シンクロニシティ エッセイ①
見ていただいてありがとうございます。
日々、徒然なるままのエッセイです。
よろしければ軽い気持ちでご覧くださりませ。
内容は千差万別、思索と娯楽のごった煮です。ご容赦くださいませ^_^
▶明らかに失敗するだろう作戦名
「明日朝早く起きて勉強しよう」作戦
▶二流の漫画家
自分も二流のマンガ家ながら手塚治虫に認められて、彼の画の背景を描くアシスタントとなり世に出ることなく手塚の助手として生涯を終えた方の、記者に自分の作品を出版しないでアシスタントに徹することの辛さを質問された時の言葉。
「自分の作品より手塚治虫の作品が世の中に広まるほうが世のためになるし、自分の画も生きることになるのです」って。
テレビでやってた。
▶日本一の富士山を見るには
日本一の富士山は当然有名だけど、二位の北岳は登山者数が富士の7分の1だったりグッズも少なく二位の割には無名でマイナーな山だけど、そこの山の山小屋の人が自信を持って言った言葉が、
「この北岳の山頂から見える富士山の眺めは、日本一です」と。
テレビでやってたお話し。

▶モーションキャプチャー俳優
ハリウッド俳優だけどその顔がけっして画面に映ることのないモーションキャプチャー俳優が、ようやくキングコングや猿の惑星の主役の表情で脚光を浴びたときに、自分の本当の顔が画面に映らないことの辛さを記者に聞かれた時の言葉。
「人に感動を与えるために俳優になったので、顔を見せるためじゃない」と。 かっこいい

▶「俺の物は俺の物、お前の物も俺の物」ジャイアン
ドラえもんの登場人物でジャイアンがいるけど、彼の言葉で「俺の物は俺の物、お前の物も俺の物」と言うのがあって、これはとてもひどい言葉だと思っていたら、実はちがっていたというエピソードを大昔に聞いたのでご紹介。
初めてこの言葉をジャイアンがのび太君に言った日のできごと。
それは彼らの小学校入学式の日のこと。彼らは幼稚園からもう友だちだったのだけれど、小学校に入る待ちに待った日、ジャイアンは喜んで先に小学校入学式に向かい、のび太君の両親も、ぐずぐずしているのび太君を残して「先に行ってるからね、遅れちゃだめよ」と言って入学式に向かった。
そろそろ式が始まろうかというときになってもまだのび太君の姿が見えないので皆も心配したのだけど、その中で、「しょうがねーなー。俺が見に行ってくる」と言って、ジャイアンがひとりのび太君の家に向かっていった。
家に着くとのび太君が玄関でわんわん泣いていた。
「どうしたんだ、のび太」
尋ねるとのび太は、
「ランドセルがないんだー」と言って泣いているばかり。
「よし俺が一緒に探してやる。昨日はあったのか」
ジャイアンが言ってものび太は、
「昨日も喜んで準備してかついでいろんなところに行ってたけど、ちゃんと家にはあったんだ」と言って、でもどこに置いたのか思い出せないらしい。そうしているうちにも時間はどんどん過ぎていく。
「もういいよー ジャイアン。君も入学式に間に合わなくなってしまうよー」と言ったら、ジャイアンがこう言ったんだ。
「俺の物は俺の物、お前の物も俺の物。お前の悲しみも俺のものだ」
それからも一生懸命2人で一緒に探したら、窓の外の屋根の上にランドセルがぽつんと置いてあるのを見つけて、それから2人で急いで小学校に向かって走っていった。なんとか式にはぎりぎり間に合ったという話し。
「お前の悲しみも俺のものだ!」
これがこの言葉の真意だろう。
彼らはいつも一緒に恐竜の世界や、宇宙や地底探検をしていた。ジャイアンはいつも一緒にいる。本当に悪い奴なら友だちとしてそんな冒険旅行に一緒に行くわけがないじゃないか。
ジャイアンの悪いところは一つだけ。それは彼の破壊的な歌だけなんだ。
▶おっさんのツイート(X)
おっさんのツィート
「今日は朝の散歩で家の近所に新しくスィーツの店ができたのを発見。
美味しそう」
女のツイート
「おっぱいかゆいわ」
▶「桶屋が儲かる」newバージョン
風が吹く→
ベランダに干したブラが全部飛ばされてしまう→
世の中にいる女子がみんなノーブラで過ごすようになる→
巨乳女子優位の社会ができあがる→
