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少し不便な場所にある伝統とモダンが融合した町営ミュージアム!【坂本善三美術館:吉田桂二】熊本県小国町

美術作家の没後にご遺族によって、ゆかりの自治体に貴重な作品たちが寄贈されるケースは少なくありません。
そのまま自治体のミュージアムで〇〇コレクションとして収蔵されたり、待遇が良ければ特別室が設けられたり、あるいは専用ミュージアムが建てられたりと、作品を生かすも殺すも自治体の文化度(予算?)次第です。


かつては代官所のあった天領日田(大分県)を中心に、四方へと延びていたのが日田往還。複数ある日田往還の中でも、日田と竹田を結ぶルート上(ほぼ現在の国道442号線)にあったのが肥後の小国郷。

熊本県の最北端に位置する阿蘇郡小国おぐに町は、人口6,000人ほどの小さな町。町域は熊本・大分両県にまたがる阿蘇くじゅう国立公園の北西部。
山深い土地かと思えば意外とそうでもなく、南へとまっすぐ下れば、雄大な景色を望む大観峰だいかんぼう(外輪山のビューポイント)。目の前には人の生活する場所としては世界最大級のカルデラ、阿蘇山(1,592m)が広がります。

阿蘇五岳(内輪山)

また日田往還を竹田方面へと進めば、九州本土での最高峰を擁するくじゅう連山(久住山、九重山:1,786m)。
登山口瀬の本せのもと南側には雄大な高原が広がり、所々阿蘇の赤牛が放牧中。

このあたりでは久住連山

どちらも小国からは、車で20-30分ほどの距離です。
ちなみにくじゅう連山は九重ここのえ町と久住くじゅう町に跨っていて、漢字で書くとヨソ者には分かりにくいので注意が必要。

そんなロケーションにある小国町で、キラリと光るのがこのミュージアム。

坂本善三美術館

坂本善三美術館は作家没後にご遺族から作家の故郷・小国へと作品約70点が寄贈され、1995年に開館しています。
敷地は樹齢700年以上という夫婦杉がそびえる鉾納社ほこのみやに隣接。

「風土に溶け込んだ美術館」を目指し、本館部分は町内にあった1872年築の古民家が移築されています。加えて小国独特の置き屋根式(断熱に有利)の蔵を模した、吉田桂二設計の展示棟&収蔵棟を新築。

本館、展示棟ともに、展示室は畳敷きというユニークなスタイルが特徴。
また町民ギャラリーも併設されており、地域文化のハブに。

坂本善三美術館:熊本県阿蘇郡小国町黒渕2877

パンフ 2026年版

最近では年間スケジュールがメインになっているパンフが増えていますが、坂本善三美術館でもその流れ。
館については古いパンフの方が、ざっくりと知る事が出来ます。

パンフ 2000年頃

坂本善三とは

坂本善三さかもと ぜんぞう(1911-1987)は、熊本は小国おぐにの人。
「グレーの画家」、「東洋の寡黙」と呼ばれています(意味は分からず)。

太平洋戦争では東京のアトリエが全焼に遭い、当時の作品は全滅。
戦後には住居を熊本へと移転。県内でも何ヶ所か転居していますが、熊本市内にいた時には大水害に遭い、またもほとんどの作品を失っています。

1957年にはヨーロッパへと渡って制作・研究。そこで日本や東洋の美についての理解を深め、自身の作品も具象から抽象絵画へと進化させます。
座右の銘の1つには「見せ場を作らぬ!」。

