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徳川家康とSANAA【駿府城&静岡市歴史博物館】静岡県静岡市

首都圏と中京圏のほぼ中間点にあるのが静岡市。
浜松市とともに日本でも有数の工業エリアを形成し、観光では富士山を筆頭にコンテンツも豊富。歴史的な見どころも多いのですが、天下人の拠点だった事実はあまり知られていないのかもしれません。


かつては駿河の国の首府・駿府すんぷと呼ばれた静岡市。
伊豆、駿河、遠江の旧三ヶ国によって構成された静岡県の県庁所在地です。
人口は県西部の中心都市・浜松より10万人ほど少ない670,000人。減少傾向が止まらず政令指定都市では最少(多ければ良いという訳ではないけど)。

モデラー視点?で静岡を見ると、プラモデルの全国出荷額の80%を占めている点は見逃せません(タミヤ、フジミ、アオシマの本社は静岡市)。
特にタミヤは世界最高のクオリティと造形センスを誇り、もはやアートにカテゴライズされるべきモデルメーカー(個人的意見)。

駿府城

室町期以降の日本史において、主役にはなれないけれども重要な役割を持ち続けたのが駿府(現静岡市)。

坤櫓

駿府城は駿河を領国に加えた徳川家康が、1589年に居城として築城。
ベースとなったのは、駿河守護を務めた今川家の館跡。
豊臣秀吉によって家康が関東へと移封されると、秀吉の側近だった中村一氏かずうじの居城(14万石)に。

1600年の関ヶ原の戦いで権力を掌握した家康は将軍となり、秀忠に将軍職を譲ると駿府城を天下普請で大改造(豊臣色を一掃)してカムバック。
そして江戸には秀忠を置き、大御所として二元政治を展開。1616年に死去。

静岡県静岡市葵区駿府城公園1-1

東御門

駿府城跡には現存建築はなく、復元された櫓や門によって当時の威勢が。
二の丸東御門ひがし ごもんは1635年に焼失、1996年復元。
たつみ櫓(東御門に隣接)は1635年に焼失、1989年復元
ひつじさる櫓も1635年に焼失、2014年に復元・公開。
復元が進んだのは、お城の南側エリアを中心に。

東御門
駿府城公園内

駿府城跡(公園)では天守台跡を絶賛発掘調査中。
知らない人にはただの公園ですが無料エリアになっているので、市民の憩いの場になっています。
毎年4月には静岡まつりの会場にも(写真は2023年時)

お城の遺構がやや希薄な公園内。現在はどちらかといえば工事現場。

本丸堀

徳川家康

徳川家康とくがわ いえやす(1543-1616)は、戦国時代を終焉させた三河・岡崎の人。
古典から学び得られた知識や自身の経験をベースに、状況を読む能力や人を見る眼、柔軟な思考力が尋常ではなかった人。

権力絶大時代 @駿府城

織田信長や秀吉という稀代のクリエイターを間近に見ていた影響も大きい。
家康にとって駿府は人質時代の幼少期、領土拡大期、晩年と人生の中ではなにかと縁の深い土地。

竹千代像はベタな記念写真用。顔が丸すぎ。

(参考)人質時代? @岡崎城

静岡は家康にとって人質時代を過ごした地ですが、全盛期だった今川家から多くの学びも得た場所。

大名として独立したものの武田家に圧迫を受けていた状況下で、織田軍の後詰もそれほど得られずに大失敗をやらかした三方ヶ原の戦い。

(参考)浜松時代 @岡崎城

上の写真は、自らの戒めのために描かせた敗走後の肖像画(しかみ像:徳川美術館蔵)をベースにした像(18代当主徳川恒孝つねなりさん寄贈)。
家康は敗走時に、恐怖のあまりお漏らししたとも(しかも大)。
そのポーズは、ロダンの考える人よりムリめ。

