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目指すはWRCの聖地?【豊田市立博物館:坂茂2】【カローラWRC:尾張徳川家5】愛知県豊田市

数年前のトヨタの方針を全方位!と語られていたのは現在の会長さん。
全方位とはEV(電気自動車)だけでなくハイブリッドもエンジン開発もという意味でしたが、当時のEV化を急げ!という風潮からは、やや「のんびりし過ぎじゃない?」とう向きの意見や評価が多数。
トレンドの最先端を走るコトは否定しませんが、選択肢を多く持つコトの大切さは過去の経験や蓄積からの結論だったのでしょう。
(結果的にEV専業だった企業が、現在はハイブリッド展開したりと)


一方モータースポーツではやや中途半端なトヨタ(個人的視点)。
F1では勝利にあと一歩届かず。ル・マン24時間レースでは優勝者リストに名を連ねるものの、アウディやポルシェといった強豪ライバルのいなくなった時代の話(フェラーリ復帰後も勝てず)。
ただしラリーではイタリアの帝王ランチアを力で捻じ伏せタイトルを奪取。一時の活動休止や謹慎を経て、現在は唯一の日本車メーカーとして参戦中。
このモータースポーツに対する情熱も、あの会長さんあってのようです。

豊田市の人口は415,000人と愛知県No.2の都市。
言わずと知れたトヨタの企業城下町、関連企業は周辺都市にも及び、歴史好きには常識の松平家発祥の地・松平郷を抱えています。
今回はそんな豊田市の博物館を(隣の美術館の方が注目度は高めか)。


豊田市立博物館

豊田市博物館は2024年の開館で、設計は坂茂。既存の豊田市立美術館と同じ敷地内にあり、建物は南北に連続するようデザインされています。
新しすぎて植栽の成長はまだまだこれから。

愛知県豊田市小坂本町5-80

「近代建築の洗練された到達点の美術館」と「豊田杉を使ったサスティナブル建築の博物館」の対比とHPには紹介されています(木材を使用するからサステナというのも乱暴ですが)。
また市役所に近い高台の立地(江戸時代の城跡)は、災害時の対策本部拠点としての運用も考えられているようです。

パンフ2024年版

朝一番のせいか受付が混雑していたので、先に屋外施設からグルっと。

屋外展示群
土蔵
むかしの家(アバウトな命名)

むかしの家は松平地区から移築された庄屋住宅・平岩家。

博物館の前身は1967年開館の豊田市郷土資料館(2022年閉館)。
資料館が閉館されてどうなるのかと思っていましたが、気がつけば移転して新規オープン。

2022年時に宿泊したホテルで地図を眺めていて、偶然旧資料館跡地がすぐそばにあると気がつき確認していました(これが意外とつながる)。
随分昔に足を運んだ記憶はほぼ飛んでいますが、見ての通り昭和の資料館。

(参考)豊田市郷土資料館(2022年11月)
(参考)郷土資料館パンフ
(参考)むかしの家?

民俗資料館と呼ばれた古民家(上写真左側)があったようですが、どうもあれが豊田市博物館に移築されたかつてのむかしの家のようです(パンフ写真では屋根が茅葺ではない)。

(参考)土蔵?

そして上写真右側が移築された土蔵(たぶん)。
左の解体材に埋もれた古墳(樫尾1号墳)も新天地へ移築されていますが、お墓が2度も移築?となるとなにやらモヤモヤが。

(参考)土蔵はもう1つ

NEW博物館へと戻ります。屋外展示からおまけの美術館側も。

谷口建築といえば

谷口吉生たにぐち よしお建築の豊田市美術館(1995年)。この時はスルー。
美術館・博物館の庭園は、どちらもランドスケープ・アーキテクトのピーター・ウォーカー(アメリカ:1932- )による設計。
ウォーカーさんは、香川県の丸亀市猪熊弦一郎現代美術館(MIMOCA:1991年)と連続する丸亀駅前広場(1991年)でも吉生さんと共演しています。

水盤はデフォルト
童子苑

なんと敷地内にある茶室・童子苑の設計も谷口吉生。
奇麗さびそのものの和風建築はレアじゃないかと。

おまけレベルの隅櫓

挙母ころも城(七州しちしゅう城)は譜代で小藩の居城。石垣は現存ですが隅櫓は復興。
そして博物館の内部へ。

坂茂

設計は坂茂ばん しげる(1957- )、2014年プリツカー賞受賞者。
被災地で役に立つダンボール等の軽量素材で組立可能な居住空間を作る人。

集成材は無垢材よりも強度が高いらしい。また寸法精度も高くなるのもポイント。2025大阪万博の巨大なアイコンも made of 集成材。

天井

プラスチックパーツの裏面にこういうリブを入れたものはよく目にしますが、この規模での複雑なデザインモノはあまり見ないような気が。

館内まで豊田市産の杉材によるリブデザインが連続しています。
調べてみるとデザインモチーフは市章(気がつく人はいるのか)。

そういえば大分県立美術館(OPAM)でも。これが坂スタイル?

