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ミュージアムにおけるルールの行方:静嘉堂文庫美術館の場合 東京都千代田区

時々話題になるのは、ミュージアムにおけるルール・マナー問題。
取り上げられるほとんどは美術館系のような印象ですが、本質的には博物館でも資料館でも同じ話です。HP上にもガイドラインとして「次の行為はお断りします」と明記している館も多い。
共通するのは「展示品を破損しない」や「静かに鑑賞する」という点。
他のお客さんに迷惑を掛けないというのがベースです。

いつ頃からか写真撮影OKという館が目立ち始めました。
現在では展示品を撮影して拡散を推奨する館も(他者の邪魔にならないレベルでという但し書きはありますが)。
ただ昔ながらの感覚のお客さんもそれなりにいるので、館内にOK派とNG派が混在する事がモヤモヤの根源でしょうか。
また子連れの鑑賞も話題になるネタです。子供はチョロチョロするとかうるさいといった「見学の邪魔になる」という大人視点からの問題視。
そこがハードルになって足を運びにくいう意見もあるのがさらに残念。


「各館の方針に従って見学すればいいんじゃない」が個人的意見です。
各館にはそれぞれ事情があり、一元論ではクリアできないでしょう。
思い切り振り切ったルールも今時ならアリかも。
そして各館が運営方法を試行錯誤している中で「ミュージアムはこうあるべし!」的な外野の意見は、運営者からすれば大きなお世話でしょう。
今回は人気の美術館で気がついた2つの試みを、展示品とあわせて記録。

静嘉堂文庫美術館

静嘉堂文庫は1892年に起源を持ち、美術館としての開館は1992年。
岩﨑彌之助いわさき やのすけ(1851-1908:三菱2代社長)と小彌太こやた(1879-1945:4代社長)親子の蒐集品をベースに、現在は国宝7点、重要文化財84点を含む約20万冊の古典籍と約6,500点の古美術品を収蔵。
親子は三菱創業者彌太郎やたろう(1835-1885)の弟の系譜。
美術館は2022年に岡本(世田谷区)から丸の内(千代田区)に移転し、新たにスタートしています。(以下、静嘉堂文庫美術館を静嘉堂と表記)

東京都千代田区丸の内2-1-1 明治生命館 1F

2025年の企画展ではガラガラだった経験は全くなかった静嘉堂。
具体的な数値はないかと財団のHPを見てみると、2024年度の事業収益額(4.9億円)は2021年度(1.6億円)の約3倍!(移転は2022年度:入場者数は見当たらず)。これぞ丸の内効果でしょうか。
ちなみに単純比較はできませんが、同じく財閥系で日本橋にある三井記念美術館も大きく超えています。(2024年度:1.5億円)
素人目には所蔵品や企画展のクオリティの両面で甲乙つけがたい2つのミュージアムですが、静嘉堂の伸びはスゴイ。まさかあのぬいぐるみ?

そして撮影に関しては、コレクションの頂点に位置する曜変天目茶碗を除き、ほぼすべての展示品が撮影OKなのが静嘉堂。
一方の三井記念美術館は展示室1室のみをOKにするのが最近の傾向。ただこの設定方法は巧みです。

パンフ 2025年版
小彌太&彌之助親子

お盆のど真ん中だったら空いてるかなと足を運んでみると、普段よりは少なめレベルでそれなりにお客さんの姿が。また子連れの姿も目立ちます。
実は美術館では軽いイベントが開催され、そこに特別な曜日も重なっていたのが要因のよう。

Capter1:よくわかる神仏と人物のふしぎ

タイトルに「入門」とあるように初心者にも分かりやすい配慮がされた企画展。キャプションも通常版と子供用の2パターンを用意(フリガナ付)。

静嘉堂は毎週木曜日をトークフリーデーに設定しています。展示室内での会話もOKという大人と子供の両方に対応したルール。
加えて「夏休みは親子で美術館へ」の一環で「謎解きワークシート」というプチイベントが。お盆の真ん中は、両方ともストライクな日でした。

よくわかる神仏と人物のフシギ 展 チラシ
2025年7月-9月 @静嘉堂文庫美術館

展示品からいくつか。

苦行釈迦くぎょう しゃかは高麗時代の作品。
修行をコンプリートしたお釈迦さんのお姿は、髪が伸びたご様子
でその口元は法を説いているそうです。やや異形のお釈迦さん。

インドの王子

子供用のキャプションには「インドの王子で悟りを開いた人がブッダ」と。
そのなんだか怖い顔から解説には「頑張りすぎちゃったのかな?」とも。
まあ楽勝でクリアできるようでは修行にならんよね。

次は対比するかのような釈迦如来しゃかにょらい(南宋時代)。
余裕の微笑を浮かべています。

釈迦如来像

こちらは通常仕様のお釈迦さま。頭が盛り上がっているのは知恵が詰まっている様子を、両手の説法印は弟子たちへの教育モードを表現しています。
意外にしっくりくるのは子供用の解説。

ここからは狩野派コレクションを2点。

狩野元信かのう もとのぶ作と伝わる韃靼人打毬図だったんじん だきゅうず屏風(室町期)。
元信(1476-1559)は狩野派の2代目。

韃靼人打毬図屏風

韃靼人はモンゴル高原あたりにいた遊牧民タタール族のこと。また打毬とはポロのような競技。日本人にはあまり馴染みのない中国由来の題材。
彼の地では権力者の嗜みだったのでしょうか?

