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練り上げたクラフツマンシップとツールで魅せる企業系ミュージアム【竹中大工道具館:竹中工務店】 兵庫県神戸市

けっこうな高低差を持つ阪神高速32号線の新神戸トンネル(約8km)を神戸市北部から一気に南下、地上へと顔を出した場所にあるのが山陽新幹線新神戸駅(駅の背後には布引の滝というロケーション)。
新神戸駅の西側には歴史ある洋館群を擁する観光エリア。また六甲山系の南麓には、個性豊かな実業家系のミュージアムがいくつか点在しています。


兵庫県神戸市は県内最大の都市で県庁所在地。人口は148万人。
今回の企業系ミュージアムは新神戸駅のすぐお隣。商業地域からはやや離れたエリアにあり、新幹線駅前なのに住宅に囲まれている変わった立地。
その企業の源流は戦国時代に遡ります。ミュージアム自体の意匠は、重ねてきた歴史が蒸留されたかのような美しさ。

竹中大工道具館

竹中大工道具館は、1984年に神戸市中央区中山手に開館。
2014年に竹中工務店ゆかりの地(新幹線新神戸駅のすぐそばにある現在地)へと移転してリニューアルオープン。
そのエントランスは豪邸の趣き。

大工道具や模型等を約30,000点、加えて古文書等約2,500点を所蔵。
RC造&鉄骨造の建物は地上1F、地下2Fでスタイリッシュな和風の佇まい。

兵庫県神戸市中央区熊内町7-5-1

竹中工務店の創業者竹中藤兵衛は戦国時代の人。
織田信長の家臣で普請奉行を務めていたそうです。
ちなみに普請といえば、その守備範囲は建築(作事)ではなく土木系。
ネットで調べる限りでは創業者に関する情報はほとんど拾えないので、詳しくはよく分かりません(会社のHPでもサラッとした説明)。

パンフ 2024年版

信長没後の1610年に名古屋の地で、武士から寺社仏閣造営の工匠に転身。
竹中工務店ではこの年を創業の年と捉えています。
そして企業としては、1899年を創立初年に神戸の地で生まれています(現在の本店は大阪へと移転)。また非上場なのが竹中工務店の矜持。

大工道具館には展示棟以外に、
1.七畳広間(表千家不審庵の啐啄斎好みの写し)
2.一滴庵いってきあん(大徳寺玉林院の如心斎好み三畳中板入り:蓑庵さあんの写し)
3.八畳の広間
と3席の茶室を備えています。

関西で出会う東照宮

2024年訪問時の企画展は日光東照宮の修復作業を中心に。
竹中工務店が伝統建築にも修復で関与しているとは知らず、また大手ゼネコンのイメージからはやや遠いカテゴリーのようにも。目からウロコ。

展示品のために誂えられたかのような器。これぞ竹中ワークスでしょうか。

日光 チラシ
2024年9月-12月 @竹中大工道具館

日光東照宮は栃木県日光にある江戸幕府の初代将軍徳川家康(1543-1616)を祀った壮大な神社。道具館で展示されていた陽明ようめい(別名は日暮ひぐらし御門)は、日光東照宮の正門(国宝)。
3代将軍家光(家康の孫:1604-1651)の手によって1636年に完成。

修復作業はこのパートだけでも
1.原本から文様の拓本を採取
2.原寸大でトレースして薄美濃紙に転写し意匠図に
3.銅板に意匠図を糊付けし型を彫る
4.仕上げ工程

完成形

こちらでは完成までには手間をかけた下地処理がいろいろと。
そして美しい仕上げのため、何度も繰り返される水研ぎ。

東照宮の展示で一際目立っていたのはTHE 龍!

陽明門組物模型

通常はかなり高い位置にあるモノが、間近で見られるというレアケース。
けっこうなボリュームです。

黒漆塗に金箔を施し、その上から彩色されています。

彩色見取図(昭和の修理時)

ここまでのパートだけでも見るからに手間が掛かっているのに・・・

結果その集大成はこんなカンジに。

(参考)日光東照宮 陽明門(栃木県日光市)

圧倒的な物量!!
徳川将軍家ヤバすぎです。キングギドラの元ネタか。

扁額は後水尾天皇の揮毫

黒漆に金箔が映える巨大な門に施された彫刻は500以上。
白い部分は胡粉(貝殻由来の顔料)。
2017年に平成の大修理が完了(いろいろトラブルも報じられていますが)。

裏側

日本のルネッサンス桃山建築は装飾過多で極彩色の建築を生み出しました。
多分に権力誇示の意味合いもあったと思われますが、当時の人々の心をとらえ、その意匠や超絶技巧は400年の時を超えて伝承されています。

