100年住宅ならぬ100年の学び舎【自由学園明日館:フランク・ロイド・ライト】 東京都豊島区
都市部での例外はあるものの、統廃合によって減少の進む各地の学校。
廃校となった建物はリノベーションによってオフィス等に生まれ変わる事もあれば、明治期から昭和初期にかけてのどこか懐かしいレトロ系のようにミュージアム化するケースも見られます。
今回は100年というけっこうな歴史を持つ学校建築の記録。
ただそのデザインに懐かしさを感じるのは、少数派の方々かもしれません。
東京23区内でも有数の乗降客数を誇る池袋駅。
その喧騒から隔離されたかのような閑静な住宅街にあるのが、アメリカの巨匠による学校建築。とはいえ直線距離では巨大ターミナル駅からわずか数百メートルという近さ。

自由学園明日館

家庭乃友(婦人乃友社の前身)を創刊した羽仁もと子&吉一夫妻によって、1921年に創立された女学校が自由学園です。
大正デモクラシー期の自由教育運動の流れをくみ、採用された教育スタイルは小中高の一貫教育。
生徒自身による昼食作りや芸術活動も教育の一環に捉えていたのも先進的。
ちなみに婦人之友社は、今も明日館の斜向かいに本社を置いています。
設計したのは遠藤楽。

生徒は1学年1クラスで、6人ずつを「家族」と名付けグループ化。
面白いのは年2回のメンバーのシャッフル。人間関係の固定化にも配慮。
それぞれが役割を担いつつ助け合いながら、一般社会の縮小版のような環境で学んだそうです。

学校の設計はフランク・ロイド・ライト(1867-1959)と遠藤新(1889-1951)の師弟コンビ。
日本国内では旧帝国ホテル(ライト館:愛知県犬山市に移築)やヨドコウ迎賓館(旧山邑邸:兵庫県芦屋市)も手掛けています。
自由学園明日館は、前庭を囲むように左右対称のコの字型にレイアウト。
特徴は各所にちりばめられた幾何学模様のディテールや、軒高を低く抑えて水平を強調したプレーリースタイル。
東京都豊島区西池袋2-31-3

1922年に中央棟と西側校舎が竣工すると、ライトは全体の完成を見る事なく帰国します。ライトの指示に従い1925年に東側校舎を完成させたのが遠藤。
加えて1927年には生徒数の増加による講堂の増設にも対応しています。
その後のさらなる生徒数増加を理由に、自由学園は1934年東京都東久留米市に移転されています(その建物も遠藤設計)。
そして池袋に残ったオリジナルの建物は、卒業生の活動拠点として明日館と名付けられ今日に至ります。

入り口近くに設置された梟は、自由学園の生徒により2003年に制作。

重要文化財に指定されていますが、平成期には大規模な保存修理(耐震対策含む)が施され、観光用ではない現役バリバリの建物。
ブライダルやコンサート会場に各種撮影、またセミナー・会合等の貸スペースとしても一般利用が可能です。

床材は修理工事に際して使用可能な部材が集められましたが、傷みが激しくオリジナルパーツは会議室?の3分の2に留まりました。

部屋の奥側がオリジナル床材で、色味の違う手前側が現代素材。
また菱形の窓のある漆喰には、施工時の変更点と思しき痕跡を内包。

修理工事の過程でカットされている筋交いの部材が発見され、窓部分は建築途中で追加されたのではと推測されています。
1922年最初の入学式には内装工事が間に合わず、漆喰仕上げも黒板もない状態だったそうです(館内に当時の写真あり)。


館内は当日の利用状況によっては見学できないお部屋があります。
また事前の準備もあるので、レイアウトもその日の状況次第。

モンドリアン的なデザインになっている黒板。
エアコンは棚でうまいことカモフラージュ。

スクール形式になると、まったく違和感のないお部屋です。さすが元学校。

もしライトデザインのチェアでだったら、腰や背中が痛くなりそう。

ホール


女学校時代のホールの朝は、生徒の礼拝会場。
入口には、ライトデザインのテーブルライト(たぶんヤマギワの復刻品)。
ライト財団公認の復刻品はYAMAGIWAのみ。お値段もお高めですが。

