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太平の世の武家スタンダード:片桐石州の茶 前編【隈研吾5:根津美術館2】東京都港区

定番の燕子花はもうそろそろかと思い始めた頃に、魅力的な特別展の情報を目にします。「片桐石州の茶」というタイトルは、特別展ではあまり記憶がなく、スーッと引き寄せられました。
ところが片桐石州という人のイメージはボンヤリしていて、これといった石州像が頭に浮かばないコトにも気がつきます。何故か?
それを知るための機会かもしれず、意外と会期が短いのでサクッと訪問。
その結果には衝撃の事実が・・・的な話はありませんでしたが、帰って図録を読んでみるとたどり着いた結論は・・・


青山というお洒落スポットにはあまり足を運ぶコトはありません。例外がホンダ本社(もうすぐ一時閉館)と根津美術館か。
トーハクや皇居(三の丸尚蔵館)あたりは、インバウンドと思われる方々に占拠されつつある今日この頃。根津美術館はどうなのかなと気になります。
意外に外国の方々がいて、彼らにも認知度が高いコトを実感。

例によって展示室は揺るぎない撮影禁止エリア(庭園やホールエリアは可)、「撮影禁止」の案内を持ったスタッフがウロウロしている姿からも外国人客の多さがうかがえます(スマホで情報を検索する人もいるので監視係もタイヘン)。

いろんな意味で定番

根津美術館

初代根津嘉一郎ねづ かいちろう(1860-1940)は山梨県出身で鉄道王と呼ばれた人。根津美術館は初代の蒐集した美術品を展示するための施設として、2代目根津嘉一郎(1913-2002)が1941年に開館。
建物は太平洋戦争で罹災しますが、1954年に今井兼次と内藤多仲(タワーの人:東京タワー、通天閣、名古屋テレビ塔、別府タワーを手掛ける)設計による本館が再建。
2009年には隈研吾設計による本館が完成しリニューアルオープン、現在のカタチに(現館長さんは直系の方ですが、3代目は名乗られていません)。
国宝7件、重要文化財92件を含むおよそ7600件(2024年時点)を数える美術品を所蔵。

東京都港区南青山6-5-1


パンフ 2025年版
館内や庭園には石像多し

中2Fフロアに佇む嘉一郎さん。
逆光でよく判別できませんが、嘉一郎さんの郷里に建っていた銅像と同じ(たぶん)。

@万力公園(山梨県山梨市)


隈研吾という人

建物の設計は最近何かと話題の隈研吾くま けんご(1954- )。ルーバーの人。
建築界の大御所的な立ち位置の1人で、ミュージアム系や商業施設等々多くの作品がメディアでも取り上げられています。SNS映えする外観や内装がポイントですが、人気の裏には妬みも。

3館の隈建築を比較

根津美術館(2009年)

リニューアル以来雰囲気は変わりません。

那珂川町馬頭広重美術館(2000年:栃木県那珂川町)

木材劣化が建築家の瑕疵では?と指摘された建物。
ただし木材部分は構造材ではなくいわゆる化粧板(故にややチープな印象)。メンテナンスの履歴(自治体の対応)が気になります。
館内の案内には、外観や内装に地元の杉材を多用し、竪格子は不燃・防腐処理を施したと(建築家本人もメディア取材に対して、当時の保護処理は予想より性能が低かったと分析)。

竹田市歴史文化館(2020年:大分県竹田市)

大分県は竹細工が有名な地域。ただ根津美術館よりチープ感は否めません。

注目すべきは作品単体ではなく隈研吾建築の多さ。それを支えるのはHPによると400名ほどの事務所スタッフ(すべて建築士か不明:2025年時)。
建築家の起こした問題?を取り上げるよりは、事務所のスタッフ育成方法やマネージメント能力、またクライアントへのプレゼンテーション能力にフォーカスする方が、記事としては面白そうな気がします。

個人的に隈建築に思い入れがある訳ではありません。カッコいいなと思える建築もあれば、木材の無駄遣いが気になる(ネガティブな意味で)商業建築もあります(そもそも化粧板的な要素には否定的)。
ローコストで人を集めるコトがクライアントの目的であれば、それはそれでよろしいのではと考えます。

目を引くものの大量にデザインされた類似品が、時代を越えた評価が得られるのかという点(生き残れるかという点も)は興味が尽きないポイント。
ただし希少なモノほど価値が高まるのは道理。
現時点でそれらを見極められる人になりたいけど。

話を建築から石州に戻します。

特別展 片桐石州の茶

片桐石州の茶 チラシ
2025/2/22-3/30 @根津美術館

展示品は根津美術館蔵を中心に他館からも多くが集合。
慈光院(奈良県)、湯木美術館(大阪府)、野村美術館(京都府)と関西からの品々が目立ちました。
撮影不可でしたが、トーハクからの出張品で唯一写真を持っていた茶入。

