見出し画像

2000年前の記憶?【キリストの墓:キリストの里伝承館】青森県新郷村

都市伝説とは何か? それは根拠や事実が曖昧でよく分からないけれど、何となく流布されている話の事。
古くからの伝説や言い伝えとは異なり、噂のようなものでしょうか?
もちろん伝説は都市に限らず、田舎にも多々あるようです。

子供のころ、日本地図をながめていた時に発見したのが「キリストの墓」!
歴史の教科書では、日本にキリスト教が伝来したのは16世紀と習います。
「墓」は子供ながらにウソくさいとは思いつつ、頭の片隅には残りました。
今回は東北にある、そんなミステリースポット的な場所の記録です。


青森県の東半分はかつての南部藩領で、青森県三戸さんのへ新郷しんごう村があるのは上北三八地域。人口は1,900人の小さな村です。
上北三八とは、上北郡、三戸郡、八戸市と青森県の南東エリアの事。

ちなみに中世から近世にかけて北奥州に君臨していた南部氏にとって、三戸と八戸は地域統治の重要拠点。
近世になると利便性から本家の居城は、三戸から盛岡へと移されています。

新郷村は三戸町の北側に位置していますが、高速道路からはかなり離れた場所にあり、主要な国道からも外れています。
ただ青森県八戸市と秋田県鹿角市を結ぶルート上にあり、車の少ない3ケタ国道を繋げば、高速道路を利用した時と大して所要時間は変わりません。
おまけに山深い土地なのかと思いきや、風力発電の風車が林立する光景に出会えたりも。

秋田県道128号線

キリストの墓?

村の中心部から西へと3kmほど。
キリストの文字が多数見られるのがキリストの墓の入口。

現地ではキリストの里と名づけられ、観光スポットのような位置付けに。

駐車場から目的地までは2つのルート(共に徒歩すぐ)がありますが、青森という事もありヤツらが現れそうな雰囲気がプンプンしてきます。
そもそも人気もないので、心細い事この上ない。

行きは小川の流れるハイキングコース的な方を選択。
道を誤る事はなさそうです。

ゆるい坂道を上がっていくと、ターゲットが見えてきます。

どう見ても、それらしい目印と解説板が。

アンビリーバボー

解説板によると

イエスキリストは二十一才のときに日本に渡り十二年間の間神学について修行を重ね三十三才のとき、ユダヤに帰って神の教えについて伝道を行いましたが、その当時のユダヤ人達はキリストの教えを容れず、かえってキリストを捕えて十字架に磔刑に処さんと致しました。

青森の地に残されている、衝撃の事実です。
さらに

しかし偶々イエスの弟イスキリが兄の身代りとなって十字架の露と果てたのであります。他方、十字架の磔刑からのがれたキリストは、艱難辛苦の旅をつづけて、再び、日本の土を踏みこの戸来村に住居を定めて、百六才長寿を以って、この地に没しました。

と続きます。
そもそも2000年前に、この地に村があったのか?

青森県三戸郡新郷村戸来野月33-1

詳しく確認してみます。
こちらがキリストの弟「イスキリ」のお墓。
現地では「十代墓」と呼ばれています。

イスキリの墓

その奥にあるのが「十来墓」と呼ばれているキリストの墓

手前イスキリ 奥にキリスト

塚に十字架というスタイルから、そうなのかな?と匂わせます。

キリストの墓

2人のお墓が並ぶのは、少し小高い位置。

中世の日本でも、塚は高貴な人や権力者のお墓に見られます。
例えば朝廷を二分した後醍醐天皇の皇子、懐良かねよし親王のお墓。

(参考)懐良親王の墓 @熊本県八代市

この時代には五輪塔や宝篋印塔のように大きな石塔のお墓も見られますが、懐良親王のように塚の形態のお墓も。
ちなみに皇族のお墓には必ず、

1.みだりに域内に立ち入らぬこと
1.魚鳥等を取らぬこと
1.竹木等を切らぬこと

という宮内庁の注意書きが立てられています。ある意味、国のお墨付き。

青森に戻ります。
キリストの里のある新郷村には、2004年イスラエル・エルサレム市から友好の証として石碑が贈られています。
駐日イスラエル大使もこの墓を訪れたそうで、石碑は墓のすぐそばに設置。
そもそも新郷村の旧名は戸来へらい
「ヘブライ」が訛って「へらい」になったとも。
都市伝説には格好の材料の1つですが、謎は深まります。

謎解きには、キリストのお墓のそばにある伝承館(資料館)へ。

伝承館の前には、あやしげなハーブ・・・

そして小さなピラミッド・・・(傷や病が癒える的な?)

