見出し画像

コモンという領域が育むコミュニティ【横須賀美術館:山本理顕】神奈川県横須賀市

かなり長い時間をかけた探しものがようやく見つかると、視界が一気に開けた気分になります。サクサク結果が得られてもそれはそれで気分は上がりますが、時間をかけてようやくというパターンの方が、より大きな経験値が得られた気がします。(あくまで気がするだけで根拠はなし)


横須賀市の人口は367,000人。東京都に隣接する横浜・川崎・相模原の政令指定都市は別格として、神奈川県内では5番目の規模。
横須賀はスカジャンと海軍カレー発祥の地(カレーは諸説あり)、加えてイメージは軍港の街。
事実、西太平洋・インド洋を管轄するアメリカ海軍第7艦隊が司令部を置き、海上自衛隊や陸上自衛隊の拠点に防衛大学校も設置されています。
今回はそんな市内東の端っこにあるミュージアム。

横須賀美術館

横須賀美術館は、市制100周年を記念して2007年に開館。
設計はコンペにより選ばれた山本理顕やまもと りけん(1945- )。
2024年のプリツカー賞を受賞した人。

ペールグリーンの建物は、海に面した傾斜地で芝生に溶け込みます。
離れには、横須賀ゆかりの作家谷内六郎たにうち ろくろうの専用展示棟が。

館内では壁や天井に穴が開けられたデザインが目を引きます。
展示室は地階と1階に配置され、一部は吹き抜け構造になっています。

穴は外光による明るさや熱量もコントロールしています。
そして視覚的な変化を与える空間は、現在ではSNS向き。
展示によって撮影OKエリアが設定されています。

神奈川県横須賀市鴨居4-1

自走で横浜方面から下道を南下するアプローチでは、横須賀中心部手前のトンネルの多さが気になります(幅も狭くなり渋滞の一因か)。
自動車道路を使うのであれば、終点の馬堀海岸ICから美術館はすぐ。

パンフ 2025年版

鉄板を外皮となるガラスで包むダブルスキン構造が、この建物の個性。
それは海のそばという立地ゆえの塩害防止という機能を併せ持ちます。
レストランとミュージアムショップも、前室のような役割か。

屋根となるガラスブロックを支える構造が、屋上へとつづく螺旋階段から目視できます。

敷き詰められたガラスは、禅寺でよく見かける四半敷き。

屋上は展望スペースも兼ねています。
遠く房総半島側の巨大な建築物が見えます。方角的に富津あたりか?
フェリーで東京湾を横断すれば、また違う景色が広がっていると思いつつ乗る機会はいまだなく。

裏山には散歩道も整備されているようですが、季節選びは慎重に。

屋外には現代美術が1点(たぶん)。
作品は若林奮わかばやし いさむ(1936-2003)によるVALLEYS。
1989年に制作され、横須賀美術館への設置は作家没後の2006年。

初めて目にしたのは、鎌倉時代系での企画展示(のオマケ)。
脳内にあふれていた「鎌倉」のせいか、バレーというタイトルから「切通し」と解釈していましたが、どうやら違ったようです。

オリジナル作品は、焼いた黒い鉄板と赤錆びた鉄板の2種から構成。
作家により美術館へと寄贈され、展示形態は現在のように1列に配置。
塩害対策に溶融亜鉛メッキが施されています(2008年には作家展が)。
横須賀の造船ドック的な雰囲気も。

今回の特別展は、この美術館を設計した建築家の回顧展。

山本理顕展 @横須賀美術館
2025年7月-11月

展示順では中盤だった横須賀美術館ですが、現物との比較のため最初に。
ただ展示は模型とパネル1枚のあっさりとした扱い。
あくまで山本建築の1ページとしての横須賀美術館。

横須賀美術館(2007年)

模型で見ると、体感よりもなだらかな傾斜地。

VALLEYSも再現されています。なんだかコードレール。

解説パネルには
「スパークリングワインを飲みながら一階のイタリア料理店から浦賀水道を通過する船を見ていると時を忘れる」
との一文が。キャプションはまさかの理顕ポエム?

ちなみに水道を通過する船の中には「トヨタ自動車の運搬船」というキャプション内の表記があります。ここは横須賀、さすがに没落しているとはいえ「ニッサン」の方がベターなのでは。

住宅編

初期の作品には個人住宅が並びます。実物はほぼ見学できない建物たち。
展示はとにかく模型の嵐。入館者の足は止まりがち。

当日のエントランスには社会見学の予約リスト(小学生か中学生)もあり、加えて大学生らしき集団の姿もチラホラ。
ただ小学生には、やや高等教育過ぎないかなとも。

監視員も適宜配置、加えて引率の先生方も目配りされていましたが、展示されているのは大量の模型(何しろ子供の動きは予測がつかない)。
歩き回る子供たちに神経を使いまくる大人たちという構図は、美術館ではあまり見かけない光景。
ただ模型は子供の興味を引きやすく、また直感的に響くのかもしれません。

