見出し画像

藁屋に名馬を繋ぎたるがよし:エアロダイナミクスの新創世記【マーチ881:ガレージハウス 岡山県岡山市北区】

各地のミュージアムを巡っていると、その館ならではの特別な何かに出会います。イマイチに感じたり衝撃を受けたりとさまざまですが(期待値にもよる)、2度、3度と足を運ぶうちにその価値に気がついたりするケースも。

「ウチの目玉はコレですよ!」と各種媒体でアピールするミュージアムは今風ですが、今回の記録のようにまったく意に介さないスタンスも嫌いではありません(ただあまりに情報なさすぎ)。
一期一会とは奥の深い言葉です。


その情報を得たのは、今や絶滅危惧種にカテゴライズされる紙媒体の雑誌から(休刊・廃刊の増加はコアなファンを擁する趣味の世界でも顕著)。
その記事での取材先は岡山のクルマ屋さん。
地図で確認してもなんでそんな所に?というような場所(すいません)。
そして現場にたどり着き、なんとなく浮かんだのがタイトルの名言。

珠光という人

「藁屋に名馬を繋ぎたるがよし」は珠光の言葉。
村田珠光じゅこう
(1422?-1502)は、わび茶の源流となった人(経歴に不明な点が多く、ヴェールに包まれています)。
茶の湯と禅の思想に絶妙に効かせたスパイスは和の技術。
そして無駄なものを削ぎ落していく引き算の美学。

粗末な藁葺きの小屋に名馬が繋がれている景色がいいんじゃない!と言われてもボンヤリとしか理解できませんが、なんとなく分かるような気も。
千利休せんの りきゅうの弟子山上宗二やまのうえ そうじは、豪華ではない座敷に名物道具というその対比の妙に茶人のセンス(美意識)を見い出しているとも。
また名馬という表現が秀逸で、オーナーの乗りこなす技術(センス)のメタファーのようにも思えます。

以下珠光関係を数点

(参考)漁村夕照図 伝珠光筆 @三井記念美術館

瀟湘八景の中の1場面を描いた珠光作とされる図。

(参考)山水図 伝珠光筆 @三井記念美術館

解説には瀟湘八景の遠寺晩鐘図を和風化した山水図と。やや表現が簡略化されています。

(参考)珠光青磁茶碗 波瀾はらん @三井記念美術館

珠光茶碗は、唐物(中国伝来)からわび茶に相応しいものとして珠光さんがチョイスした茶器(複数あり)。銘は表千家9代了々斎りょうりょうさいによるもの。
ただし珠光は高価で貴重な唐物上位の茶の湯の世界に、和物も加えて調和させた美を求めていきます。

(参考)珠光緞子どんす @トーハク

加賀前田家の伝来品。室町将軍足利義政から拝領した桐服のきれとされる珠光好みの緞子。

珠光がらみの品々を並べてみましたが、侘びたという雰囲気は共通。
問題は、彼の思想を上手く伝えられないのが言語化のむずかしさ。
珠光が弟子の古市澄胤ふるいち ちょういん(播磨、興福寺の衆徒:1452-1508)へ宛てた心の文で伝えたのは、執着を捨て自分を誇らず謙虚に人に教えを乞いなさいという姿勢なのです。

現代に置き換えるのならバズるコトを目指している場合ではありませんよ!というコトでしょうか? インフルエンサーとは対極の境地か。
まあ物欲にせよ執着にせよ、それらを捨て去るほどの境地は自分にはムリ(たぶん)。

オールドボーイ:ガレージハウス

目的地は岡山市内の山間にひっそりとある小洒落た建物。
藁屋ではありませんが、ガレージに佇んでいたのはフツーではない名馬。

岡山県岡山市北区御津野々口206

建物群の中心はレストア屋(クルマ屋)さんで、カフェレストランを併設。実は国道53号線に面しているので車の往来は結構あり、ひっそりとはしていません。市の中心部からはやや離れていますが、岡山ICや岡山空港から車で10分ほどの距離。

車高の低いクルマの佇まいは「うずくまるように」と表現されますが、このフォーミュラマシンはまさにそのもの。
隣のポルシェ911もそれなりに車高は低い車ですが。

マーチ881

マーチ881は1988年シーズンを戦ったF1マシン(1989年も少し)。

エンジンはジャッドCV(ターボなし自然吸気3,500cc:600馬力)
ドライバーはイワン・カぺリ(イタリア:1963- )とマウリシオ・グージェルミン(ブラジル:1963- )のコンビ。
そしてデザイナーは空力の鬼才エイドリアン・ニューウェイ(イギリス:1958- )。