実はこの屏風、ボストン美術館に所蔵されている襖絵と共に、かつては大徳寺の興臨院にあったそうです。
屏風については、江戸時代に記録された証拠資料も展示されていました。

証拠物件

竜宝山大徳寺りゅうほうざん だいとくじ堂舎宝物記どうしゃ ほうもつきの左端(赤い印)に「韃靼人狩之図かりのず」と。
自力では読めない。

時代は少し下って狩野興以かのう こうい(?-1636)の円相釈迦達磨えんそう しゃか だるま
興以は一族の人ではありませんが、元信の曾孫光信みつのぶに師事した門人で、江戸狩野を支えた人。

円相釈迦達磨図

釈迦と達磨の間には、パッと見は何もないような円相が描かれています。
円相は禅宗における悟りの境地。
右側のお釈迦さんは悟りを開けずに修行する山から下山の図。
そして左側の達磨さんは自身の教えが皇帝に伝わらずガッカリの図。
求める境地ははるか遠い所にというカンジでしょうか。かなりシワシワ。

続いて藤原鎌足ふじわら かまたり(614-669)を中心に息子定恵じょうえ(手前右:643-666)と不比等ふひと(659-720)のファミリーショット。

藤原鎌足像

作者不詳の作品ですが、桃山~江戸期の作とされクッキリしています。
鎌足は乙巳いっしの変(かつての大化の改新)の主要キャスト。
この構図は多武峯とうのみね曼荼羅と呼ばれる形式。
美術館では気がつきませんでしたが、子供用キャプションの語り部は聖徳太子(今は厩戸皇子うまやとおうじか)のようです。

最後は酒井抱一さかい ほういつ(1761-1828)の絵手鏡えてかがみから。

右側

モチーフは中国のお坊さんが暖を取るために仏像を燃やしたという逸話。
逸話の内容は禅問答のようなお話。物事の本質と屁理屈は紙一重か。

この日の展示室内に、特に違和感は感じませんでした。
子連れの方々はそれなりに周囲に配慮するよう子供に促し、会話ボリュームも日常レベル。ある意味そういうマナーを学ぶ場であってもいいのかも。
むしろワークシートで奮闘中の子供からの問いかけに対し、大人としての威厳を見せられたのかという点のほうが気になります。
また静嘉堂であれば、幼児連れの人が子供にギャン泣きされても一時退避してもらえばクリアできる(構造的に)のでは。

ちなみに展示品について聞きたい事をスタッフに質問すれば、彼らはだいたい答えてくれます。つまりは展示室内でも会話するケースはあります。
博物館であれば、待ってましたとノリノリで解説する人は多い印象。

Capter2:静嘉堂の重文・国宝・未来の国宝

続いては現在開催中の企画展(後期は12月21日まで)でのお話。
主役はタイトル通りに静嘉堂の名品たちですが、20世紀初頭の博覧会出品物と最近修復された作品が展示の軸になっています。

静嘉堂の重文・国宝・未来の国宝 展 チラシ
2025年10月-12月 @静嘉堂文庫美術館

それでは展示品からいくつか。

三益斎さんえきさいならびにじょは重要文化財で修理後初お目見えの作品。
三益斎図は周文しゅうぶん筆と伝わり、序(1418年)は玉畹梵芳ぎょくえん ぼんぽう。共に室町期の人。
伝周文はよく見かけますが、室町期以前は資料が少ないのかそういう作家が多い印象。伝狩野正信や伝元信とか。

三益斎図

絵図には8名の禅僧による賛が。全く分からないのは自身の修行不足。

もちろん序も分かりません。

未来の国宝とされたのは謝時臣しゃ じ しん四傑四景図(重要美術品)。

四傑四景図

呂蒙正りょもうせい韓信かんしん朱買臣しゅばいしん蘇秦そしん と古代中国英傑4名の苦難の時代が描かれています。それぞれ4字のタイトル付。
こちらも歴史的背景の知識がないとまったく分かりません。
中国の紀元前の人と言われても・・・

続いて修理後の初お目見え作品。
李士達りしたつ驟雨行客しゅうう こうきゃく(1619年)。

驟雨行客図

これで修復されたのか?というほど分かりづらいダークな作品。
パネル展示には細かな解説も含め、修復ビフォアー・アフターの画像が。
大切にされていたが故に裏側にも豪華な素材が用いられ、結果として絵そのものにダメージが及んでいたという逸品です。適切な処置は難しい。