(参考)大分県立美術館(2015年)
(参考)@OPAM

博物館内では目を引くのが収納兼展示棚。

歴史・民俗・産業・自然関係の資料が展示されるのは、とよたモノ語りと名付けられた高さ7.8mの棚。

展示品は美術系よりも標本や民俗系が主体。
三河ではイノシシやシカの出没は珍しくありませんが、クマも増加しているそうです(上写真の左下にはリアルに捕獲後の個体)。

ガラ紡とWRCマシン シュールな構図

水流を利用したガラ紡(紡績機械:水車の手前)は、河川の水量に恵まれた松平地区で発展しましたが、1975年ごろに衰退。
近年ガラ紡糸はムダが少ないエコな繊維として見直されているそうです。
現在の松平地区東南部(かなり山奥)では、トヨタの巨大なテストコースが稼働中。

よく分からないジオラマ

視覚的なインパクトは大きい展示棚。ただ下から上層部は見えません。
定期的に入れ替えるのでしょうか?

昭和期の品々といえば、ちゃぶ台中心の6畳一間にレイアウトされた展示スタイルが一般的。
この展示スタイルはSNS映えを意識してのデザインでしょうか?
個人的には昭和モノはスルーしがち。

展示棚へは図書コーナーから入室可能。収蔵品の保護のため靴は脱いで。
展示と保管スペースを合理的に解決しているようにも思えます。
ただ大量に積まれた古本から目当てのモノを見つけるようなワクワク感を、お洒落なディスプレイの書店からは感じないのと似た感覚も。

キッズスペースも設置されています。
モチーフは三河山地の山並み。クマはいない。

山並み?

歴史系の展示は少なめ。

親氏坐像(複製:個人蔵)@豊田市博

松平親氏ちかうじは松平家の初代。つまりは徳川氏の祖とされる人。
関東の出身で時宗の僧として諸国を流浪し、三河松平郷に流れ着きます。

松平元康 制札(複製:妙昌寺蔵)@豊田市博

戦国期の三河は、松平・今川・織田そして武田が陣取り合戦した地域。
寺社は対価を支払って支配者に財産の保全をお願いします(場合によっては競合する双方に)。制札等はその証拠品。

今川義元 禁制(上)&安堵状(下:ともに複製、永澤寺蔵)@豊田市博
(参考)信長像のスタンダード(模写) @トーハク

三河に残る戦国時代の逸品は、織田信長像(重要文化財:長興寺蔵)。
狩野宗秀かのう そうしゅう(元秀、永徳の弟:1551-1601)の作。
長興寺は織田信長の侵攻時に焼失しています。のちに信長の家臣が復興し、信長一周忌にこの肖像画(原本)が長興寺へ奉納されたと。

歴史展示に並ぶのは多くの複製品。

展示品以外も含め、豊田のDNAを形成している武家一族関係と現代の城主企業をピックアップ。

渡邉綱の血筋

渡邊半蔵はんぞう守綱もりつな(1542-1620)は、徳川十六将の1人。三河時代から徳川家康(1543-1616)に仕え、「槍の半蔵」と呼ばれた剛の者。
家康からの信頼も厚く、尾張徳川家に家老として付属されています。尾張藩と幕府から所領を与えられ、寺部(豊田市内)を中心に14,000石を領有。

祖とされる渡邊つな(953-1025)は、源頼光みなもと よりみつの四天王の1人。
京都・一条戻橋で髭切ひげきりの太刀を使って鬼の腕を切り落とした人。
ちなみに徳川家にはもう1人有名な半蔵がいます。
「鬼の半蔵」と呼ばれたのは服部はっとり半蔵正成まさなり(1542-1597)。
先祖は伊賀の人。ニンニン。

下の写真は、なぜか4人も多い二十将図。
家康が上座に座り、槍半蔵は下段中央、鬼半蔵は下段左に。

(参考)徳川二十将図 @トーハク

もちろん旧資料館時代には渡邊ファミリー展も開催されています。
こういう全国区では見られない地元の歴史展示はうらやましい。ただ足を運ぶにあたって立ちはだかるのが路銀問題。この時は図録の通販でガマン。

渡邊半蔵家 図録
発行:2021年 111ページ
豊田市郷土資料館

読んでみると行っときゃ良かったと思える内容(ありがち)。そして図録のネタから、次回の中京圏訪問時の行くべきリストが充実していきます。
渡邊氏の遺構は美術館敷地内と名古屋市内に現存。

又日亭 @豊田市美術館

又日ゆうじつは、寺部陣屋にあった渡邊氏の茶室。
茶室名は10代規綱のりつなの号から、1977年に現在地へ移築(童子苑のそば)。
寺部陣屋跡は博物館(七州城)から北東へ直線距離で2kmほど。矢作やはぎ川を渡ってすぐの至近。

