東北出羽の国のフォトグラファー【土門拳記念館:谷口吉生4】山形県酒田市
どういうワケなのかは分かりませんが、日本海側の北(東北)と西(山陰)には素晴らしい景色に囲まれた写真系ミュージアムがあります。どちらも地域で信仰される名峰を仰ぎ、また器となる建物は洗練された現代建築。
立地は写真家の出身地と関係していますが、写真家の原風景としては太平洋より日本海なのでしょうか。
今回は西の方(植田正治写真美術館)に続く、北の方のミュージアム。
山形県は大きく村山(中央部)、最上(北部)、置賜(南部)、庄内(北西部)と4つに区分されます。その中でも庄内、置賜地方は足を運ぶ機会が多いエリア。(山形市にも最上氏という室町時代の出羽管領から戦国大名化した魅力的なコンテンツはありますが・・・)。
酒田市は日本海に面した庄内地方にあって、人口は94,000人(山形県で3番目)。江戸時代は徳川四天王の一角・酒井家の所領で、政治の中心は鶴岡、商業は酒田と役割を分担。周辺には広大な田畑が広がります。
酒田は源頼朝に滅ぼされた奥州藤原氏の家臣たちが移り住み、港を構築したのが町のはじまりとされています。のちに北前船によって繁栄。
その繁栄を支えた町衆による自治組織こそが、この町の歴史の核心(関西の堺と同様で、自主独立意識が強い)。
市内には町衆メンバーだった廻船問屋の鐙屋や豪商の本間家ゆかりの歴史ある建物が今も残っています。
また庄内は日本有数のお米の産地の1つ。地域ブランドのつや姫は高温での生育にも強いらしく、現在ではそのブランドが九州にまで波及しています。
そのおいしさは、ほぼつや姫の一択(あくまで個人的な好み)。

酒田市・眺海の森あたりからの眺望。右手へと流れる最上川、その向こうに酒田市中心部。左手の山のふもとが鶴岡市。THE 庄内平野。

庄内平野から望む山形県の最高峰鳥海山(2236m:出羽富士)。信仰の対象でもあり、船乗りには大事な目印。
そして酒田が生んだ写真家のミュージアムへ。

土門拳記念館:2023年

土門拳記念館は最上川の左岸、飯森山公園にある1983年に開館した日本最初の写真専門美術館。また個人の写真記念館としては世界唯一(当時)。

設立にあたり土門拳さんから寄贈された全作品約70,000点(現在は135,000点)を収蔵。1998年には収蔵庫を増築しています。設計は谷口吉生。
隣接する池は白鳥池(拳湖)と名付けられた人造池(湖)。
山形県酒田市飯森山2-13



記念館は4月から11月までは無休のはずでしたが、奇跡的に展示替え(3日間ぐらい)に遭遇してしまった2023年。広大な駐車場には「休館」のカンバンが踊っていました(事前に分かっていればルート調整できましたが)。
ただ公園内は自由に散歩できるので、人が少ないのも悪くはないなと頭を切り替えます。建物の見学できるエリアをブラブラしつつ、人造とは思えない池をぐるっと1周。


植栽もですが、普段は水が流れている中庭が枯れています。
展示替えのスタッフ(たぶん)がウロウロしているのがチラッと見えて、少しイラッと。彼らに過失はまったくありませんが。




散歩している人もほとんど見かけず、静寂に支配された公園。


土門拳という人
土門拳(1909-1990)は写真家で、庄内酒田の人。酒田市名誉市民第1号(1974年)。
名誉市民に選ばれたのを契機に記念館設立の話が進んだそうです。
ただし開館時(1983年)の拳さんは意識不明の入院生活中だったそうで、1990年にそのまま亡くなられています。
写真はモノを客観視するのには最適な手法だと思います。百聞は一見に如かず、そして静止しているコトに意味があるような。
もちろん撮影者の主観(切り取り方)に大きく左右されますが。
拳さんは「写真は肉眼を超える」と。
「写真家は、機械のうしろに、小さく小さくなっている。写真家が小さくなって、ついにゼロになってしまった時、すばらしい写真が撮れているようだ。」と語っています。また「ねらった通りにピッタリ撮れた写真は、一番つまらない。」とも(古いパンフより)。
禅問答のようですが、写す人の欲が前面に出てしまうとよろしくないという理解でしょうか。
谷口吉生という人
ミュージアムの設計者谷口吉生(1937-2024)は、予備知識なしでもそのファサードや空間設計を見れば谷口建築だろうなと感じさせる稀有な建築家。そして水盤の人。
洗練されたデザインの根底には、伝統的日本建築や奇麗さびの思想が流れているように思えます。安心感と緊張感の共存のような。
残念なことに、吉生さんは2024年12月16日に逝去されています。
ちなみに東京都内での吉生さんの作品には、東京国立博物館の法隆寺宝物館(東京都台東区)や、葛西臨海公園内(東京都江戸川区)の水族園&クリスタルビューがあります。