1988年ポルトガルGPでは2位、そしてベルギーGPでは3位を獲得(ともにカペリ)。翌年1989年の初戦ブラジルGPではグージェルミンが3位。

チームは1989年最初の2戦も881での参戦(以降はCG891にチェンジ)でしたが、展示の881は89年カラーに仕上げられ、ノーズやエンジンカウルにBP(オイルメーカー)のグリーンを差し色に。

特徴的なカラーリングはレイトンブルーと呼ばれ、アパレルブランドも展開したレイトンハウスの代名詞(ベースはバブル期の不動産屋さん)。
実は当時の社用車ホンダ・シティ・カブリオレの塗装色マイアミブルーからのインスパイア。ただヨーロッパメディアの表記ではターコイズブルー

1988年はターボ車1,500ccと自然吸気(NA)3,500ccの2種類のエンジンが混走した年で、ターボ車が参戦できたラストイヤー(当時)。
レギュレーションの変更は、参戦エンジンメーカーを増やすためとも、強すぎたホンダイジメとも。

(参考)マクラーレン・ホンダMP4-4 @ホンダコレクションホール

ただこの年に猛威を振るったのはやっぱりターボ車で、マクラーレン・ホンダのプロスト&セナのコンビは全16戦中15勝(1・2フィニッシュは10回、ポールポジションが15回)。ホンダの意地!

数少ない2位のポジションを馬力が劣るNAエンジンでゲットしたのが881。

ホンダRA168E @ホンダコレクションホール

ホンダのターボエンジンは自然吸気に比べレースでも優に100馬力は高出力で、予選時には1,000馬力超にも。
いわゆる直線番長仕様で、コーナーは大きな前後ウィング(空気の抵抗大)でグリップを稼ぎました。

@ホンダコレクションホール

対してニューウェイ・デザインの881は、極限までスリム化して空気抵抗を減らしています。その上で車体下部の空気の流れを味方(ダウンフォース)にしながら車を路面に貼り付けました。

車体後端にはディフューザーと呼ばれる空気の流れをコントロールするパーツが(翌年のマクラーレンはこのアイディアをパクッています)。
ちなみにこのマシンのエンジンはダミーなので走行不可。

ステアリングがモノコックからはみ出さない(空力優先)のと、コクピットの開口部が上から見た時に五角形なのがニューウェイスタイル。

マクラーレンも車体全体を低くデザインしていましたが、881はサイドポンツーンが低くコンパクトかつノーズもスリムに(デカイ人は乗れない)。
またフロントウイングが1枚板でノーズの下部に張り付けたスタイルも当時の空力最先端デザイン。
シャシーのナンバープレートから、決勝では出走歴のない個体だそうです。

881はポテンシャルは高かったものの、ピーキーな性格(速く走ることが出来るレンジが狭い)だったので常に結果が出せたワケでもなく、うまくハマったケースが表彰台に繋がっています。

F1では全レースの全ラップ(周回)が記録されていますが、1988年に自然吸気エンジンでレース中にトップを周回したのはこのマシンのみ(1年間でわずかに1周!)。
最強のマクラーレン・ホンダを従えて(数百メートルですが)駆け抜けたヒストリーを持つ駿馬です。

ニューウェイは881が見せつけた速さによって自身の能力を証明し、この後に移籍したウィリアムズやレッドブルでチャンピオンマシンを量産していく事になります。
2023年のレッドブル・ホンダは22戦21勝を達成していますが、チャンピオンマシンRB19のデザインは大御所となっていたニューウェイ。

オールドボーイへランチに来た人たちをしばらく見ていると、881に対して何かしら反応し、写真を撮る人もチラホラ。
F1に興味を持つ人は当然のように驚き、知らない人でもフツーじゃない車である事は感じさせる881。

いわゆるカッコよさとか美しさは感性(個人の好み)を刺激して訴えるモノです。一方、性能を競うプロダクトデザインは結果が伴わなければ、デザインの良さとしては認められません。
レースの世界では速いマシンは美しいと言われますが、美しいマシンが速いとは限らないのです(遅いマシンは見向きもされません)。

一方、茶の湯の世界において価値の高いとされる茶碗が飲みやすい器なのかという点には興味があります。
価値の源泉が希少性なのかヒストリーなのか、それとも機能なのか?

この地方都市に置かれていた20世紀のF1マシンを見ていると、なぜかオーバーラップした珠光とニューウェイ。
道は違えど妥協することなく突き詰めていくスタイルは共通項。
現在もそれぞれの世界において、思想の源流として認識されている点でも。

いいなと思ったら応援しよう!