足利で鍋島繚乱!【栗田美術館】栃木県足利市
茨城と群馬を東西に走る国道50号線の沿線には、魅力的なミュージアムがいくつかあります。県立の大規模なモノから小さくてもパンチの効いた尖ったモノまで、調べてみるとけっこうな数のミュージアムが並んでいます。
今回は足利市の東にある予想以上に大規模でかなり尖ったミュージアムを。
かつて武家政権を率いた足利氏の本拠地だった歴史を持ち、その館跡に建つ鑁阿寺や平安時代から続くともいわれる足利学校が主要な観光コンテンツになっている足利市。栃木県の南西端に位置していて人口は142,000人。
目当てのミュージアムは市の東端に。

栗田美術館


正門をくぐってたどりつくのが大手門、現在はチケット売り場。

平日だったからか、お客さんはほとんどいません。

順路を進んで行くと最初に現れるのが栗田山荘。
豪農の住宅を移築したお食事処ですが、当日は休業中。



茶室も備えていますが休業中とあって、詫び・寂びというより包まれるのは物寂しい雰囲気。

栗田山荘の一段上にあるのが美術館本館。

栗田美術館は1975年の開館、建物は和風と洋風の2種類ありますが、どちらもテイストが整えられていて統一感があります。
栃木県足利市駒場町1542
創立者は栗田英男(1912-1996)。実業家から代議士に転身し、肥前鍋島藩領で作られた鍋島焼と伊万里焼のコレクター。
かつては足利市役所のそばに自邸があって美術館化されていたようですが、現在は取り壊されているようです。
広大な敷地内には本館、歴史館、無銘陶工祈念聖堂、陶磁会館、阿蘭陀館、世界陶磁館と多くの建物、加えて登り窯まで備えています。


館内は一部を除いて撮影不可。凄まじい物量の陶磁器が展示されていますが、主要なコレクションはほぼ撮影NGなのが残念。

2022年9月-2023年2月 @栗田美術館

栗田さんの陶磁器に対する情熱がフツーではないコトは伝わります。
展示室内での彼の鍋島への思いを見ていると、愛情や情熱を超越しすぎていて執念のようにも。




陶山神社は、佐賀県有田町にある焼き物の神様(祭神は応神天皇:品蛇和気命)。相殿神には藩祖鍋島直茂。
この掛額は明治期に神社へ奉納されたモノと同一(予備)だそうです。
ただし奉納されたものは台風で破損したので、現在の掛額は新規に制作されています。これも彼の執念のカケラか。


歴史館をはじめとする洋風の建物は、有田で製作した磁器タイルで覆われ、やや宗教的な雰囲気も感じさせます。
栗田さんは鍋島と伊万里にしか興味が湧かなかったそうです。
また従来の茶道でのような器の扱い方(作品の歴史や門閥の伝承や経歴)には見向きもせず、自身の鑑賞眼(純粋な美術品の価値)にのみフォーカスし、その境地に辿りついたのは独学によって。
そして彼の認める価値の源泉は、職人の純粋でひたむきな作陶姿勢。
彼が伊万里と呼ぶのはどうも柿右衛門作品のようですが、あえて伊万里と個人名で呼ばないのは、無名の陶工や画工へのリスペクトから。
また作品は日常的に使ってみてその価値を知る事ができると語られている点からも、柳宗悦の民藝の視点とオーバーラップします。

歴史館内のこの部屋は撮影OK。
これらの凄まじいコレクションは、ロンドンを中心に世界から蒐集するという変わったスタイルによって到達。かつての大型バイクと同じく逆輸入。

とある大物ミュージシャンが、当時の栗田館長に「この大壺を購入可能か?」と尋ねたというエピソードを持つ壺。

その周囲にも伊万里焼の色絵大壺(1700年代)が並びます。
このサイズで鑑賞用以外にどんな使用法があるのか不明。
鍋島焼&伊万里焼
鍋島焼は鍋島藩が直接手掛けた磁器のこと。主に将軍家への献上や大名間の贈答用に製作された超高級品。鍋島藩はそのブランディングのため、製法の秘匿やクオリティの維持に心血を注ぎました。
一方の伊万里焼は鍋島藩領内の窯で作られた磁器(日本初)の事で、伊万里港から出荷されたもの。オランダ東インド会社からのオーダーを受けて、外国にも輸出されています。
美術館での展示品ではありませんが、参考に他館での展示品をいくつか

まずは鍋島焼ではスタンダードな皿を2点。
紫陽花図は、1600年代後半から1700年初頭の作品。

江戸後期に町人から大名まで人気があった伊万里焼の大皿(1800年代:田中丸善八コレクション)。善八さんは佐賀出身で玉屋百貨店創業家の人。

鍋島といえば色絵が定番ですが、展示室にはこの大皿と同じテイストの青磁花入(龍泉窯的な)も展示されていました。

キャプションには伊万里(有田)とあった柿右衛門らしいカラーの蓋物(1600から1700年代)。

造形だけでもこの技術、12代酒井田柿右衛門作の置物(1928年)。
昭和天皇の即位に際して佐賀県からの献上品。

展示室の膨大なコレクションに圧倒されつつ、相変わらず人の見当たらない敷地内を順路に沿って進むと、なぜかの登り窯。現役の窯なのかは不明。


栗田嵐嶽は栗田英男の弟。生前には1点の作品も公開しなかったという彼もまたフツーではない人。
お皿や絵画が展示されていましたが、よく分かりません。


事務所に突き当たりUターン。


立派な長屋門は陶磁研究所の入口でした。相変わらず人の気配はなし。
肥前ではなく下野の国で、蒐集だけでなく実際に窯焼きしながら研究している(た)ようです。

焼き物とフレディ

長屋門の先には陶磁開館。喫茶室を備えています。
実はここまでの展示室内には、クィーンのフレディ・マーキュリーが栗田美術館を訪れた証拠写真がいくつかちりばめられていました。
そして陶磁開館には、彼らのLP&CDがまとめられて展示。
来日時にココに立ち寄ったフレディは、鍋島&伊万里焼をいたくお気に入りだった模様。写真には同行していたナベプロの偉い人の姿も。

2019年に映画ボヘミアン・ラプソディでクィーン人気が再点火されたようですが、栗田美術館でも企画展が催されたようです(この展示もその時のアーカイブか?)。

展示されていた全ての写真にはミュージック・ライフと近畿日本ツーリストのロゴがついていて、企画展には両社が関わっていたようです。
そういう事情なのでフレディの写真の掲載は控えておきます。
ちなみに気になったのは「フレディのサングラスはレイバン」という説明。
それって重要?
ネットで検索すると、ココはフレディの聖地のようになっているようです。
フレディの件でクィーンファンが訪れるようになったのかもしれませんが、ファンの年齢層を考えるとこの先の勢いはビミョー。
鍋島焼とフレディはイマイチオーバーラップしませんが、華やかな点は似ているのかも。


ドアには東インド会社のマーク。
圧倒的な数の豪華な陶磁器と広大な敷地にほとんど見かけない入館者。
何ともシュールで不思議な感覚に見舞われる美術館です。
創立者の情熱の火が消えかけているようにも。

