現代アートとリンクするプラモカンパニー【タミヤ本社:ファクトリーマシン番外編】 静岡県静岡市
全国各地にある企業ミュージアムは、大きなモノから小さなモノまでさまざま。その展示内容はピンキリですが、モノづくり企業の歴史(レガシー)には、何か光るモノが必ずあります。
工業王国の静岡県にある世界的メーカーには、自社のレガシーとともに関連する他社のレガシーが融合し、貴重なコレクションが形成されています。
静岡市は出荷額ベースでは全国1位(約340億円:2022年)、国内シェアは約80%(2023年)のプラモデル王国。
かつての木工業をベースとした木製模型がこの業界の源流。
太平洋戦争後に原料がプラスチックへと転換して現在に至ります。
そんな王国を代表する会社への訪問が今回の記録。
面接に行ったワケではありません。

タミヤ

ワールドワイドな雰囲気が漂う、モデラーの聖地。

タミヤは1948年に、模型業界での品質世界一を掲げ静岡の地で創業。
世界的に工業製品メーカーは、分業とグローバル化がトレンドですが、タミヤはそんな風潮はどこ吹く風。企画から開発、設計、生産、顧客サポートまで社内での一気通貫経営が信条。
特筆すべきはプラモデルのクオリティを左右する、金型の自社生産。
対象となるキットは飛行機、戦車、軍艦、車、バイクと乗り物全般。
その徹底したディテール再現力とスケールに合わせた絶妙なデフォルメ感覚は、他社にはマネのできない職人技として知られています。
また手掛けるのは、専用の塗料や高価なディテールアップパーツも。
加えてプラモデルだけでなくラジコン(RC)、さらにミニ4駆という新たなカテゴリーも創造しています。
静岡県内では、掛川市や本社を構える静岡市にタミヤサーキットを展開。
静岡県静岡市駿河区恩田原3-7
創業者は田宮義雄(1905-1988)。
2代目の田宮俊作(1934-2025)は2008年に娘婿・昌行に社長職を譲るも、昌行さんは2017年に急逝。俊作さんは会長兼社長として復帰。
2024年には孫娘の夫信央(1986- )が社長就任、俊作さんは会長職に。

選ばれし社員のみが運転できるという営業車(たぶん)は、まさかの軽自動車。こうしてみると1/1スケールのジオラマ。


ノンフィクションな聖地巡礼は、2023年の記録。
本社ギャラリーの見学は予約制です。世界のタミヤだから当然でしょうか。受付で予約を確認すると、まずはタミヤのレガシーへと案内されます。

いかにもな会社の廊下を通っていきます。
壁にはボックスアート(かつては箱絵)の原画らしき品々が額装。

子供には箱がデカくて金額的にも手が出せなかった、1/12スケールの逸品(F1の主流スケールは1/20)。カウルを被せると隠れてしまうエンジンからサスペンション周辺までもが、細かく再現されるのがタミヤスタンダード。
廊下の突き当りにはやや不気味さが漂う彫刻。

作品は薮内佐斗司(1953- )の天道童子。
タミヤの持つリアリティとはややベクトルが異なる作品。
歴史館はよくあるプラモ屋のよう。
見慣れた光景だったせいでしょうか、写真はこれ1枚のみ。

先客には子連れのママさんたちが。というより正確にはママ連れの子供か。
子供はママのスマホを分捕ると、手あたり次第に激写をスタート。
少しして気づいたママは
「メモリーが少ないから、そんなに撮っちゃダメー」と。
ココでそれは無理な相談でしょう。心躍らないワケがありません。
チビッ子よ魂の赴くままに!
田宮督夫(1937-2025)は、俊作の弟。1998年までタミヤ顧問。
タミヤのロゴマーク、赤と青の星のマークも彼の手によるデザイン。
赤は情熱、青は精密を表現。知らなかったけど。

東京芸術大学から百貨店勤務を経て、自身のデザイン事務所を設立。
タミヤではデザイナーにとどまらず、広告宣伝関係、メディア・イベント戦略でも活躍。
※追記:残念なことに2025年7月・8月に、創業家の田宮俊作と督夫兄弟は相次いで逝去されています。ご冥福をお祈りします。
ココへ来たのは、模型そのものより秘蔵されるレアな実車が目当て。
いったんロビーへと戻り、リアルなレガシーの世界へ。
エントランスに設けられた商談スペースにもタミヤ製品がいくつか。