聖なる黄金比を示すモニュメント・・・(そういう意味?)

いわくありげなアイテムが並びます。

実はキリストの墓伝説は、茨城県の皇祖皇太神宮に伝わる竹内古文書から。
昭和初期にこの地を訪れた竹内巨麿たけうち きよまろが、墓を発見したとされています。

パンフにも「突然湧いて出た」事から
『「湧説」とでも言った方が良いのかもしれません』と明記。

パンフ 2016年版

伝承館では、キリスト伝承の根拠となった竹内古文書や村内で伝わるエピソード等が展示されています。また顔出しパネルのような昭和初期の村の姿や、民俗資料館にありがちな村の民具や農具。

何よりも猫ちぐらのような「えじこ」(ベビーベッド?)に入った幼児の人形の不気味さはハンパではありません(おでこに十字架って)。

伝承館は学術的に何かを解明するというより、村での日常や風土を紹介する施設といった印象です。

帰り際に受付のおばあさんに、最大の疑問をぶつけてみます。
「村民にはキリスト教徒はけっこういらっしゃるのですか?」・・・

その答えは、
「みーんな仏教!」
あまりにも衝撃的な真実を即答で。ディープ過ぎる村です。

ただ村では実際に、大真面目なお祭りも開催されているようです。

「考えるな、踊れ。」というコピーは、ブルース・リー的。

胡散臭さを増幅するコンビニ&モダンアート

キリストの里公園そばには、不思議なショップも存在。

スピリチュアルな雰囲気ゼロなプレハブは、その名も「キリストっぷ」。
その音は、何故か某コンビニとオーバーラップします。そもそもダジャレ?

キリストっぷ

当日はお休みでしたが、どうやら聖なるグッズを取り扱っている模様。
ロゴマークをよく見ると、巧みに本家のオマージュ。
十字架の取り入れ方が秀逸です。

(参考)某コンビニ

キリストっぷのそばに立つ標識も、よく見ると・・・

標識のようで正式な標識ではありません。
おふざけにしては、やや度が過ぎているような。
まあ、この道を通る車の数も知れているのでしょう。

どこへ行く?

調べてみると、アート・ユーザー・カンファレンス(以下AUC)が運営するジェネラル・ミュージアム。

ここからは難解な解説になります。

 AUCは、アートに関わる人々が集まり、ユーザー(使い手)という立場から新たなアートの場の活性化に取り組むグループです。

看板より

「ジェネラル・ミュージアム」(以下 GM)は人が自ら生きる環境世界をジェネラル(総合的)にとらえる視座のもと「あらたな公共圏」としてのミュージアムを構想・実践する AUC のプロジェクトです。

看板から

つまり4面の標識は、AUCが新郷村におけるキリストの墓伝承をリサーチしながら取り組んだプロジェクト「ジェネラル・ミュージアム|墓」から生まれた、2022年の作品のようです。

それは青森県立美術館が全体像を描いた、美術館堆肥化計画の一端。

美術館堆肥化計画とは

本事業は青森県立美術館が地域にとび出し、地域との協働を通じて、ミュージアムの社会交流施設としての可能性をひらくアートプロジェクトです。そんなミュージアムの働きを、土壌環境を整え作物の成長を支える「堆肥」になぞらえ、プロジェクト名を「美術館堆肥化計画」としました。

4面すべてを見たところで、その意味は分かりません。
地域の文脈を踏まえているようで踏まえてなさそうな点や、人の信仰心のイージーな扱い方にはモヤモヤするものが。

キリストの墓は、もともと何かの塚だったとされています。
日本は古来、自然を畏怖の対象として特定の山や森、水源を神聖な場所として扱ってきました。
塚もそんな慣習から住民は粗末にする事無く、何か意味のある目印(あるいはお墓?)として大切に管理してきたのでしょう。

昭和初期の「湧説」とはいえ、地元民がお祭り化してまでも大切にしているのは、それもまた地域のリアルな歴史。
観光地化のためなのか色々と考えた末のユーモアであれば、この地域住民のセンスは侮れません。
年月が経つほどにその霧は徐々に濃く、謎は深まるのかも。

いいなと思ったら応援しよう!