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見る場所を変えたら、見えるものが変わった。

はじめに

園で問題が起きた時、私はいつも「人」を変えようとしていました。

もっと指導すれば変わる。
人を増やせば現場は回る。
一人ひとりが成長すれば、園は良くなる。

私は、本気でそう信じていました。

でも、ある一人の新卒保育士の退職をきっかけに、その考え方は大きく変わりました。

問題が起きた時、本当に見るべきものは何なのか。

その答えは、人ではなく、働く環境や仕組みにありました。

私は新卒で保育士になったわけではありません。

営業職、接客業を経験したあと、子どもを保育園へ預けながら保育士養成校へ通い、保育士になりました。

その後、全クラスの担任、主任、園長、複数園の運営統括、新規園の立ち上げを経験してきました。

この作品は、園長、そして複数園の運営統括として経験した出来事を通して、私の考え方がどのように変わり、現場で何を学んだのかをまとめたものです。

もし今、求人が来ない、離職が続く、現場が回らない、人間関係に悩んでいるのであれば、この作品が、問題が起きた時の見方を考えるきっかけになれば嬉しく思います。



1|もう一度、保育士を目指した日

小さい頃、私は保育士になりたいと思っていました。

でも、家庭の事情でピアノもエレクトーンも習えませんでした。
当時の私には、「保育士になること」は手が届かない夢でした。

その後、高校、短大へ進学し、営業職や接客業に就き、結婚、出産と、毎日はあっという間に過ぎていきました。

いつしか、「保育士になりたい」という夢も忘れていました。

そんな私の人生が大きく変わったのは、新しい仕事の初出勤の日でした。

娘を保育園へ送る途中、交通事故に遭い、働く予定だった職場へ行けなくなったのです。

自宅療養をしながら、この先どうしようかと考えていた時、ハローワークで「保育士養成校」の案内を見つけました。

その瞬間、忘れていた夢を思い出しました。

「もう一度、保育士を目指したい。」

当時、私は30歳を過ぎていました。

この年齢で就職できるのだろうか。
ピアノも弾けない。

不安はたくさんありました。

それでも、この機会を逃したら、一生後悔すると思いました。

私はすぐに申し込みをし、保育士養成校へ通い始めました。

育児、家事、勉強、実習。

家族に支えられながら卒業し、私は保育士になるという小さい頃の夢を叶えました。

あの時の私は、この仕事が一生続けたいと思える仕事になると信じていました。

でも、その先で私は、
「夢と現実は違う」ということを知ることになります。


2|保育士になって感じた違和感

保育士として働き始めて、私はすぐに違和感を覚えました。

休憩時間が取れない。
サービス残業は当たり前。
持ち帰り仕事も当たり前。
同じ内容を何度も書く書類。
休日でも会議に参加する。

営業職を経験していた私にとって、多少の残業は珍しいことではありませんでした。

でも、毎日の残業や持ち帰り仕事を前提にしなければ終わらない業務量には驚きました。

「どうして、こんな働き方になってしまうのだろう。」

それが、保育現場で最初に抱いた疑問でした。

当時の私は、保育士が辞める理由も、保育士が集まらない理由も、この業務量にあるのだと思っていました。

でも、その考えも、あとになって変わることになります。

業務量だけではありませんでした。
もっと別のところにも理由があったのです。

でも、子どもたちは本当にかわいい。
昨日できなかったことが今日できるようになる。
その成長を一番近くで見られることは、何にも代えがたい喜びでした。

この仕事は続けたい。

でも、この働き方は変えたい。

そう思うようになりました。

だから私は、

「現場を変えるには、自分が園長になるしかない。」

そう考えるようになりました。


3|園長になれば変えられると思っていた

現場を変えたい。

その思いで、私は園長になりました。
しかし、現実はそう簡単ではありませんでした。

園長になると、運営費を考え、行政への提出書類に追われ、気づけば現場へ入る時間は減っていきました。

そんな中、現場からは、

「もっと人を入れてください。」
「現場が回りません。」
「仕事が終わりません。」

という声が聞こえてきました。

保護者からも、

「先生によって言うことが違います。」
「伝えたこともできないんですか。」

という言葉が続きました。

その時、私は担任だった頃、自分も同じように園長へ訴えていたことを思い出しました。

だから私は、一つの答えを出しました。

人が足りないから現場が回らない。
人を増やせば、この問題は解決する。

私は本気でそう信じていました。