柱に掛けられたのは、「ドゥカティ 1199パニガーレS」のタミヤ・パーツパネルコレクション。

そしてFDA(フジドリームエアラインズ)は、静岡が地元のエアライン。
そのオリジナルグッズとしてFDAが販売中のモデル。
キットは¥3,300ですが、塗装済完成品は¥22,000。売れているのか?
こちらはレプソル ホンダのRC211V ’06(D・ペドロサ:スペイン)仕様。

そしてヤマハのYZR-M1 50周年カラー(V・ロッシ:イタリア)仕様。

パーツパネルコレクションは受注生産品(現在停止中)。
結構なプライス設定ですが、組み立てよりも手間がかかっている模様。
もはやアート作品へと昇華していますが、商談スペースで絵画のように展示されていても違和感はありません。
アートとの境界線
ミースのバルセロナチェア(たぶん)を包囲するのは、静岡犬?たち。

アートなのか座ってよいのか判断に迷う商談スペース。

実は犬モ歩ケバと名付けられた薮内作品。

薮内佐斗司
薮内さんは彫刻家で、奈良のマスコットキャラせんとくんの生みの親。
童子も犬モ歩ケバもシリーズ的な展開がされていて、複数個所で見られるようです。そういえばと思い出したのは松江。

島根県立美術館のアイドル宍道湖うさぎ(1999年)も彼の作品でした。

天道童子はともかく、犬とうさぎの造形はリアルでタミヤのベクトル。
そして少し脱線
タミヤそのものが現代アートのモチーフとして取り上げられています。
村上隆
現代アート日本代表の1人、村上隆(1962- )はカイカイキキの人。

その印象は、現代美術家という肩書でサブカル系を扱う敏腕ビジネスマン。
サインボードTAMIYA(1992年)はよく分からない系の作品。
美しいとかカッコいいとかそういう概念にはありません。
興味のポイントは、どのような視点から近代美術館にコレクションとして加えられたのか。

セットのような作品にサインボードTAKASHIもありますが、タミヤとは乖離し過ぎています。
もう1点はより難解。
ポリリズム(1991年)は作家最初期の作品。タミヤの1/35スケールの米歩兵(西ヨーロッパ戦域)を使用。

キャプションには
「敗戦国の玩具メーカーであるタミヤが世界一のクオリティを目指しつつ、戦勝国アメリカの兵士のフィギュアを創るというところに生じるイロニッシュな文脈を発見した」
と村上隆の発言を引用。

現代アートでは必須になっている作品制作の動機や背景が、屁理屈っぽくて苦手。伏せの射撃姿勢で垂直面を登るのも・・・

薮内作品と違い、モノリズムな兵隊さんは無塗装。
POPなテイストではなく、超絶技巧な塗装が施されていれば違った見方もできたかもしれません。プラモの無塗装展示には違和感のみ。
タミヤ本社に戻ります。ようやく実車展示コーナー。
コーリン・チャップマン
ロータス 91・フォードは、1982年シーズンのN・マンセル(イギリス)用。
ウィングカー独特のフロントウィングを省略したスッキリ仕様が新鮮。

マシンを設計したのはコーリン・チャップマン(イギリス:チームオーナー)。この年に逝去。このマシンは未モデル化。

91はフルカーボン・モノコック草創期のF1マシン。
チャップマンはF1界にウィングカーやモノコック構造(後にカーボン化)等の先進技術を持ち込み、またエンジンのベンチマークとなったフォード・コスワース(91にも搭載)やスポンサーカラー(JPS)を導入。
現在のF1界のスタンダードを作り上げた立役者もまた多才なアーティスト。
ちなみにイギリスは優れたレーシングデザイナーを輩出する国。
タイレル P34は初の6輪車F1。1976年のP・デパイユ(フランス)用。
設計はデレック・ガードナー。エンジンはコスワースDFV。

設計の主眼は3点。Fタイヤの小径化による空気抵抗削減、ブレーキ性能の向上、操作性の向上。
スウェーデンGPではJ・シェクター(南アフリカ)が優勝、デパイユが2位のワンツー・フィニッシュ。
当時のタイレルの表記は、今ではティレルに(現在はチームが消滅)。
このP34はカラー違いも含めてモデル化されています。
ポルシェ911&914にスバルR2(360の後継車)。
全車がキット化されていますが、かなり昔の話。