そんなピンチも糧にして力を蓄えましたが、一時は秀吉に臣従。
ところが秀吉が亡くなり気がついてみれば、あれっ俺がトップ?な状況に。

(参考)権力者時代? @岡崎城

そして権力の頂点を掴み取ります(ベンチにこのスタイルはどうなのか)。
後方にチラリと見えるのは水戸のお孫さん。現在は並んでお座りです。

(参考)将軍時代? @徳川ミュージアム(2017年)

孫の3代将軍家光いえみつ(1604-1651)は、夢に出てきた家康を描かせています。

(参考)東照大権現像:伝狩野探幽筆(原本は輪王寺蔵) @トーハク

肖像画の作者狩野探幽かのう たんゆう(1602-1674)は家光と同世代。

家康は没後も一時駿府に留まります。家康埋葬の地は久能山。

(参考)神廟 @久能山東照宮(静岡県静岡市)


故郷・三河のある西向きに建てられた宝塔(重要文化財)は、家光によって当初の木造檜皮葺から石造りへとリニューアル。

そして一年後には遺言によって、久能山から関東北部の日光へと改葬(奥社宝塔:重要文化財)。

(参考)@日光東照宮(栃木県日光市)

おまけに松平家の菩提寺・大樹寺も。
初代親氏ちかうじ(右から)から8代広忠ひろただ(父:1526-1549)がズラリと並ぶお墓を整備したのは家康。

(参考)@大樹寺(愛知県岡崎市)

1969年には岡崎市民によって、家康の墓碑(神廟風:一番左)が建立。
本堂には松平歴代に加え、徳川将軍歴代の位牌(それぞれの身長大といわれる)も安置されています。

徳川幕府の公式史書徳川実紀では「国内で家康死去を嘆き悲しまなかった者はいなかった」とやや盛り過ぎ(赤い矢印の部分)。

(参考)徳川実紀:紅葉山文庫旧蔵 @国立公文書館(東京都千代田区)

現在の実紀は内閣文庫の所蔵。

府中宿図 @駿府城

葵舟は船で駿府城のお濠をぐるっと1周するサービス。
所要時間は40分ほど。歩いて見て回ってもそれほど変わらないような・・・

二の丸御水門

静岡市歴史博物館

駿府城の脇にそびえるのは静岡県庁(右)とあまり特徴のない博物館(左:真ん中は駐車場)。

博物館前には弥次郎兵衛やじろべえ喜多八きたはち(右)のお二人。いわゆる弥次喜多。

東海道中膝栗毛のワンシーン

東海道中膝栗毛ひざくりげの作者十返舎一九じっぺんしゃ いっく(1765-1831)は、駿府両替町の生まれです。

静岡市歴史博物館は、2023年に博物館と歴史観光の拠点として開館。
設計はSANAA(妹島和世&西澤立衛)。
1Fの天井には静岡産の木材を格子張り、窓の木枠は縁側をイメージ。
2Fと3Fが展示室、そして3Fには展望ラウンジ。基本撮影不可。

SANAAのデザインイメージは軽やかさでしょうか。
RC造+鉄骨造の建物は重厚になりがち。エキスパンドメタルと展望ラウンジのデザインで重さを和らげようとしているようにも。

SANAA

SANAAは妹島和世せじま かずよ(1956- )と西澤立衛にしざわ りゅうえ(1966- )による1995年設立の建築ユニット。2010年プリツカー賞受賞。

参考にSANAA作品を3選
小笠原資料館は、妹島和世ルーツの地に建てられた歴史系ミュージアム。

(参考)小笠原資料館(1999年:長野県飯田市)

実は妹島自身がこの地の領主だった小笠原家の末裔。キャリア初期の作品。

21世紀美術館は金沢の新たな観光スポットとして定番化している現代アート系ミュージアム。

(参考)21世紀美術館(2004年:石川県金沢市)

