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はじまりはコレクターそして進化もコレクター【大阪市立東洋陶磁美術館:日建設計】大阪府大阪市

個性的な私設ミュージアムが集積する京阪神エリア。
個人コレクターによる膨大かつ厳選された蒐集物は、彼らの財力と美意識によって具現化されたモノ。
ミニマリストとは分かり合えない価値観と思われますが、歴史・文化の伝承者としての役割は、長いスパンまた多様な面での不可欠な存在です。
一方、予算が潤沢とは限らない公立ミュージアム。
ムダ、ムリ、ムラを減らす事を否定しませんが、かつては入館者数の少ない文化施設をふるいに掛けていた記憶のある大阪市(今もか?)。
その大阪市中心部に、それほど予算面では悩んでいなさそうな(個人的イメージ)美術館が今回の記録。


美術館のある大阪市北区の人口は150,000人(大阪市は2,815,000人)。
その南端にある中之島一帯は、多くの橋と一方通行によってヨソ者が移動するには少し苦労するエリア。
2025年は大阪関西万博の年でした。ホテル代の高騰やらネガティブな条件を避けて関西には近寄らないようにしていましたが、万博終了後の12月にスケジュールの隙間を利用して大阪へ。滞在3時間ほどの電撃戦。

なにわ橋

大阪市立東洋陶磁美術館:MOCO

大阪市立東洋陶磁美術館は1982年の開館で、東洋の陶磁器に特化したミュージアム。2024年にはエントランス&カフェが別棟でリニューアル。
建物の設計はオリジナルもリニューアル部分も日建設計が担当。
リニューアル部分はコレクションにも名を連ねる李秉昌(リ・ビョンチャン)の寄付によるもの。

所蔵品は住友グループ21社から大阪市へと寄贈された安宅コレクション(約1,000点の中国陶磁と韓国陶磁)をベースに約5,800点。
HPでも紹介されていますが、個性豊かな14ものコレクションによって構成されています。なかでも国宝2件、重要文化財14件が含まれるそのクオリティの高さは市立ミュージアムの中ではトップクラス。
大陸、半島そして島国・日本の名品がこれでもかと並びます。

立地は堂島川と土佐堀川にはさまれた中之島の東側。
江戸期には諸藩の蔵屋敷が立ち並んでいたエリア。
美術館の西側には大阪市中央公会堂(1918年:重要文化財)と大阪府立中之島図書館(1904年:重要文化財)の大阪を代表する歴史的建造物。

大阪市中央公会堂

中央公会堂は原案設計が岡田信一郎おかだ しんいちろう、実施設計は辰野金吾たつの きんご片岡安かたおか やすしという日本近代建築の大御所の手による作品。

美術館東側には2020年開館のこども本の森 中之島(安藤忠雄設計)。

こども本の森 中之島

ちなみに東洋陶磁美術館は、2026年8月から改修のため再び休館の予定。
リニューアルオープンは大阪万博にあわせての突貫スケジュールだったか?

大阪府大阪市北区中之島1-1-26

パンフ 2025年版

美術館の新たな愛称は、なんだかカワイイ系のMOCO。
シンプルにThe Museum of Oriental Ceramics,Osakaから。
古いチラシを見ると、かつてはMOC OSAKAと表記されていました。
京都市美術館に対抗して、大セラだったらフザケすぎか。

カフェ

新エントランス&カフェはスタイリッシュなガラス張り。
そして旧館部分とはファサードに違和感はまったく感じられません。
レンガにガラスの構造物を加えるのは、東京の国際子ども図書館(安藤忠雄改修)と同じ手法。

