モダニズム建築と数寄屋建築の共通項? 【堀口捨巳の探求:国立近現代建築資料館】 東京都台東区
国立のミュージアムなのにあまりにひっそりと存在する資料館があります。
お隣には日本近代建築草創期の財閥系邸宅、南には学問の神様・湯島天満宮。北西には東京大学、北東は上野公園という文教エリアに立地。
ミュージアムのカテゴリーを考えると、多くの人が訪れてもよさそうですが、収集対象がややトンガリ過ぎなのかもしれません。
外国人観光客が跋扈する上野周辺とは違い、このミュージアムでは外国人らしい見学者を見かけたコトはありません(今のところ)。
ただコアな建築ファンが来襲するのも時間の問題なのかもしれません。
個人的には彼らが近代建築家では誰に反応を示すのか興味はありますけど。
また財閥系のお屋敷とは違い、見学者にも建築好きの映えハンター?を見かけないのは、図面に囲まれても映えないからでしょうか。
国立近現代建築資料館

国立近現代建築資料館は、日本の近現代建築に関する図面や模型等(スケッチや写真を含む)を収集・保管・展示する文化庁の機関。
開館は2013年で、2025年現在の名誉館長は安藤忠雄さん。
収集対象はざっくり明治期以降の20世紀モノ。展示物の中には、今や現存しない建物の図面やコンペの応募案等、普段はお目にかかれない品々も多数。
東京都文京区湯島4-6-15
施設は湯島地方合同庁舎内にあります。建築家や研究者対象のように思われるかもしれませんが、入場には資格等なんの制限もありません。
おまけに正門から入れば入館無料。
ただ正門は庁舎だけあっておそろしく殺風景で、入場には少しの勇気が。
立地は旧岩崎邸庭園の裏側で、曜日によっては庭園側からも入館可能。
館内は一部撮影NGありの基本撮影OK。

最新の展示は現在開催中の大阪万博の連動企画、THE万博ジャパン。
6ヶ月とけっこう長期間での開催予定です。

2025年3月ー8月 @近現代建築資料館
万博は国内でもけっこうな回数が開催されています。
55年前の大阪から沖縄、つくば、大阪(花博)、愛知そして再びの大阪。
2025年の開催には賛否両論ありましたが、多少のトラブルも克服しつつ現在進行中。

万博では未来を目撃できるのが売りですが、時代はますます加速中。
チョコッと先レベルの未来なら、焦って今見に行かなくてもと考える派。
一方、見るべきモノは過去にも豊富にあるコトを教えてくれるのがミュージアム。2024年の企画展での建築家の展示が、自身の記録整理(&見たいリスト)を大幅にブースト。
ちなみに建築家の印象は「誰だっけそれ?」というカンジでしたが。

2024年8月-10月 @近現代建築資料館
堀口捨巳という人

堀口捨巳(1895-1984)は岐阜の人。東京帝国大学卒。
1920年代にヨーロッパへと渡り、初期のモダニズムを体感している人。
1930年以降には数寄屋建築や茶の湯といった「日本的なるもの」の研究に傾倒。日本各地の著名な茶室に足を運び、実測して図面を起こしています。
展示室がある2Fに上がると、原寸大の起こし絵図が目に飛び込んできます。
茶室のレプリカを展示室に持ち込むケースは何度か目にしたコトはありましたが、起こし絵図は初見。
チープながら簡素な雰囲気は茶室と意外にマッチ。
原寸大の茶室は堀口捨巳監修の「茶室おこし絵図集」から。
起こし絵図そのものは、2020年に作成され海外を巡り、日本では初公開。

擁翠亭は小堀遠州(1579-1647)作の茶室(重要文化財)。

擁翠亭は十三窓席とも呼ばれ、日本一窓の多い茶室。
師匠だった古田織部からそのスタイルを継承した遠州の好み。
もとは加賀2代藩主前田利常(1594-1658)が家臣の後藤覚乗(金工師:1589-1656)の屋敷に建て与えた茶室です。
庭園を含めた総工費は現在の価値で約30億円!とも。
そして後藤家庭園(擁翠園)はかつての「洛中の三庭」の1つに。
のちに擁翠亭は清蓮院へと移築、明治期には解体され数寄屋大工師・平井家(如庵の移築も担当)に140年以上保存されていたそうです。
2003年に部材と図面が発見され、2015年に鷹峯の太閤山荘に再建。


実寸での体感は空間を把握する近道。
堀口さんは茶室の本質にモダニズムの合理性や機能性という共通項を見出し、また茶室は西洋建築に対する日本建築の先進性とも受け止めています。
驚かされるのは舶来品が珍重されたであろう昭和初期での気づきという点。
バイアスを排除したフラットな視点をお持ちだった堀口さん(たぶん)。

