実在すると明かしている、この長ーい兜。

黒漆塗鯰形兜 2013

鯰形なまずなりとして知られていて、そのデザインにはナマズの目、口、ヒゲ、そしてわずかに胸ビレが確認できます。

前田系かと思いきや、帰宅して写真で確認するとビミョーに異なります。
もう少し追いかけてみると蒲生氏郷がもう うじさとの兜がどうやら本命(たぶん)。

(参考:レプリカ)@松阪市立歴史民俗資料館

氏郷はその才能から織田信長に目を掛けられ、信長の娘を正室とした人。
和歌を詠み、茶の湯では千利休の高弟、そしてキリシタン。
秀吉政権下では会津90万石が与えられましたが、40才ほどで病没。

(参考)蒲生氏郷像 (重要文化財:西光寺蔵)@福島県立博物館

秀次と同様にその人生の終幕には哀しさが。

展示品で最も衝撃を受けたのは、立体作品ではなくこちらの絵画。
粗いモザイクというかポリゴンというか不思議な表現。
見た瞬間になぜこの絵が!と頭の中をぐるぐる廻ります。

COLLARISM(2024)

COLLARISMと名付けられた作品の元ネタをどこかで見たのは間違いなく、ただそれがどこで誰の肖像画だったかを美術館では思い出せず。

帰宅後に手持ちの図録をパラパラめくりつつ、写真類も検索。
ようやく正解にたどり着きます。

全国的な知名度は低いと思われますが、一応若狭守護を務めた人。

(参考:複製)武田元光像 @福井県立若狭歴史博物館

武田元光たけだ もとみつ(1494-1551)は若狭武田家の当主で、室町時代の混乱期を生きた大名。肖像画は犬追物(武士のたしなみ)の審判姿を描いています。

(参考)武田元光 書状 @福井県立若狭歴史博物館

若狭武田家は弓箭故実きゅうせん こじつを伝えた家。甲斐武田家とは同族という名門。
和歌にも優れた元光は三条西実隆さんじょうにし さねたかとも交流(書状は実隆とのやりとり)。
豊臣秀次や蒲生氏郷とダブるのは、文化系の香り。

最後は、モチーフを架空の名門武家に求めた逸品。

シャネル侍着甲座像(2009)

野口と言えばシャネル!かどうかは分かりませんが、よーく見てみれば老若男女の気を引くであろう作品。
またこういった肖像画や具足図は有力大名家ではアーカイブ化され、家宝として代々受け継がれている大名あるある。

シャネル紋入二枚胴具足図(2009)

ただし今回は絵画作品のみの展示で、作品のインパクトは大幅に低下。
やはり説明不要な3D作品も添えておきます。

(参考)シャネル侍着甲座像(2009)

座像はポーラミュージアム・アネックスで撮影したもの。
二枚胴という南蛮風具足のチョイスに、ロゴ(家紋?)が各部に散りばめられている秀逸なサムライ像。胴の皮張りといい、その質感がハンパない。

ハードルは高そうですが、ミニチュア化されたら是非手に入れたい。
というか、作品はすでにミニチュアサイズですけど。

彫刻の森美術館では、もちろん特別展図録が発行されていました。
ただしB5サイズだったためスルー。
個人的には見やすくて、本棚でのおさまりのよいA4サイズが好み。

ちなみに現時点での野口作品ベスト版図録は、2021年に発行された朝日新聞社発行の「this is not a samurai」。271ページのボリューム。

ただしアマゾンでは欠品中。
運が良ければ、2021年に巡回した美術館に在庫があるかも。

比較的入手が容易そうな図録は、求龍堂発行の「中世より愛をこめて」。

ただし2021年の図録より発行年次が少し古く、ボリュームは半分以下。
入門編にはよさそうですが。

本館ギャラリーから出口となる新館にも、いくつかの現代アートが展示。

そして最後には定番のミュージアムショップ&レストラン。
レストラン前では、けっこうなプライスの鉄筋彫刻が販売中。
ジャズ系のアーティストを鉄筋で表現。

徳持耕一郎

彫刻の森という名前のイメージとは、少ーし違っていた美術館。
実感したのは、アートの世界における表現手法の多様性。
それは予想以上に深かった3Dの世界。徹底的にディテールを作り込むという模型的な視点では見えなかった世界です。

過去に東京で開催された野口展はこちら

野口作品と旧大名家当主作品の展示記録

彫刻系のミュージアム:九州編はこちら

朝倉文夫の故郷には、キリシタンモチーフの作品多数。

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