以前の美術館前には、なにわ橋への車用道路も通っていましたが、現在は歩行者エリアへと変貌。創り出されたスペースはイベント会場兼用。

参考にかつてのエントランスを古い写真から。

(参考)2017年

写真は平成ですが、ソフトクリームの立体看板が昭和の空気感を伝えます。

(参考)2017年

消滅した道路には、地下鉄なにわ橋駅に隣接した地下バイク駐車場への誘導路がありました。ゆったりスペースであまり混雑しない穴場でしたが。

閉鎖されたかと思いきや、ビミョーなカンジの専用路が新設され今も健在。

駐輪場&バイク駐車場専用路

それでは美術館へ。以前は屋外だった入り口部分。
右へ曲がれば受付でしたが、リニューアル後は左側へ。

受付にも違和感なし

受付カウンターの背後には、アールを描いた2階への階段。
ソフトクリームの雰囲気は薄くなったカフェは別棟に。

カフェ

展示室への動線は2階に。お出迎えには、ネコのようなトラ。

かつてはこの階段を上がってきたような(たぶん)。

入口そばの吹き抜けは変わらず、現代作品の展示スペース。
よく分からない系の作品が並んでいます。

2025年

参考に過去の吹き抜けを。
2階まで伸びているのは、エイリアンの繭的な何か。
2020年時の「天目」展での現代作品ですが、陶磁器ではないけどアリ?

(参考)2020年時

ちなみにかつての特別展あいさつ文には、この美術館最初の衝撃ポイント。

(参考)2020年時

そこに記されていたのは「館長 出川哲朗」。現在は名誉館長のようです。

そして今回の特別展。と言いつつ、実は所蔵品による特集展示です。
ただコレクション展示で入館料¥1,600は、パンチ効きすぎ。

MOCOコレクション オムニバス チラシ
2025年12月ー2026年3月 @MOCO

順路の矢印はありますが、1階から3階まで縛られる事なく自由に見学。

コレクション:唐物編

いきなりの国宝(安宅コレクション)。
油滴天目ゆてき てんもくは文字通り小さな油のしずくのような斑文が、茶碗の内側と外側にあらわれた茶碗。中国福建省の建窯産。
天目茶碗は東山御物(室町将軍家コレクション)でも珍重され、その特徴は黒釉。君台観左右帳記くんだいかんそうちょうき(室町期のアートランキング帳)では曜変ようへん天目が茶碗部門の最上位とされ、油滴天目はNo.2。

油滴天目

そのオーナーは将軍足利義政あしかが よしまさから武家関白豊臣秀次とよとみ ひでつぐを経て、さらに西本願寺から三井家、若狭酒井わかさ さかいへと伝来。
そして戦後の10大総合商社の1つ安宅産業の手に渡ります。
安宅英一は酒井家当主との直接交渉の末に入手したそうです。

全身に油滴がびっしりです。
比較参考に尾張徳川家の油滴天目を。

(参考)油滴天目 @徳川美術館

尾張徳川家では曜変天目と呼ばれています。
素人目にも曜変よりは油滴でしょう。徳川家康の形見分けとして尾張家へ。
ライティングのせいもありますが、MOCO所蔵品は光彩が華やか。

MOCOでは白磁と青磁の波状攻撃がハンパなく、キャプションも丁寧。
その物量の前に脳みそはパンク気味。

天目茶碗の別種を2点。

木葉天目

こちらは白檮盧はくとうろコレクションの木葉天目。

木葉天目 白檮盧コレクション

紛らわしい事に、別の場所にも木葉天目がもう1点。
こちらは安宅コレクション。

木葉天目 安宅コレクション

安宅コレは前田家伝来の茶碗(重要文化財)。葉っぱがやや小ぶり。
白檮盧コレクションは単独展示でしたが、安宅コレクションはオールスター展示の中の1碗。

続いて黄釉おうゆうわん(白檮盧コレクション)

黄釉 碗

ポップでモダンなお椀ですが清時代(1723-1735年)のモノ。
内側は白色、外側に使われた黄色は皇后に次ぐ皇貴妃(側室トップ)のみ使用可能だったカラー。キャプションにはレモン・イエローと解説。