本館の玄関は天井が高く、そのサイズ感は老舗旅館の趣き。

玄関

玄関正面で入館者を迎えるのは、巨大なハンコのような「形」(1965年)。

入って左手に受付があり、これまた旅館の趣き。

その奥にあるのが、平成に建てられた展示室。

訪問時は展示棟内の撮影は不可。
その稀有な空間は、HPでご確認を

思いのほか和風な空間が広がります。
畳敷きの展示室はお寺のようでもあり、伝統建築とモダンのいいトコ取り。

本館展示室(古民家部分)は玄関から右側へ。

移築部分はゆうに100年を超える建物。ただ手入れや管理が行き届いているからか、古さは微塵も感じさせません。
また畳敷きの廊下を見かけるのは、大名邸ぐらいです。

廊下の展示ケースには焼き物が。

坂本寧(1930-2023:元名誉館長)による解説では「染付の作業をしていた時に、偶然落ちた絵具からデザイン化」した器だそうです。
「出逢いが想像の源」らしく、何となくそんな気はするかも。
ちなみに坂本寧は、善三に師事した医師&作家(同性ですが血縁はなし)。

本館の一部には作家愛用の道具類も。

また本館の一角には、ふんわりしたショップも。

肝心の作品は、一番奥の部屋に鎮座する「作品 82」(1982年)。
タイトルからしてモダンアート。

巨大な油彩画は、この場所のために制作されたかのように床の間というより部屋と同化しています。あまりにジャストフィットな構成。
作品単体を見るのではなく、空間を感じるような美術館か?
水平と垂直で構成された空間は、和風な谷口吉生。

作品 82

本館玄関の向かい側になるのが収蔵庫。こちらも和モダン。

収蔵庫

展示棟の壁面は、一部なまこ壁仕様。
母屋との違和感もなく「風土に溶け込んだ美術館」に異論のない設計。

美術館はコンパクトな造りなので、サクサクと見て回れます。
できればもう少しバックボーンを勉強しておけばと・・・

ここで美術館は終了ですが、小国ネタは続きます。

派手さはないけれども、日本の原風景のような景色が残る小国町。
実は小国杉の産地(江戸期から植林)としても有名です。
肥後細川家の産業育成センスもまた恐るべし。

時代がようやく追いついてきた小国町

1980年代に地域振興の一環として「悠木ゆうきの里づくり」を進めた小国町。
今も町内には、その遺産が現役施設として活躍中。その中から3選。

その一の矢は、日本初の木造立体トラス構造の建物で、外観はミラーガラスというモダンな道の駅ゆうステーション(1985年:葉祥栄よう しょうえい)。

立地は1984年に廃線となった宮原みやのはる線(久大線に接続)の小国駅跡。
廃止となったのは、JRではなく国鉄時代というかなり昔の話。
ゆうステーションは、現在もバリバリの町内観光起点。

二の矢は、大型の木造体育館小国ドーム(1988年:葉祥栄)。

地元民に愛される体育館は、大型木造建築の法規制を乗り越えた意欲作。
構造材にはやはり立体トラスを採用しています。
2つの葉建築は、40年経ってなおその美しさを保っている斬新デザイン。
ちなみに葉祥栄(1940-2026)は、熊本市の太平燕たいぴーえんで知られる中華レストラン紅蘭亭創業家の人。弟の葉祥明は絵本作家。

三の矢は、宿泊型研修施設の木魂館もっこんかん(1988年:桂英明)。
置き屋根と木造ボックス梁を採用。設計者の桂英明かつら ひであき(1952- )は、くまもとアートポリスプロジェクトのアドバイザー(2026年現在)。

立体トラスとボックス梁は似て見えますが、正直違いが分かりません。
バイクのフレーム同様に剛性が高くなる事はイメージできますけど、

以上の3建築は小国杉をジョイントで継ぎ、構造材利用している点が共通。
またくまもとアートポリスプロジェクト(1988年)以前の建築でしたが、後にすべてが既存建造物として認定されています。

単純に地元材を使用しただけではなく、先進的技術も取り込んでいるのが高評価された取り組みでしょう。加えて新しい手法を受け入れる柔軟性を持った住民も、同様に評価されるべき。

現代のゼネコン企業もSDGs真っ只中にあって、木造の高層建築や木造ハイブリッド技術を展開しています。また植林事業も同時進行。
美術館の構成・デザインといい、小国で生まれた小さな町おこしといい、何やら現代ビジネスの底流には小国の歴史があるようなないような・・・


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