壁面を飾るのは、旧約聖書の一節を描いたフレスコ画。
学園創立10周年の1931年に、在校生と卒業生によって制作されたもの。

1999年の修理工事までは漆喰の下に埋もれていたそうですが、確認されたのを機にめでたく復活。
館内には当時(制作途上)の古い写真が飾られています。

大きな部屋には暖炉が完備されているのが明日館の特徴。
垂直と水平に囲まれ、曲線という概念は見当たりません。


フランク・ロイド・ライト&遠藤新
ホール暖炉上のスペースには、ライトのミニ資料室が設置されています。
ここで設計者師弟にも触れておきます。
言わずと知れたF・L・ライトは、近代建築3大巨匠の1人でアメリカの人。
こちらは等身大?のライトさんとフロアスタンド。
復刻品でも強烈なお値段のヤツ。

そして遠藤新は福島の人(楽の父)。
ライトに師事し、ライト帰国後はその設計図面を具現化した人。
素人目には、増築部分には何の違和感もなく区別がつきません。
師匠の手法を忠実になぞるそのデザインは、茶道における千利休と細川忠興(三斎)のような関係に思えます。つまりは師匠に心酔。
遠藤さんの写真は、帝国ホテルのインペリアルタイムズ(展示資料)から。

帝国ホテルでの展示資料は、明日館とヨドコウ迎賓館の写真と共に紹介。
参考にインペリアルタイムズでの展示をもう少し。
ライト館時代のデスク&チェアとホテルスタッフの制服(昼用)。
チェアのデザインは明日館と同じ文脈ですが、背もたれはクッション入り。
(展示は帝国ホテル100周年記念時のもの)

スクラッチタイルは明日館では見かけませんが、共通する素材は大谷石。

明日館に戻ります。
ホールから資料室へは、食堂を経由します。
食堂はホールの中2階のようなレベル差。

資料室には帝国ホテルのスクラッチタイルも展示。
そしてやや不気味なパペット。

模型や写真に解説パネルがいろいろと。

資料室からは、ホール越しに中庭が望めます。元はどういうスペース?

スケール違いの模型が2種。
手前は明日館の全景、奥は中央棟の断面部。

ライト関係の資料書籍類もわずかに。


何気に気になったのは、飛び出す明日館。
ウェディング用のアイテムか?

食堂
先ほど素通りした食堂へ。
ライトオリジナルデザインに、遠藤新による増築が施されています。

現在の食堂は、見学者が利用可能なカフェスペース(貸切時は不可)。
明日館の入場料は¥500ですが、カフェ(焼菓子付き)利用は¥300プラスという破格な料金設定(2025年10月から¥500プラスに改定)。
見学者が多い時は、各所を自由に見て回れない事もあります。
そんな時には、一息入れて流れを変えるのにちょうど良い場所。

増築その1:写真中央右側が受付
食堂は生徒数増加に対応するため、遠藤の手により三方に拡張されています(1923年から1924年)。1つは現在のカフェ受付&キッチン部分。

2つ目は上写真の奥のスペース(柱の向こう側)。

3つ目はその反対側にあたる、同じく奥のスペース。


3ヶ所はいずれも、バルコニーだったスペースを屋内化したそうです。
続いて遠藤オリジナルの建物へ。
F.L.ライトの小路をはさんだ南側の敷地にあるのが講堂。
講堂


講堂は1927年の竣工。こちらもまた生徒数増加に対応して建てられたもの。
学び舎もまた成長していくのです。もちろんの重要文化財。


師匠のデザイン文脈が完全に踏襲されています。
教会っぽい空間。

こちらも貸切での利用が可能。
講堂では修理工事の概要とプロセスが、パネル展示で解説されています。


2階席?からステージを見ると、まさに音楽ホール。



ショップ

ショップがあるのは西側校舎の裏手。

チェアのミニチュアや、予算によっては簡素な紙製もラインナップ。

復刻品ながらパンチの効いたテーブルライトもあれば、

やっぱりありました、飛び出す明日館。
正式名称は「折り紙建築カード」。

こうして見ると、意外と手が加えられていたウェディング仕様。
グレードアップに、前庭の芝生は是非とも真似したいポイント。
ディテールアップに問われるのは、作り手のイメージとセンス。
豪華さとは一線を画しますが、シンプルなデザインは見ていて飽きません。
またその行き届いた管理もあり、建物の古さを感じさせない明日館。

HPでは見学カレンダー(見学不可の部屋や時間帯)が公開中。
遠方から足を運ぶのであれば要チェックです。
また各種講座も充実しているので、大人の学び舎を体感するのもアリかも。
建築の価値は、実際に使ってみてこそ。