土門拳記念館は吉生さん初期の作品。地方各地にも点在している谷口建築ですが、土門拳記念館はそのデザインと景色(ロケーションというか空間スケール)との調和度合がバツグン。
展示室は写真の展示・保存のために室温・湿度が管理され、自然光が入らないように窓はありません。また展示室の一部は土中に埋められています(室内からは分かりませんが)。
また土門拳と親しかった人々を記憶する事を意図して、吉生さん自身が彼らにいろいろと依頼したそうです。以下その残された記憶たちを
銘板&チケット:亀倉雄策(1915-1997)グラフィックデザイナー

入口のトビラと同じ素材ですが、こちらは今もピカピカ。

中庭&「土門さん」:イサム・ノグチ(1904-1988)彫刻家、作庭家


庭園「流れ」:勅使河原宏(1927-2001)華道家(3代草月流家元)、映画監督。父は勅使河原蒼風(初代家元)。


2009年の企画展に出品され、そのまま寄贈
銘石・拳湖:草野心平(1903-1988)詩人


再びの記念館:2024年

そして何だかんだで戻ってきました1年後。

なにやら1年前は目にしなかった集団が・・・


何かを期待してすり寄ってきましたが、何も得られないことを悟ると・・・
家の近所で見られる鴨は警戒心が強く、常に絶妙の距離を保ちますけど。

トビラは経年変化で味わい深く。
今回はいらっしゃいませの札も。


マチエール(matiere)は、拳さんが頻繁に使った言葉の1つ(フランス語)で、西洋絵画における絵の具の質感のコトらしい。
拳さんいわく「マチエールの問題こそ近代油絵の重要な課題であると同時に、油絵とは全く違った意味で近代写真の重要な課題だと思う」
また「マチエールをつかむということは、写真的肉体を形成するということなんだ」らしい。
申し訳ありませんがまったく分かりません。






拳さんの代名詞(たぶん)の仏像をはじめ、京都・奈良から松江、広島、福岡と各地の風景やモノが並びます。印象的だったのは室生寺の十二神将のアップ写真。その玉眼はネコか鷲の目玉のようで妙にリアル。
また多くの著名人コーナーもあり、その中でも
高村光太郎、朝倉文夫、小林古径、藤田嗣治、棟方志功、浜田庄司
といったアーティスト系肖像写真が目を引きました。ほかには湯川秀樹、鈴木大拙らの学者系も。動いている姿を見た事がない人がほとんど。
若かりし頃の森光子が、リアル(テレビですが)では記憶の1人。
作品のみの接写は不可だったので、詳しい資料としては残せず。
作品集や図録を手に入れなさいということでしょう。

拳さんの愛機。いたってフツーのカメラに見えますが、プロ用のスゴイやつで、限定で復刻生産もされているようです。たぶん素人が足を踏み入れない方がよさそうな世界の逸品。個人的にはデジタルそれもスマホで充分です。



記念室からは鳥海山が見えると思いきや・・・

景色を眺めるのなら、こちら側ではないような気が・・・

ビューポイントにはイスが配置されていて分かりやすい。


水は流れていますが、ややよどみ気味(残念なカンジ)。植栽は復活?


池に近づくと懲りずに寄ってきます。スタッフのお話では餌付けしてる人(アンオフィシャル)がいるそうです(やや迷惑そうに)。
実は2023年の写真にもサギが写っていますが、こういう公園なので絵的には水鳥は映えます。ただしフン害や鳥インフル等の問題もあって複雑なのが今時のご時世。

泳いでいるヤツらもスイーッと。

お金があっても得られない色々なコトやモノが積み重なって出来上がった空間と風景。都市部では成立できないであろう贅沢なミュージアム。