なかでも911は、模型開発のために全バラしたそうです。
3台の特徴はエンジンの搭載位置が車体後部。このチョイスがタミヤか。
バイクではホンダCX500ターボ(1982年:左)&VFR750R(1987年)。

CX500は時代の先端過ぎたターボ車。走っている姿もほぼ見かけません。
VFR750Rは通称RC30、レースベース車として開発された名機。
ロータス102Bは11号車のM・ハッキネン(フィンランド)仕様、デザイナーはフランク・ダーニー(イギリス)。複数カラーでキット化されています。

102には、いすゞ製の12気筒エンジンを積んでテストした個体もあります(タミヤはいすゞエンジンも所蔵しているようです)。
カウルにエンジンメーカー名がない事から、103C(いすずテスト用)とも。
ノーズに輝くのはタミヤマーク。タミヤ以外にもコマツやイエローハットと日本企業が複数スポンサード。

こちらは実車ではなく、展示されていたジオラマ。

壁にはロータスの実車ノーズが2種。

スタイリッシュなノーズはロータス107(1992年)用。もちろんモデル化。

実車は結果を残せなかったものの、シンプルな車体デザイン(クリス・マーフィー:イギリス)にカストロールカラーが映えたマシン。
ウィング後端のボーテックス・ジェネレーターは子持ちタイプへと進化。
この年は日立やニチブツ(日本物産)、塩野義製薬がスポンサード。
ロータスと日本の架け橋を担ったのはタミヤ。
またモデル化にあたってF1メーカーへロイヤリティを支払うようになったのも、タミヤとロータスの関係からだそうです。
近年ではロイヤリティの高騰により、F1やGPバイクの新製品が激減。
そういえばかつてはマルボロやキャメルといったタバコメーカーのデカール(シール)が付属していましたが、社会的にタバコの有害性が問題視されるようになるとタバコデカールまで消滅。これも時代の流れです。
続いてショールーム(現役の製品展示室)へ
こちらもさらにリアルプラモ屋だったので室内写真はありません。
その中には埋もれるように素晴らしい写真が。

世界チャンピオン写真(サイン入り)が戦車と並ぶというシュールな構図。
ジョアン・ミル(スペイン)は2020年Moto GPクラスチャンピオン。

マシンはスズキGSX-RR。もちろんモデル化されています。
スズキ20年ぶりのタイトルは、創業100周年という節目の年。
そして2022年シーズン終了をもって、スズキはGPから撤退。
実車はスズキの聖地・浜松で静かな余生を。

最も衝撃を受けたデコレーションシリーズは、目からウロコの粘土細工。

こういったカテゴリーへの展開に驚きました。
食品サンプルのノリでしょうか。

意外に肩透かしを喰らったのが、本社内のタミヤショップ。
スゴいショップがあるのかと思いきや、あまりにもショボすぎ。

ちなみに毎年アーカイブしているのがタミヤカタログ。
タミヤ製品の素晴らしさの1つは、説明書に併記された実車の詳細解説。
ただしそれを読んでいると、キットをもう完成させた気になってしまい、積ん読ならぬ積みプラへと一直線。

そんな製品群の窓口になるのがタミヤカタログ。
手元にある最古版を見てみると、古本感(黄バミ)が全開の1992年版。
1992年版では各製品の写真と添付されるコンパクトな解説が美点。
プラモデルの辞書のようでもあり、1冊に詰め込まれた情報量がハンパではなく当時のタミヤの意気込みを感じます。
価格は約30年で約2倍に。
21世紀版では解説文はあっさりカットの方向に(涙)
美しい写真もまたタミヤ。

静岡市は世界に誇る地場産業のプラモデルをPRすべく、2020年に静岡市プラモデル化計画を発表しています。
その3つの柱として
1.官民連携でのプロモーション促進
2.模型・ものづくり業界の担い手の育成
3.イベントや大会といった体験機会の創出
そして実施事例には、プラモニュメントが14箇所・15基(2025年3月時)。
盛り上がっているのかよく分からないプロジェクトは目下進行中です。
タミヤは業界有数のブランド企業ですが、上場はしていません。
趣味性の高いモノづくり企業にとっては、モノ言う株主的な存在は邪魔でしかないのでしょう。
我が道を行く的なスタンスはそのままに、プラモデル業界に君臨しつつアートの領域とも混ざり合う唯我独尊的企業こそがタミヤ。