レモンイエロー

館内の展示はゆったりして贅沢な空間構成です。
移動に上下の動きが入ると、ふとした瞬間に思いがけない視点が。

コレクション:国産編

舶来品から国産品へ
まずは基本の黒楽茶碗。正直正確に見分けられる自信のないカテゴリー。
このコーナーは松惠しょうけいコレクションから。

道入 埋火

千利休せん りきゅうの美意識を具現化した茶碗職人が楽吉左衛門らく きちざえもん
道入どうにゅう(1599-1656)はその3代目。
埋火うずめびは枯れたというよりグロスな黒楽。

テカテカ

赤楽茶碗ももちろん。

赤楽茶碗 かがり火

赤楽茶碗 かがり火は9代目了入りょうにゅう(1756-1834)の作。
一部黒く変色した赤楽を煙と炎に見立て、表千家13代宗左そうさが命名。

半ツヤ

豪快な雰囲気は薩摩焼の肩衝茶入。
島津義弘しまづ よしひろ(1535-1619)が、豊臣秀吉による唐入りで朝鮮から連れ帰った陶工に作らせたのが薩摩焼。

肩衝茶入 薩摩焼

そして義弘からその評価をお願いされていたのはへうげもの古田織部ふるた おりべ

リニューアル後のアイコンが飛び出したのはこの壺から。
もちろんの安宅コレクション。

青花 虎鵲文 壺

青花せいか 虎鵲文とらかささぎもんは朝鮮時代のモノ。
館内のアチコチに見られるネコのような虎はmocoちゃん(ヒネリなし)。
モチーフはキョーハクのトラりんとカブりますが、なぜにツートーン?

鴨型土器

安宅コレクション

東洋陶磁美術館の中核を成すのが安宅コレクション。
中国、韓国陶磁器を中心とした珠玉の品々は、国宝2点と重要文化財12点。
中国陶磁は質の高さ、韓国陶磁は俯瞰・網羅的な構成が評価されています。

コレクター安宅英一あたか えいいち(1901-1994)は、総合商社安宅産業の元会長。
美術コレクターだけでなく音楽系のパトロンとしても著名な人。
父の安宅弥吉やきちは安宅産業の創業者で、同郷だった鈴木大拙すずき だいせつを支援した人。
美術や学問には富裕層のバックアップが不可欠。ここは官より民か。

太平洋戦争後に急成長した安宅産業の経済力を背景に、英一は独自の美意識によって厳選された陶磁器や絵画を蒐集。
しかしオイルショックの影響で会社経営が一気に傾き、コレクションは英一の手を離れる事に。当時の文化庁はメインバンクだった住友銀行にコレクションが散逸しないよう要請したそうです。

結果、炎舞をはじめとする速水御舟の作品106点は、一括で山種美術館へ。
陶磁器コレクションは、取りまとめた住友グループから大阪市への寄付によって美術館設立に至りました。

先述の油滴天目と双璧をなす国宝が飛青磁とびせいじ 花生はないけ
鴻池伝来の逸品は、安宅コレクションに迎えられた最初の国宝。

飛青磁

中国では酒器、日本では花器として使われたというのが興味深い。
また入手に至る担当者の奮闘記は、後述の図録に収録。

青磁 鳳凰耳花生ほうおうみみはないけ(重要文化財)は丹波青山家伝来。

鳳凰耳花生

万声ばんせい(和泉市久保惣記念美術館蔵:国宝)や近衛家伝来の千声せんせい(陽明文庫:重要文化財)とならび評価の高い砧青磁花生。
3点全ての花生が関西で所蔵されているのも何かの縁でしょうか。

花生が債権の担保になったという情報から、信託銀行との交渉を経て入手。
このあたりの情報収集能力は商社ならではだそうです。
良いモノの情報は、簡単には一般人の耳には入らないという事。
儲かる話はだいたい・・・

個人的に最も興味を引かれたのは、青磁 長頸瓶ちょうけいへいかすがい

鴻池家伝来で、川端康成の旧蔵品。
特徴は「かすがい」という雑な仕事による修復。
トーハクには鎹で修復した青磁茶碗(重要文化財)がありますが、あちらは足利将軍家の伝来品。鎹をイナゴに見立てています。
陶磁器をホッチキスで留めるという感覚が理解不能。
意外にも当時の中国では一般的だったらしい・・・