しかし、人を増やすには人件費がかかります。

最終的な判断をするのは理事長でした。

理事長からは、

「現場が回らないのは園長が指導できていないからだ。」
「お前が現場に入ればいいだろう。」

と言われました。

その言葉はもっともでした。

それでも私は諦めきれませんでした。

「現場を回すために、人を増やしたい。」
「一度だけチャンスをください。」

何度も理事長へお願いを続け、ようやく一人採用することを認めてもらいました。

保育士が増えた時、現場は喜びました。
私も、「これで現場は変わる。」そう思いました。

でも、その安心は長く続きませんでした。

一か月ほど経つと、職員室ではまた「言った」「聞いていない」という言い争いが始まりました。

保護者からのクレームも減りません。
残業もなくなりません。

人は増えたのに、現場で起きている問題は何も変わらなかったのです。

人を増やせば現場は変わる。

私は、本気でそう信じていました。

でも、現実は違いました。

どうしてなんだろう。
私は、一体何を見落としていたのだろう。

そう思っていた時でした。


4|退職代行からの電話

ある日、退職代行から電話が来ました。

新卒で入職した保育士が、

「人間関係に疲れた」
「もう働き続けられない」

という理由で退職するという連絡でした。

電話を切ったあと、私は頭が真っ白になりました。

どうして。

なんで。

信じられませんでした。

彼女は面接で、

「小さいころから保育士になりたかった。」
「保育士になるために、小さいころからピアノを習ってきました。」

と、緊張しながらも笑顔で話してくれました。

小さいころからの夢を叶えるために、この園を選んでくれた。
親元を離れ、一人暮らしをしながら毎日一生懸命頑張っていた。

その姿を知っていただけに、退職代行からの電話は、私にとってあまりにも大きな出来事でした。

私は、一体何をしていたんだろう。

私は、一体何を見ていたんだろう。

私は、人を増やせば問題は解決する。

そう信じていました。

でも、彼女が辞めた理由は、

「人間関係に疲れた。」
「もう働き続けられない。」

ということでした。

そして、人を増やしたあとも、現場では同じ問題が起き続けていました。

私は、その時初めて思いました。

もしかしたら、私は問題を見る場所を間違えていたのかもしれない。

これが、私の考え方を大きく変える最初の出来事でした。


5|見る場所を変えた

退職代行からの電話を受けてから、私は何度も考えました。

人を増やしても変わらなかった。
新卒保育士は辞めてしまった。

私は、一体何を間違えていたのだろう。

今思えば、当時の私は問題が起きるたびに、人を変えようとしていました。

もっと指導すれば変わる。
人を増やせば現場は回る。
一人ひとりが成長すれば園は良くなる。

そう信じていました。

でも、どれだけ指導しても、どれだけ人を増やしても、
相手がどう考え、どう行動するかは、私には決められません。

だったら、私に変えられるものは何だろう。

そう考えた時、私は一つのことを決めました。

人を変えようとするのではなく、現場を見ることから始めよう。

私に変えられるのは、自分の行動しかありませんでした。

だから、まずは自分自身の目で現場を見ることから始めました。


6|見えてきた課題

面談の方法を変え、現場へ足を運ぶようになると、
今まで見えていなかったことが少しずつ見えてきました。

私は、それまで問題は人にあると思っていました。

でも実際に現場へ入ると、問題の多くは人ではなく、働く環境や仕組みにありました。

まず見えてきたのは、「書類を作る時間が取れていない」ということでした。

書類は勤務時間内に終わらず、休憩時間や残業、持ち帰り仕事で対応することが当たり前になっていました。

そこで、職員の配置を見直し、誰がどの時間に休憩や事務時間を取れるのかを視覚化しました。

すると、

「休憩時間が取れるようになった」
「定時で帰れるようになった」

という声が少しずつ聞かれるようになりました。

また、現場では別の課題も見えてきました。

勤務歴が長い職員が独自のルールで仕事を進めていたり、
それぞれの判断で対応していたりと、同じ園の中でも仕事の進め方に違いがありました。

私は、これまで人それぞれの考え方の違いだと思っていました。

でも、それだけではありませんでした。

組織として共有されるべきことが共有されず、判断基準も曖昧なまま仕事が進んでいたのです。

だから、主任やリーダー、そして私自身も現場へ入りながら、
一つずつルールや情報共有の方法を整えていきました。

もちろん、すぐに変わったわけではありません。

何度も心が折れそうになりました。