現存する堀口作品は少なく、江戸東京たてもの園(東京都小金井市)には最初の住宅作品小出邸(1925年)が移築保存されています。
また佐賀県立博物館の南側に現存する清恵庵(堀口さんと早川正夫との共同設計)は、リコーの創業者市村清により佐賀県に寄贈された茶室。
茶室いろいろ
展示品には住宅等も多かったのですが、今回はほぼ茶室にフォーカス。
以下は堀口さんがフィールドワークによる実寸でアーカイブした茶室たちを8例(図面はすべて展示品)。
【その1】
慈照寺 東求堂(国宝)は、相国寺の塔頭の1つで足利義政による造営。別名銀閣寺。東山文化発祥の地かつ、伝統的な日本人のライフスタイルの源流。

義政の書斎だった堂仁斎は現存最古の書院造りであり、草庵茶室の原点。
図面は義政コレクションが並べられた違い棚と付け書院の立面図。


【その2】
高台寺は豊臣秀吉の正室ねねが、秀吉の菩提を弔うために開創したお寺。

竹を放射状に組んだ特徴的な屋根を持つ傘亭(重要文化財)は、千利休のデザインとされ伏見からの移築。
【その3】
龍光院は、黒田孝高(官兵衛)の菩提を弔うため建立された大徳寺の塔頭。

開基は黒田長政で実質の開山は江月宗玩。茶室の密庵(写真図面)は遠州好み(国宝)。ちなみに国宝の茶室は日本に3席。
また龍光院は曜変天目茶椀(世界に3碗の1つ)の所蔵で知られています。
一般人には、なかなか見学する機会に恵まれない拝観謝絶塔頭の1つ。
【その4】
同じく大徳寺の聚光院は、三好長慶を弔うための塔頭で、また千利休と三千家の菩提寺。狩野永徳・松栄親子の障壁画で知られています。

茶室閑隠席と益床席の2席は重要文化財。図面の左側が閑院席(たぶん)。
こちらは特別拝観では見学可能な塔頭。
【その5】
さらに大徳寺塔頭弧篷庵の開基は小堀遠州、開祖は江雲宗龍(遠州の甥)。

当初の建物は焼失していますが、遠州リスペクトだった出雲の大名松平不味によって再興されています。
茶室の忘筌席は重要文化財。写真図面は山雲床(上側)と直入軒(下側)。
特別拝観可能な塔頭ですが、競争率高し。
【その6】
慈光院は、武家茶道石州流の祖片桐石州(貞昌)が父貞隆の菩提寺として建立した臨済宗大徳寺派のお寺。

書院に加え2つの茶室閑と高林庵は重要文化財。
図面には一之門から茨木門(茨木城の遺構)、庭園や書院が。

【その7】
待庵は千利休の手による茶室(国宝)で、京都山崎の妙喜庵にあります。

オーダーしたのは天王山に陣を敷いた豊臣秀吉で、時期は明智光秀との激突前。そして江戸時代に妙喜庵(臨済宗東福寺派のお寺)に移築されたといわれています(諸説あり)。
現在の拝観予約は、往復はがきによる受付のみというアナログさ。
こちらも見学のハードル高めの国宝茶室(その2)。
ちなみに待庵はその写し(コピー)がいくつか存在しています。

1つは美術家杉本博司による本歌取りという名のパクリ(スミマセン)。
その名も雨聴天。
命名はオヤジギャグ方式か。(この方の別の茶室には聞鳥庵とか)。
もう1つは実業家河野信一が東京の自邸に建て、現在は愛媛県今治市に移築されたズバリの待庵。しかも見学は無料。

覗いたカンジからは、落ち着きそうな丁度良いサイズ感。
【その8】
如庵は織田信長の弟有楽斎が、建仁寺正伝院に建てた茶室。明治以降に何度か移築され、現在は愛知県犬山市に落ち着いた国宝の茶室(その3)。

斜めに入れたウロコ板や竹を詰め打ちした有楽窓に暦貼りと有楽斎独自の感性によって構成されています。同じく正伝院から移築された旧書院(隠居所)は重要文化財。

展示された立面図は室内写真の外側部分と思われます。
有楽窓のボリュームが微妙に異なるような・・・


こうしてみると著名な茶室は圧倒的に関西に集中していて、かつ戦国時代を生き抜いた人物たちがゾロゾロ登場してくるのが特徴。
建築資料館がシビれるのは、図録の無料配布。
バックナンバーも在庫があれば入手できますが、人気ネタと思われる図録はほとんど絶版。また郵送での対応はなし。

発行:2024年 63ページ 文化庁
編集:国立近現代建築資料館
国立らしい充実のサポートは、絶版でもデータはHPからDL可能なモノも。
10周年記念の特別展「日本の近現代建築家たち」の図録は役に立ちます。
情報収集のツールとしてはSNSが幅を利かせる風潮ですが、アナログな図面から情報を探すのも悪くありません。
ただ調べてみて建物が現存していないとちょっとガッカリします。
この資料館での展示品にはけっこうありがちなケース。