また貴重な中国画だったので模写も多く伝わっているそうです。
静嘉堂には高久靄厓たかく あいがい枚田水石ひらた すいせきの模本が収蔵され、並べて展示(参考図版には村松以弘むらまつ いこう)。

修復前

修復前の素材も有効利用され、絵の前にちょこんと。

今回の展示で充実していたのは修復関係のパネル。
三益斎図はシワシワの絵が見事シャキッと復活しています。
静嘉堂ではこういった修復過程もオープンにされていて、美術品鑑賞だけではない楽しさがあります。
歴史を検証する人にも修復するスゴ技の職人さんにも光が当たります。

こちらは1910年の日英博覧会に出品された能のテキスト用タンス、
秋草蒔絵あきくさまきえ謡本箪笥うたいぼん たんす

本阿弥光悦ほんあみ こうえつ作として出品されたとキャプションにはありますが、ここでは作者名は空欄(重要美術品)。
岩崎家のタンスにはどんな謡本が?
と興味ありますが、展示は器のみ。

参考に慶長期の光悦謡本(圓福寺蔵)を。

(参考)光悦謡本 @KeMCo

いわゆる嵯峨本さがぼんで、角倉素庵すみのくら そあん刊。
こちらも光悦の関与は確認できないそうですが、なぜかの光悦謡本。
箪笥とセットにすれば映えるであろう一式。

第4展示室には国宝の曜変天目茶碗。ただし館内唯一の撮影不可。

写真はありませんが、曜変天目そして静嘉堂について深堀りしたい方には「目の眼」を。書店ではあまり見かけない古美術系の月刊誌です。

そして4室には今回のお目当てとなる、渡辺崋山。

渡辺崋山わたなべ かざん游魚図ゆうぎょず(1840年)は重要文化財。未来の国宝か。

崋山(1793-1841)は三河・田原藩の家老を本職とする文人画家。
そして国宝鷹見泉石たかみ せんせき(トーハク蔵)の作者。
蛮社の獄で蟄居となり、後に自刃しています。
今回は岩崎コレクションから重要文化財をふくめ数点が展示。

興味深かったのはコレクションオーナーとの共演。
崋山の月下鳴機げっかめいき(重要美術品:1841年頃)と岩崎小彌太による模本。
崋山作は修理後初公開。

月下鳴機図(小彌太&崋山)

書画を嗜んだ小彌太、号は竹圃ちくほ。模本は松方正義まつかた まさよしの証明書(書幅)付です。
キャプションでは小彌太と松方正義の関係にもフォーカス。

ホワイエにはやや毛並みの異なる作品が。
三菱2号館と現在の明治生命館に丸の内の人々を合成したのは糸崎公朗いとさき きみお(1965- )。

タイムスリップ復元フォトモ

興味深いのは、丸の内の人々は生成AIによって「誰でもない誰か」に変換されている点。これなら肖像権や著作権をクリアできるのか?
話題の生成AIには、いまだ不明のグレーゾーンが。
館内ではこの作品にだけ感じる異物感。

マナーにとどまるのかルール化されるのか

今回の展示を見ていると、非常に気になる注意書きが。
静嘉堂ではおそらく初見。

「解説パネルやキャプションの写真をそのままSNS上にアップすると著作権を侵害するケースがあります」

文章を正確に記憶していませんが、確かそういう内容の警告文。

まず静嘉堂の解説パネルは非常に良くできていて分かり易い。
興味がある内容であれば間違いなく撮影しています(シンプルに覚えきれないので)。ただweb上にアップするかは別の問題。

現時点での静嘉堂は「撮影OKですがSNS掲載はNG」という時々他館でも見かけるスタンスを宣言しました。「文章に限っては」と理解していますが。

また似たような内容の注意書きを見たのは松岡美術館(東京都港区)。
「書道の心得のある学芸員が筆書きしたものです」
とかつて使われていたという味のあるキャプションが置かれていて、
「著作権の関係でキャプションは撮影不可」
とわざわざ注意書きが添えられていました。こちらは撮影自体が不可。

キャプションは内容による気はしますが、解説パネルは著作権的にアウトなのでしょう。多くの写真も含まれています。
博物館系でも、解説や年表だけがなぜか撮影禁止のケースを見かけます。

静嘉堂で注意書きが表示されたのは、相応の何かがあったからでしょう。
と思っていたら「未来の国宝」後期展示では撮影制限エリアが拡大。

美術館の間口を広げる試みと注意書きが気になった静嘉堂文庫美術館。
この先どう展開するのか気になります。
これもミュージアムの在り方(お客さんも)の過渡期ゆえかもしれません。

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