分からん

ここからはモノではなくコトのエピソードを持つ品々を。

青磁 八角瓶はっかくびん

八角瓶

日本到着時に税関の蛍光灯の下では沈んで見えた色彩が、自然光の入る室内では生気を帯びたというエピソードを持つ逸品。
それがMOCOでの自然採光展示室のヒントに。
その手法は世界初で世界唯一らしい。

青磁 水仙盆すいせんぼん

水仙盆

実害はなかったものの、空輸された時の梱包状態が悪かった水仙盆。
以降の重要な輸入品は、社員が直接持ち帰るルールに。
社員にとっては胃が痛くなる仕事のはじまり。

白磁刻花はくじこっか 蓮花文れんかもんせん(重要文化財)

執念でゲット

この白磁は、コレクションのほぼすべてをトーハクへ寄贈した広田不孤斎ひろた ふっこさい(松繁)が秘蔵した三種の神器の1つ。
この陶磁器の入手に情熱を燃やした安宅英一に対して、不孤斎は手紙で譲れない旨をきっちり伝えます。
その手紙を英一は表装して床の間に飾るという猛アピールの末にゲット。

青磁彫刻 童女形水滴どうじょがた すいてき童子形どうしがた水滴は高麗時代の作品。

童女形水&童子形水滴

使った事はありませんが、水滴は墨を磨るときに水を入れておく容器。
童女形は重要美術品、水瓶から水が出てくる仕組み。

グルリと

童子形の注ぎ口は鴨の口から。甲乙つけがたい可愛さとデザインセンス。

展示台は360度回転し、展示品を全方位から見学できます。
免震台も組み込まれた世界初の回転台だそうです。

安宅コレクションについて詳しいのがコチラの図録。
当時は特別展としてMOCOから三井記念美術館、福岡市美術館、金沢21世紀美術館と日本各地を巡回しています。

「安宅英一の眼」図録
発行:2007年 読売新聞大阪本社 271ページ
編集:大阪市立東洋陶磁美術館

安宅英一によるエッセイ。そして安宅産業での会長担当者による論考&インタビュー記事。加えて各作品の解説には、会長担当者による当時のエピソード付と盛り沢山の内容。
ちなみのその担当者伊藤郁太郎は、MOCOの初代館長に就任した人。
昭和のサラリーマン戦士が公立文化施設トップへと転身。ドラマティック。
もちろん出口哲朗館長の論考も掲載されています。

青磁に特化した資料には
監修:東洋陶磁美術館、出版:求龍堂の「CELADON」(136ページ)。

こちらはリニューアル後の企画展図録。

安宅英一のMOCO来館はわずかに2回。
また本人は茶の湯には興味を示さなかったそうです。
数寄者ではなく、まさにコレクター。
道具として作られた器を実際に使わないという点には、モヤモヤするものが残りますけど。

カマキリの卵的な何かとカタツムリ

かつてのエイリアンの繭は、のたうち回りながら伸長した作品でした。
ちょうどかつての受付カウンターの前。

(参考)2020年

現在はこの場所から消滅している受付カウンター。
よく分からない系作品の展示は相変わらずですが、マリオ・ベリーニのCABチェアがズラリと。トーハク法隆寺館より豪華。

安宅英一が目指したコレクションは美術館化も視野に入れていたそうです。
しかし状況の変化により、コレクションはその手を離れてしまいます。
ただ彼は自身の手を離れる事には執着はなく、新たなオーナーの元でコレクションが維持される事を望んだそうです。

一部は分離されましたが器のコレクションは理解あるパトロンにより大阪市に残され、新たなコレクターによる寄贈によって進化するラインナップ。
こういうミュージアムの存在は、地域の文化度の高さゆえでしょう。

大阪市内にある財閥系美術館の記録もどうぞ

所蔵される天目茶碗の頂点が白眉です。茶の湯系の古美術品が充実。

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