東照宮下神庫彫刻

復元品の中にサラッと重要文化財の本物も展示。

常設展示も見所満載

地下1F以下が常設展示フロアー。

東大寺 模型
当時の最先端
大工のバイブル

大匠味雛形(教科書)は1717年に発刊され、明治版まである長寿テキスト。
大工の重要な心得の1つは、彫刻の下絵図と実技だそうです。

館の解説には「大工、左官、瓦師などによる伝統の職人技をちりばめました。また同時に最先端の建築技術にも挑戦」と。
職人に加え彼らの技術、そして芸術的な仕事を支える道具類からなるヒト・コト・モノの三位一体。

鰹節ではなくかんなくず

1943年時点で本格的な建物を作るのには、大工道具179点が必要だったとされています(強固な木組みと精緻な仕上げのため)。
ちなみに安普請でも最低限72点の道具は必要と。
ただし高度成長期には、新構法の開発や電動工具の普及によって大工道具の需要は減少。テクノロジーの進化の影には、失われる技術も。

竹中印は売れそうな気がする

体験できる木工室「ちょこっと木工」。素人にはややハードル高そう。

地下2Fから地下1Fへと突き抜けるのは、再現された唐招提寺とうしょうだいじ金堂の一部。

木材や竹も種類はさまざま

パネル解説にあったのが、大工仕事は「適材適所」「道具は手の延長」
これはバイク整備にも共通していて、スーッと馴染みます。

また棟梁の視点の奥深さを感じたのは「木を買わずに、山を買え」
1つの建物を建てるのに異なる産地の木材をミックスせず、木を自然の生きたままに使うべしと。企業にとって、こういった経験値の蓄積は生命線。

極めつけは「棟梁の仕事」

「仕事の本当の精神を伝えることで、皆、心のなかに完成の形が描ける。命令されなくても仕事の段取りをする。とにかく人を信頼して任せる。それが棟梁の仕事やと思う。」

竹中工務店の棟梁

昭和以前の勝手なイメージだと、「仕事は目で盗んで覚えろ」的な世界かと思いきや・・・・
まさかの新卒リクルート用の展示? それともさすがの竹中ワークス?

一風変わった展示も。
茶室構造模型は、大工の仕事を視覚的に分かるようにアレンジ。
室内にも入れます。ベースは玉林院の茶室蓑庵さあん

玉林院は京都大徳寺の塔頭。
はじめ安土桃山から江戸期の名医曲直瀬まなせ正琳によって正琳庵として建立。
焼失後に片桐且元かたぎり かつもと(1556-1615)の尽力によって再興され玉林院に。

さらに下って豪商鴻池こうのいけ了瑛(1698-1745)が、山中鹿之助(鴻池の祖)の位牌を祀る茶室南明庵(重要文化財)を建立。
蓑庵さあんは南明庵の茶室です。つまり大工道具館の敷地内にある茶室の建築プロセスを展示中。

組子細工

道具鍛冶千代鶴是秀ちよづる これひで(東京の人)が、江戸熊(加藤熊次郎:大阪の人)のために制作したのみセット。

のみいろいろ

当時の一般的な鑿セット(10本)が3円50銭の時代に、1セット(15本)を150円で制作。千代鶴さんは東京から大阪まで夜行列車に乗り、江戸熊さんに手渡しで納品したそうです。
互いにクセ強めだったお二人のようですが、紆余曲折を経て鑿は今ココに。

右側は土壁

展示棟の裏側にある別棟に茶室と休憩室があります(茶室は通常非公開)。

茶室の向こう側には新幹線

緑豊かなミュージアム。すぐ北側が新幹線の駅とは思えないこの風景。

ちょうど見学していた時に、外国人観光客が20名ほど入館してきました。
予約客かと思いきや、アメリカからフリーの御一行。

「Wow!!!」と声を上げながら御一行は興味深げに見学。
一方、予想外の館内スタッフの方々はややバタついたカンジでしたが。
新幹線を降りてすぐという立地でこの建物にこの展示内容。
彼らにはドンピシャでしょう。

高低差を利用したやや狭い傾斜地はお庭に。

ミュージアムは神戸らしい歴史ある洋館とは異なり、山の手の邸宅の趣き。
そして港町の活気とも正反対の静寂さに包まれた不思議な空間。

大手ゼネコンの施設と聞けば、イメージするのは最先端のテクノロジー&デザイン(プラスちょこっと歴史)。
竹中大工道具館で目の当たりにできるのは、モダンな中にも現在に受け継がれてきた重厚な日本建築の歴史。

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