こちらは山本一族三世代の住居(二世帯)兼、賃貸の店舗&事務所&アパートからなる複合ビル、ガゼボ(神奈川県:1986年)

ガゼボ

実際の建物はステンレスメッシュパネル(模型では黒っぽく表現)で覆われていて、外界とは完全に遮断されていません。
ある程度のプライバシーを確保し、外部の気配もかすかに感じられるはず。

模型の展示台になっていたのは、理顕デザインのグリッド・スタンド。
シリアルナンバー付きで、展覧会終了後に購入可能という仕組み。

グリッドスタンド

スタンドは、複数のアルミ押出形材を組み合わせて構成されています。

パッと見た時に思い浮かんだのは、1980年後半から1990年代にかけてホンダのスポーツバイクに採用されていたアルミフレーム。
ホンダの押出材は目の字断面で、当時の売りは軽量と高剛性の両立。
しかも年々デザインが洗練され、ファクトリーマシンでも量産パーツのような仕上がりに。

スタンド チラシ

カッコイーなと思いましたが、重量も気になります。
端面処理がシャープ過ぎて少し怖いので、出来れば面取りはして欲しい。
買わんけど。

集合住宅編

個人的に最も見たかったのが、県営保田窪第一団地(熊本県:1991年)。
山本理顕が手掛けた最初の公共建築。

保田窪第一団地

熊本県のアートポリスプロジェクトの一環で、初代コミッショナーだった磯崎新いそざき あらた(当時の大御所)から、本人曰く「設計を命令された」と。

くまもとアートポリスは、1988年に熊本で始まった「建築を切り口とした文化運動」。県知事時代の細川護熙ほそかわ もりひろ(総理大臣になる前)が発案。

現在も活動継続中で、若手建築家も多く登用されているのが特色。
若かりし頃の大御所たちも多数参加。

保田窪第一団地で興味深いのは中庭(パッと見は空地)。
5階建ての住宅をコの字に配置して、その中央に鎮座。
そして集会所で塞ぐ形でロの字を形成し、住民のための空間としています。
ただし集会所や各住戸を通れば、住民以外も利用可能。

つまり住民の許可を得る形をとって、地域に開かれています。
周辺の子供たちには中庭が魅力的に映っていたようで、塀を乗り越えて入って来るヤツらもいたそうです(周囲は小中学校もある住宅密集地)。

ちなみに保田窪団地はリアルタイムでの経験はなく、また内側から見た事もないので文献・記事ベースの知識です。

35年前の社会状況というと正確な記憶はありませんが、核家族化が進み加えて個人のプライバシーが重視されてきた頃でしょうか。
理顕さんはプライバシーにも配慮しつつ、住人のコミュニティに変化を与える仕掛け「コモン(しきいとも)」という領域を組み込んで計画。
コモンは個人で独占はできないけれども使用はできる、つまり全体での共有という発想の領域です。昔の路地裏のイメージ。

入居開始当時はデザイン優先で居住性を無視している等々、団地はメディアからけっこうな批判を受けたそうです。
そこには雨漏りという施工ミスも重なったとか(建築家の責任範囲か?)。
またアートポリスプロジェクトが色眼鏡で見られていたとも受け取れます。

団地の形態としては、今までの集合住宅のような鰻の寝床の積層タイプとは異なり、各住戸の通気性にも配慮がされています(各居室は基本2面開口、また吹抜け的なスペースも設定)。

一方、プライバシーに関しては、気にされる住民も多かったようです。
ただ一定のコミュニティが形成されると、居住者の目が部外者に対して有効に働くという昔ながらなセキュリティシステムの一面も。

全ての住戸はダイニングキッチン(DK)が中庭側に配され、外側(道路側)には和室、間に吹抜け的空間(上層階)をはさんで構成されています。
DKと和室は、吹き抜け部分をブリッジと呼ばれる廊下でつながっています。

このブリッジは半屋外のスペースです。
これも「雨が吹き込む」とメディアが批判した部分。
設計者に言わせると「そこは計算されているので吹き込むことはない」と。
また「特に不便は感じないし、雨が降れば気配で分かるのがありがたい」という住民のコメントも。
個人的にはマンションでも空が見える空間があるのは良さそうな気が。

手前が中庭側のDK 奥が和室

上写真で、住戸の間にあるのがコモンスペースにつながる中庭専用階段(団地外部とは直接つながらない)。
また一部フロアのテラスは、井戸端的なスペースのようにも。
そして和室棟の背後にあるのがパブリックの階段室(住戸玄関が配置)。

プライバシーとはバーターになりますが、他者を音や気配で感じられる空間がそこかしこにある保田窪第一団地。
一方、高齢化が進み単身者世帯が増えつつある現代の大規模団地。
自治会担当者(こちらも高齢化)による各住戸の生存確認は、今やルーティンワークの1つ。
予想もしない形で時代が追いついてきたともいえる山本建築。