文琳茶入 宇治 @トーハク(松浦鎮信→松永耳庵)

トーハクでのキャプションには「石州ら著名な茶人好みの牙蓋や袋がそなわり」とありましたが、石州所持の茶入とは説明なし。
根津美術館では複数の牙蓋や仕覆が添えられての展示で、石州から茶入を所望した松浦鎮信まつら ちんしんへと渡り、明治期に松永耳庵へと伝来したとの説明が。

最近は保管箱を含む茶入一式コンプリートでの展示を見かけますが、今回のように伝来の履歴と併せてヒジョーに親切な説明がありがたい(トーハクにももう少し頑張ってほしい)。

(参考) 石州作 稲羽州サマ @トーハク(松平不味→松永耳庵)

また石州が削った茶杓が数多く展示されていました(残念ながら展示作品の写真は見つからず)。
参考として手持ちの写真から茶杓を2本。共にいたってシンプルなデザインです。展示品にも同じテイストの茶杓が並んでいましたが、唯一五月雨さみだれ(野村美術館所蔵)は、櫂先が少し尖ったデザインが特徴的でした。

(参考) 石州作 友つる @静嘉堂美術館(東京都千代田区)

花入ではチラシにもデザインされていた竹尺八花入(湯木美術館蔵)が印象的。全長がやや短めで(太いのか?)、下部が鉈でカットされた武家らしいワイルドな逸品(チラシの写真は途切れているワケではない)。

また展示で気になったのは大徳寺芳春院の所蔵品。
芳春院といえば大徳寺の塔頭で、加賀100万石の祖前田利家(1539-1599)の正室(まつ)の菩提寺。
調べてみると石州はこの塔頭に参禅し、玉舟宗璠ぎょくしゅう そうばんとは同門つながり。宗璠は片桐家の菩提寺・慈光院を奈良に開山した僧。

(参考)玉舟宗璠墨跡 @トーハク

会場では慈光院の二畳台目茶室(重要文化財)にも触れられていて、玉舟宗璠の書が展示されていました。
参考にトーハクでの写真を捜索すると出てきた墨跡を。

そして石州の評価を高めた4代将軍徳川家綱いえつなへの献茶時に掛けられた墨跡「帰雲」(重要文化財:MOA美術館蔵)も展示されていました。
石州が柳営御物(将軍家コレクション)からのチョイスが許された逸品は、南宋の高僧無準師範ぶじゅん しばん(1178-1249)の書。

(参考) とう@トーハク

こちらは無準師範が弟子の円爾えんにに贈った書で、トーハクの2025年お正月での展示品。書体は展示作品「帰雲」(チラシ裏面に掲載)と同じです。
トーハクの所蔵品はあちこちにリンクします。恐るべしトーハク。

展示の後半には石州流を伝承した大名が並んでいました。
その中から2人ほどピックアップ。
1人目は茶入を所望した人。

(参考)松浦鎮信像 @オランダ商館(長崎県平戸市)

松浦鎮信まつら ちんしん重信しげのぶ天祥てんしょう:1622-1703)は、平戸松浦家29代当主で平戸藩主(現在の長崎の一部)。
光源氏(源氏物語)のモデルと言われる源融みなもと とおるの末裔で、茶の湯は石州流から鎮信流へと進化させています。

2人目は時代は下りますが、知名度は石州にも劣らない人。

(参考)松平不味像 @月照寺(島根県松江市)

松平不味ふまい治郷はるさと:1751-1818)は松江藩主で徳川家康の血脈。彼もまた石州流から不味流(雲州流)へと進化させています。
松江にお茶文化を根付かせた人。


片桐石州の茶 図録
発行:2025年 104ページ
根津美術館

展示品の写真・解説に加え、論考も豊富な必携の1冊。
中でも石州の茶会出席者をパレート数とジニ係数で分析するという論考は初めて見ました(まったく意味分からん)。
また編集時に参考とした図録欄に石州関係のモノが見当たらないのも、過去に石州が主役となった特別展がなかったコトの証明でしょうか。


片桐石州という人

今回の主人公片桐石州かたぎり せきしゅう貞昌さだまさ:1605-1673)は摂津茨木の生まれ。
バリバリの武闘派かと思いきや関ヶ原後の生まれで、戦とはほぼ無縁の人。
貞隆さだたかから大和小泉13,000石を継承した大名系茶人。
そして伯父は豊臣秀吉(1537-1598)の側近で、賤ケ岳の戦い(秀吉の統一戦)での武功7人衆(七本槍)の1人、片桐且元かつもと
豊臣方に内通を疑われ、貞隆と共に大坂の陣を前に徳川家へ臣従。

予想以上のボリュームになってしまったので後編に続きます。


根津美術館の最後は、お庭巡りパターンになりがち(写真の季節は色々)。

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