渡邊規綱のりつな(1792-1871)は、奥殿藩主松平乗友まつだいら のりとも大給おぎゅう松平家)の子で、渡邊氏10代目を継承。茶道にも熱心で自ら制作した茶道具も現存しています。
また弟には裏千家を継承した11代千宗室せん そうしつ 玄々斎げんげんさいが。
規綱、玄々斎の関係から、尾張徳川家は流派を裏千家へとシフト。

(参考)捻駕籠席の茶室 @昭和美術館

南山寿荘は渡邊家の別邸内に建てられた茶室&数寄屋造りの書院。
茶室(規綱の設計)と広間はわずかに角度を付けて接続(捻駕籠の所以)。
くつろいだスタイルで藩主を迎えられるよう草庵系ではありません。
2階広間には弟・玄々斎好みの扇面散らしのデザインが見られるそうです。

南山寿荘はもとは名古屋市熱田区にあった渡邊家の下屋敷から、実業家後藤幸三ごとう こうぞうのコレクションを展示する昭和美術館(愛知県名古屋市昭和区)へと移築したもの。
茶室は昭和美術館に入館すれば、庭園から外観のみ見学可能。

続いて工業製品をアートの領域へと昇華させた三河テクノロジーの粋を。

トヨタ カローラWRC '99

カローラWRC @豊田市博

展示されていたラリーマシンはWRCのレガシー。
WRCとは世界ラリー選手権のコト。基本は市販車ベース。かつては多くの日本メーカーが参戦していましたが(ホンダ以外のメーカーはほぼ)、社会情勢の変化により参加メーカーは増減し、現在の日本勢はトヨタのみ。
継続するコトでブランドの価値は高まりますが。

参考にWRC日本勢黄金期の面々を

(参考)スバル勢 @トヨタ博物館

レガシー(1993:左)&インプレッサ(1996)
水平対向エンジン&AWD(4輪駆動)がスバルのアイコン。

(参考)三菱勢 @トヨタ博物館

ランサーGSR(1974:左)&ランサーエボ6(2001:レプリカ)
三菱はラリーの本拠地が三河(お隣の岡崎市)。

(参考)ドリフトトヨタ勢 @トヨタ博物館

左からセリカ(1985)&セリカ(1990)&カローラ(1999)
こうして見るとタバコカラーも全盛期。
いずれもマンガを背景にした珍しい展示は、2021年のトヨタ博物館(愛知県長久手市)。

2022年には12年ぶりとなるWRC日本ラウンドが、豊田市中心(愛知から岐阜にかけて)で開催されました(かつては北海道)。
2023年は豊田市も運営主体に(メインスポンサーはフォーラムエイト)。

美術館からも見えるトヨタスタジアム

また豊田スタジアムはラリーイベントの拠点として機能し、スーパースペシャルステージ(スーパーSS)の会場にも。
豊田市周辺のコースは落葉や苔が多く、天候が悪くなると難易度が急上昇との評価。公道とはいえ普段は車が走ってないほどの山奥?

トヨタはラリーを盛り上げるべく注力していますが、国内での認知度は?

カローラWRC @豊田市博

常設という訳ではなく、ラリーイベントに連動してのトヨタからの展示と思われるカローラWRC。

カローラWRC(1999年オリオール車)は、先代セリカ由来の名機3S-GTE(2リッター・ターボエンジン:300PS)と4WDシステムを、コンパクトなカローラ(ヨーロッパ向けの3ドアハッチ)の車体に組み込んだラリーカー。
WRCデビュー年の1998年(謹慎明け)は、惜しくもタイトル獲得ならず。

1999年はメーカータイトル獲得。ドライバーはカルロス・サインツ(スペイン:1962- )とディディエ・オリオール(フランス:1958- )。
かつてはセリカでタイトルを獲得した2人。

常設展示にサラッと組み込まれていた2023年当時の現役ドライバー。
勝田貴元かつた たかもと(1993- )は愛知県長久手ながくて市(豊田市の隣)の人。
父は全日本ラリーチャンピオン。
レース(サーキット)からラリーへと転向した変わり種で、WRC初優勝になかなか手が届かずモヤモヤさせられます。2025年こそは!

またカローラの背後には関連した地元製品?が。
メーカーのAGCミネラル株式会社(旧東海工業)は1938年の創業。

豊田市内から産出されるガラス原料(珪砂や長石)は高品質で、自動車用として使用されるのは愛知県(豊田&瀬戸)と島根県産のみらしい。
また博物館のガラスはすべて豊田産の珪砂を使用(工場が愛知県かは不明)。言われないとまったく気がつかない縁の下の力持ち。

歴史系のコレクションでは周辺ミュージアム(岡崎市、刈谷市、安城市等々)に対して、やや分が悪い印象の豊田市。
またトヨタの歴史も周辺自治体にも波及していますが、その点は豊田市博物館にアドバンテージがあるでしょう。
ヨーロッパに目を向けるとモータースポーツのブランド価値は、マーケティングのみならずテクノロジーやアートとの相性が良好(日本は発展途上)。
豊田市の美術館&博物館も、そういう方面での展開がチラリと。

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