【Lil Fovnt #24】映画ボツシリーズ第3弾。残酷すぎる執着と、デザインと呼んではいけない狂気
Fovnt Freaks Vol.6の制作過程でボツになった映画のアイデアを拾い上げるシリーズ。なんて、あんまり考えて作ってないのだが、せっかくなんで三つ目も書いておこうと思う。
では、第3弾は『羊たちの沈黙』だ。
実は、今号のVol.6を作り始めた時、デザインをテーマにする映画を考えた時に浮かんだのが、この映画だった。
歴史に名を残すサイコスリラーの傑作。
ジョディ・フォスターが演じるFBIアカデミーの実習生クラリス・スターリングとアンソニー・ホプキンスが演じる精神科医で殺人鬼のレクター博士のやり取りを中心に展開していく名作中の名作。
今回、自分が着目したのは、そんなクラリスやレクター博士ではなく、この映画の事件の犯人である連続殺人鬼「バッファロー・ビル」の方だ。
彼は女性たちを井戸のような場所に閉じ込め、その皮を剥ぎ、自らの服(あるいは歪んだ願望の具現化)を仕立て上げようとしている。
彼の中にあるのは、自分の理想の姿に変身するための、常軌を逸した異常な執着だ。
自分は当初、この「異常な執着」をフックにして、「デザイン」やモノづくりの狂気について記事を書こうと考えていた。
だが、すぐにボツにした。
理由はいたって簡単だ。あまりにも残酷すぎるからだ。
何かを生み出そうとする時、そこには多かれ少なかれ執着や狂気のようなものが必要になる瞬間がある。
だが、他者の命を奪い、尊厳を無惨に踏みにじる行為に対して、決して「デザイン」なんていう洗練された言葉を使ってはいけない。
そう強く感じたのだ。
現実社会において、作り手の身勝手なエゴや歪んだ執着が、時に誰かを傷つけてしまうことは少なからずあると思う。
しかし、バッファロー・ビルのような極端な例でなくとも、クリエイティブという名の下に踏み越えてはいけない一線は、確実にある。
彼のおぞましい「服作り」は、その暗部を極限まで見せつけてくるのだ。
そう、この映画に「デザイン」という言葉は似合わない。
少なくとも、「バッファロー・ビル」のやっていることは、「デザイン」という言葉を使っていいものではない。
そう気づけただけでも、一度この作品と向き合ってみた意味はあったのかもしれない。
本編のFovnt Freaks Vol.6も残り1本。
映画と向き合う時間も一旦終わり迎える。
そろそろ、何にも考えないで、映画を楽しもうと思う。
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