80年後の爆弾散華【池と草花:リアル編】大田区立龍子記念館 東京都大田区
個性あるコレクターの手によるミュージアムは日本各地に多々ありますが、作家本人による作家作品のためのミュージアムは希少。また旧邸やアトリエ付属となると、作家の歴史博物館的な視点でも楽しめます。
今回は文字通り「戦争をくぐり抜けた」というヒストリーを持つ、シンボリックな庭とアトリエから構成されるミュージアムの記録。
東京都大田区の人口は745,000人。その面積は23区内最大の60k㎡。
面積は僅差で世田谷区が続きますが、首位は羽田空港のおかげ。
作家がこの地に引っ越してきた頃(1920年)の周囲は田園地帯だったそうですが、現在は住宅密集地に。近くには日蓮宗関東の拠点・池上本門寺。

龍子記念館

大田区立龍子記念館は1963年に画家本人の設計によって、自身の作品群を展示する施設として開館(運営は青龍社)。
以降1991年から引き継いでいるのが大田区。
龍子の作品は大画面が特徴で、その約140点以上を所蔵。
記念館の向かいには、太平洋戦争後に建てられた龍子旧邸と1938年建築のアトリエが現存し、龍子公園としてこちらも公開されています。
東京都大田区中央4-2-1

川端龍子という人
川端龍子(昇太郎:1885-1966)は和歌山の人。
スタートは洋画の人でしたが、アメリカで出会った日本の古美術に影響を受けて、帰国後には日本画の人に。
太平洋戦争中は戦争画と呼ばれる作品を手掛けていて、部隊に従軍し海を越えての現地スケッチも残しています。
そして彼の作品はとにかくデカイ。

龍が好みだった龍子。旧邸には龍がらみのモノがいろいろ潜んでいます。
ちなみに記念館は、空から見たそのフォルムがタツノオトシゴ。
まずは記念館ではなく、龍子公園側からの記録を。
公園内は開館日の10・11・14時発のガイド付きツアーでのみ見学可能。
その龍子ツアーで最初に紹介されるのが、記念館の中庭にある龍子草苑。
草苑には龍子の別荘があった修善寺から運んだ石が据えられ、龍子好みの自然な姿を表現。実際季節によって、その姿は別モノに変化します。
草の生育具合が分かる写真4点を参考に(年は違います)。


2025年8月時点でも、かなり草ぼうぼう。
2025年9月現在の状態は、案内板が隠れているであろうと推測。
もはや庭というより草むら。

また修善寺から運んだ石は何処なのかというと・・・
こんなカンジ(春前にスッキリするのでしょうか)。

また「龍子は女性ではありません!」も解説ネタではよく耳にする話。
小野妹子じゃあるまいしと思いつつ。ネタにお付き合いするのが大人。
それでは道路をはさんだ旧宅・アトリエのエリアへ。

龍子公園:アトリエと旧邸

公園に入ってすぐの場所にあるのが、今回の主役の池(ガイド説明有)。
公園内は周遊コースになっていて、行きも帰りも池の横を通るので見落とす事はありません。ただ池を見渡せるポイントがないのが玉にキズ。
爆弾散華:リアル編
爆弾散華の池は、もともと敷地内にはなかった池。
太平洋戦争の終戦3日前というタイミングの空襲で、龍子邸の敷地に爆弾が直撃。不幸にも旧邸は全壊(解説版にはバラバラ家屋の写真あり)。
庭というより畑だったと思われる場所には大きな穴があき、結果的に水が湧きだしたそうです(このあたりには水脈が走っているとのお話)。

それでは現在の池はというと・・・
夏は草苑同様の野趣あふれる状態。水面を確認するのはほぼ不可能。
これまた草が枯れている時期の写真を参考に。

池を目の当たりにできても、その印象はビミョーとしか。
龍子はこの体験をもとに「爆弾散華」を作品化するコトに。
そのストーリーに加え彼の戦争画とはまったく異なる作風は、あの一派に通じる最高傑作かと。あくまで個人的印象ですが・・・




続いてのアトリエ。爆弾散華の池とはさほど距離がないように思えますが、現存しているのは奇跡のような位置関係。
アトリエ内部は、窓の外からが通常の見学コース。


2025年3月-6月 @龍子記念館

この訪問時には、偶然アトリエも展示会場の一部になっていました。
(龍子公園内ツアーとは別時間帯に時間予約制での内部見学)

アトリエ内の展示は谷保玲奈(1986- )の「け這う」(2025年)。
谷保さんの希望から実現したという、龍子以外によるアトリエでの創作活動から生まれた作品(過去には記念館で谷保作品が展示された経緯あり)。
案内によると谷保さんの主要なモチーフは生き物。そして今回のテーマは生活圏内での生と死。それは色彩で目を引く系のファンタジーな作品。

記念館内で展示されていた作品も併せて。


アトリエ内の作品でも、象徴的に描かれていたのは猫の瞳。
またスケッチの展示は、龍子作品の通常展示でもよく目にする手法。

アトリエに戻ります。
大型作品の制作のため、アトリエはゆったり広々な空間。
大きな窓は採光重視仕様の60畳(畳はないけど)。
また龍子が使ったと思われる興味深い品々もいくつか。


ドイツ製のストーブと一画には書斎的スペース。天井や床も独特。





軒先や天井には網代を多用する龍子。
当時の大田区は海苔産業が盛ん。発注先は閑散期の漁師さんに。

またアトリエには昼寝部屋のようなスペースもあります。
ここにも今回の展示作品が。

和紙でできた「しほじむ」(2025年)も、どうやら谷保作品。
よく分からん。

続いて旧宅へ。


屋根の上にはニャンかが。
どこから上がったのかは分かりませんが、彼らにとっては朝飯前でしょう。
龍子公園内は人間からほぼ隔離されているので絶好のパラダイスか。
ガリガリされないコトを祈るのみ。

邸内には龍子が所蔵していた桜芥子図襖(伝俵屋宗達作:レプリカ)を展示(原本は記念館で展示されることも)。
ガイドさんが窓は開けて見せてくれます。

この日のツアーには留学生ガイドも同行。この室内空間を全面撮影し、タブレット内でグリグリしながら見学できるアプリを披露していました。
まあスケール感は直接見るのが一番ですが、襖絵は位置的に窓から距離があるので、タブレットの方がディテールも含めて観察しやすいのは確か。

また龍子は邸内に仏像を数体安置し、日々お祈りしていたそうです。
その中から、龍子没後にトーハクへ寄贈されたのが毘沙門天像。
重要文化財指定の像は、憤怒ではなく毘沙門天にしては穏やかな表情。








旧邸内は外部からの見学になります(基本アトリエも)。
また龍子が好んだという自然あふれるお庭では、蚊の対策は必須。
肝心の記念館内に展示されている龍子作品は、後編へと続きます。