それでも、退職代行を通して辞めた新卒保育士のことを思い出すたびに、「ここで終わるわけにはいかない」と、自分に言い聞かせながら改善を続けました。


7|少しずつ見えてきたこと

試行錯誤を続ける中で、少しずつ園全体が変わり始めました。

最初に変わったのは、職員同士の関わり方でした。

情報共有のルートが明確になると、「言った」「聞いていない」という言い争いが減り、以前のような張り詰めた職員室の雰囲気も少なくなっていきました。

職員同士の情報共有がスムーズになると、保護者への伝達もれも減り、保護者との信頼関係も少しずつ変わっていきました。

また、勤務時間内に事務時間を確保できるようになったことで、休憩時間が取れ、残業も減っていきました。

以前は閉所時間まで残って仕事をしている職員がいました。

でも、閉所時間前に誰もいなくなった、がらんとした職員室を見た時、今まで取り組んできたことが、ようやく形になったのだと思いました。

こうした変化は、働く職員の表情にも表れていました。

毎年のように離職者が出ていた園でも、やむを得ない事情を除けば長く働いてくれるようになりました。

すると、採用のために求人を出し続ける必要も減り、離職者が出るたびに採用費のことを考える機会も少なくなっていきました。

私は、人を変えたわけではありません。

働く環境や仕組みを整えたことで、人も組織も変わっていきました。


8|偶然ではなかった

園長として働く環境を見直したことで、園は少しずつ変わっていきました。

でも、その時の私は、「たまたまうまくいっただけなのかもしれない」と思っていました。

その後、私は複数園の運営統括を経験しました。

園が変われば、抱えている問題も違うのだろうと思っていました。

しかし、園長や職員と面談を重ね、その園で何が起きているのかを確認していくと、どの園でも悩みはよく似ていました。

求人募集が来ない。
離職が続く。
保護者からクレームが来る。
現場が回らない。

園長が違っても、職員が違っても、抱えている問題は驚くほど共通していました。

そこで私は、園長時代に取り組んできたことや考え方を園長へ伝え、その園に合った形で進められるよう、一緒に考えながら取り組んでいきました。

もちろん、園によって状況は違います。

だから同じ方法をそのまま当てはめるのではなく、その園で何が起きているのかを園長と一緒に確認し、その園に合った方法を考えながら進めていきました。

最初は思うように進まない園もありました。

それでも、働く環境や仕組みを少しずつ見直していくと、職員同士の関わり方が変わり、現場に余裕が生まれ、園全体が少しずつ落ち着いていきました。

その姿を複数の園で見た時、私は一つのことを確信しました。

問題が起きた時、人を変えようとしても組織は変わりません。
働く環境や仕組みを見直すことで、人も組織も変わっていく。

園長時代に経験した変化は、偶然ではなかったのです。


9|だから私は発信している

私は、園長、そして複数園の運営統括を経験する中で、一つのことを学びました。

園で問題が起きるたびに、私は「人」を変えようとしていました。

もっと指導すれば変わる。
人を増やせば現場は回る。
一人ひとりが成長すれば、園は良くなる。

そう信じていました。

でも、現実は違いました。

人を増やしても問題はなくならない。
指導を重ねても、人間関係の悩みはなくならない。
そして、新卒保育士は退職代行を通して園を去りました。

あの出来事をきっかけに、私は人を変えようとすることをやめました。

人を見るのではなく、働く環境を見る。

そこから、私の園づくりは変わりました。

園長として取り組んだことは、運営統括として複数の園でも少しずつ形になっていきました。

園が違っても、園長が違っても、抱えている問題はよく似ています。

だから私は、まず人を見るのではなく、その園で何が起きているのか、働く環境を見ることを大切にしています。

私は、働く環境や仕組みを整えることで、人も組織も少しずつ変わっていくことを現場で学びました。

もし、あの頃の私がこの考え方にもっと早く気づいていたら、あの新卒保育士に対して、違う関わり方ができたのかもしれません。

同じように悩み、自分を責めている園長や経営者に、私と同じ遠回りをしてほしくありません。

問題が起きた時、人を変えようとするのではなく、まず働く環境を見てほしい。

それが、園長として、そして複数園の運営統括として、私が現場でたどり着いた答えです。

だから私は、これからも、この経験と考え方を伝え続けていきます。

少しでも、園で悩む誰かが、人ではなく環境を見るきっかけになることを願って。

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