かつての加賀は天下の書府と呼ばれ、美術館は現代版の文化と伝統の融合。
美術館は2024年の能登半島地震で被災しましたが、現在は復活。
ただし2027年からの大規模改修計画(老朽化対策)が発表されています。

荘銀タクト(愛称)は、音楽ホールを核とする鶴岡市文化会館。
ロゴと屋根のラインは指揮棒(タクト)の動きのイメージから。

(参考)荘銀タクト鶴岡 (JV:2017年:山形県鶴岡市)

かつての藩校致道館に隣接する立地は、庄内藩の歴史の文脈か。
ちなみに庄内藩の領主は、かつての徳川四天王筆頭・酒井家。

静岡に戻ります。
歴史博物館の前身は静岡市文化財資料館。
静岡浅間せんげん神社境内に1975年の開館。

THE昭和な資料館

静岡市内の文化財を静岡市文化財協会が受託管理し展示されていました。
ほぼ静岡浅間神社所蔵の品々だったような。2021年に閉館。

文化財資料館パンフ 2019年版

パンフでは2010年からの歴史博物館の計画が告知されていました。
そして家康を前面に押し出しつつ、新博物館は街の中心部に新規オープン。

ちなみに開館までには、あのリニア開通に徹底抗戦した知事とも何やらあったようです。知事と当時の市長の相性の悪さはニュースにも。

博物館オープンチラシ 2023年
パンフ 2023年版

外皮のエキスパンドメタルは金属を網目状に加工したもの。
見る角度によって表情が変わります。

(参考)エキスパンドメタル @どこかの妹島建築

1Fにある戦国時代(天正期:家康が城主だった頃)の道と石垣(長さ33m)は、博物館建設に伴い発見されたモノをそのまま展示。

遺構は映えない気がする

福井県にも似たようなミュージアムがありますが、展示に何か工夫があれば。これではフツーに発掘現場。

銅活字は家康らしい遺産。数少ない撮影OK素材。

銅活字(レプリカ)

原資料は重要文化財(印刷博物館蔵:突破する会社のミュージアム)ですが、こちらは寄贈された複製品。

駿府の華 チラシ
2023年3月-5月 @静岡市歴史博物館

歴史博物館の看板は、徳川家康と室町時代の駿河守護今川家
加えて最後の将軍慶喜よしのぶ(1837-1913)も。
静岡は徳川幕府崩壊後に所領を大幅に削られた徳川宗家の拠点。
明治期の慶喜は静岡で趣味三昧(カメラや自転車等々)。

まだオープンから日が浅いので何とも言えませんが、他の県庁所在地と比較すると、まとまった大名道具の伝来品が少ないのはマイナス材料かも。

少ない撮影可能エリアの1つが展望ラウンジ。
スタッフの方が豆知識で遠くに望む富士山を教えてくれました。

@ラウンジ(2023年)

ちなみに数日後が静岡まつりだったらしく、花見行列では家康役が初日・ココリコ田中(なぜ?)。スペシャルゲストが溝端淳平(大河がらみ)。
スタッフさんが楽しみにしていたのは、スペシャルゲストの方。

うっすら富士山

歴史博物館はそれほど話題になっていないような印象を受けます。
データを拾ってみると、
グランドオープン初年度の2023年は目標入館者数50万人に対して達成率は60%弱。翌年度は目標19万人弱へと大幅下方修正。
なおかつ有料展示観覧者数については、入館者の30%以下の水準。

公立ミュージアムなので黒字化が必須とは考えませんが、現実が予想を大きく下回る赤字運営は公立施設あるある。
歴史観光のハブになっているのかもビミョー。

家康はかなりの倹約家としても知られていますが(吝嗇家りんしょくかとも)、彼ならこういう状況をどうとらえるでしょう?
金沢の21世紀美術館が圧倒的に話題になったのは、建築とモダンアートの相性の良さなのかもしれません。
ただ静岡はハードではなくソフトに課題があるような。

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