保田窪第一団地の展示には、航空写真とドローイングも2種添付。
模型や資料にその姿は見えませんが、エレベーターは増築されている模様。

ドローイングその1(1990年:ジョナサン・クック)
ドローイングその2(1990年:ジョナサン・クック)

ちなみに保田窪第一団地の斜向かいには
県営帯山A団地(新納至門:1992年)
徒歩10分ほどの距離には
県営龍蛇平りゅうじゃびら団地(元倉真琴:1994年)
県営新渡鹿団地(小宮山昭:1993年)
があります。
それぞれ独自のレイアウトや個性豊かなファサードを持っていますが、現役の公営住宅なので見学は外観のみ。

そして同時期の熊本市北部では、熊本市営新地しんち団地がAからEまで竣工。
保田窪第一団地はそれらの発火点的な役割も担っていたのかもしれません。
ゆえにトップからの命令と・・・

その他いろいろ

このあたりは展示室内ではなく、ギャラリーエリア。

展示品には、日の目を見る事のなかったコンペ作品も多数。
またコンペで勝利してもクライアント(自治体)からのちゃぶ台返し(計画見直し)を喰らったことも1度ではない理顕さん。
法的対応も辞さないスタンスをお持ちです。
展示品には、建替中止が最近発表された練馬区立美術館のコンペプランも。

こちらはチラシのメインビジュアルに選ばれている、スイスの空港施設。

ザ・サークル チューリッヒ国際空港(スイス:2022年)

子供たちが喰らいついて見ていた作品の1つ。
個人的にはあまりイメージが湧かない巨大すぎる施設。

ギャラリーは天井が高く、開放感が半端ない空間(閉じてるけど)。
あの上部通路(エントランス部分)からの撮影は禁止されています。

山本理顕という人

保田窪第一団地を知って以降、久しくご無沙汰だった山本理顕建築。
鎌倉武士系の特別展(2022年)での横須賀美術館、その2年後にはプリツカー受賞。続くように1年後の横須賀での回顧展。
偶然にしては出来過ぎてます。

ただ保田窪での集合住宅がそれほど印象に残ったのは何故か?

その答えは地域社会圏モデルという形で展示されていました。
建築は個の住宅という概念から、住まい方というソフトも包括し、集まって住まうというシステムへの進化形態(2010年)。

地域社会圏モデル

地域社会圏モデルでは、東京1世帯あたりの人数の減少と高齢化率の上昇データが挙げられています(1960年と2011年の比較)。
その数値から2015年の1世帯あたりの人数を1.8人、高齢化率は27%と予測。

核家族という形態が定着し、個のライフスタイル重視が進んだ現代の都市。
一方、少子化と高齢化は一気に加速し、現実的な生活レベルで労働力不足が表面化、社会インフラの維持にも大きく影響が出始めています。

現在のような住宅ではマンパワーやエネルギー量が圧倒的に不足するだろうという予測から、ある程度のボリュームを持ったコミュニティとそこに対応した建築が必要なのではというのが2010年当時の提案です。(たぶん)

そんな環境下で設定されたのは、500人の地域社会圏。
社会圏を構成するにはどんな要素やエネルギー総量が必要となるのか、わかりやすい模型と図解で展示されています。

また老人や子供も含めて住人各自が、そのコミュニティでどんな役割を担えるのかというのも大切な視点。
そのために必要なのはインフラのシェアやお互いの能力(労働もしくは対価)による相互扶助。また補完するような建築側の仕掛。

模型を見る限り、住宅と職場や店舗が複合し、集積化した建築物。
町をギュッとコンパクトにまとめての重層化は、集合住宅の延長線上にあるようにも思えます。

模型ではスロープをのぼるバイクのような乗り物が確認できます。
車と自転車の中間的な電動三輪車で、コミュニティ内を子供を乗せ大量の荷物も運ぶ発想。もちろん電気は地域で発電。
送電ロスを減らし、発電・使用状況をリアルタイムで把握し効率的に運用。
やって来る気配のする未来です。

理顕さんのプリツカー受賞理由は、建築を通じたコミュニティ創出
つまり建物というハードそのものが評価されたというよりは、建物が醸成する人と人との関係性が評価されたという事。

保田窪第一団地のベースに流れていたコモンという発想が、街のレベルまで昇華。そんな思想が世界的に評価された。勝手にそう解釈しています。
35年におよぶ集合住宅の進化を目の当たりにした気がします。

図録「山本理顕 コミュニティーと建築」(平凡社)も発行されています。
ただ1桁違うんじゃない?というパンチ効きすぎな価格設定からスルー。
お洒落な写真集と考えれば納得できるのかも。

展示作品を前にして「あーでもない、こーでもない」と話しているのも小さなコミュニティ。またスパークリングワインを飲みながら時を忘れるレストランも小さな地域のコミュニティ。
横須賀市美術館はそういう人たちの器としてのコモンスペース。

「コミュニティと建築」と題した山本理顕展は、11月3日で閉幕。
そして横須賀美術館は、2026年8月まで改修のため長期休館に。

いいなと思ったら応援しよう!