「あ~今アタシの谷間、ちらっと見たでしょ~~」と巨乳しか取り柄のない「素朴で個性的な魅力のある愛されフェイスの子」が調子に乗り始める→
みんなで桶でたたいてしまおう→
桶屋が儲かる
▶ありふれた人々
そこそこ自分の容姿に大きな勘違い自信があるのに、人前であえて吉本演芸キャラを装ってしかし面白さもたいしたことないチャラ男がいますが、それは容姿がいいことを鼻にかけないという好感度男子をあえて装って親しみやすさを演出しつつ、別に自分はイケメンではないし・・という逃げ道をも用意をしてる超かん違い男だけど、女子もそれを感じていながらそこそこのキモメンまでではないので自分の痛いところも突っ込まれたくはないから適度につまらない話に超ウケる〜とか似非共感しながら平和な時を過ごして家に帰ってからひとりになって何を感じてるのだろ。
▶男どもの視線
街を歩いていて人の視線を感じることは若い頃からさっぱりないのですが、大昔大学の時ある一時だけ超美人と付き合う機会があり、思い起こせばその時に彼女と歩いていて、男どもの彼女に対する視線とそのあとの俺に対する視線が痛かったのをふと思い出して、美女というものはいつもあの視線を毎日浴びながら過ごしているのだなぁとなんか無意味に思い出したけど美女は自分を美人と知っていてそうでないかたもそう思ってる方もいらっしゃいますと思いますがそれはそれでそのときは幸せ気分ですと思います。
▶首相夫人
ある男が首相夫人を『ブタ』呼ばわりしたということで訴えられ侮辱罪で裁判にかけられ、有罪になった。
裁判長は男に向かって、「二度と首相夫人を『ブタ』と呼んではいけない」と釘を刺して、すぐに首相夫人に謝罪するようにと言った。
男は、「ではブタに向かって『首相夫人』と呼んでもよろしいでしょうか?」と裁判官に尋ねた。
裁判長は、「それはお前の自由だ」と答えた。
そこで男は、首相夫人に向かって言った。
「申し訳ありませんでした。首相夫人」
▶映画と原本 「あの花が咲く丘で、君とまた出会えたら」
たまたま小学生読書感想文教室の先生をボランティアてしたときに読んでみた本で、あまりにひどいからありきたりに学校の先生受けする書き方を教えたものの、心にひっかかったので記してみます。オリジナルの本は、特攻のことも、二人の恋愛のことも不十分でもっと感動する悲痛な心をえぐる作品はたくさんあるのに、しかし今風の中高生には受けるのかなと思いました。
なにより、小説は天真爛漫自由奔放でいいとは思うものの、百合が過去のあの時代のあの日にタイムスリップした理由とあの瞬間に現代に戻ってきた事情が全く書かれていない。 話をおもしろくするためだけ設定のためだけにタイムスリップしたその都合よさだけのためのタイムスリップだ。いくら小説でも納得できない。うそでも無理やりでも、話の根幹であるタイムスリップの理由と設定が欲しかった。だから、自分の無理やりの解釈は、防空壕に残っていた彰の怨念が百合を呼び寄せ、彰が死んだ瞬間に怨念が解けて百合は現代に戻ったということにしよう。
そして、映画も見てみたが映画では、本の最後の部分の彰が敵軍艦の米兵を見て、彼の命のことを思い、体当たりを避け自滅したところの描写はなかったし、また新しい出会いの場面はカットされていた。彰が体当たりを避けた部分は、この物語の最大のテーマ「自分の命も、敵の命も奪わない」というところなのに、映画監督は何を勘違いしたのだろうか?
▶信州のホテルで01
初秋の信州にて早朝の小雨の中の散歩、ガラにもないバードウォッチングなどなかなか落ち着くホテルであったが私たちって小鳥さん達や小動物や山や自然が好きなのよねのオーラたっぷりだが毛皮の帽子かぶる似非おばさまや若い頃はサーファーだったのだ匂いの自然派はげオヤジがちょっとミスしたウェイトレスさんに小言を言ってノブレス・オブリージュを感違いしている奴らの集まるところでもあるのかと感じた。
▶信州のホテルで02
八ヶ岳観光ロッジは満点の星を見るために選んだのだけど残念ながら雨。ペンションの若いオヤジのマスタベ的話しの私って多趣味で凄いでしょの話しを聞くのもめんどいのでここを選んだ。部屋と食事は正解。
しかし夕食時に後ろのテーブルで東京弁のざますマダムがコースのスープはこれに替えてちょうだいねと顔見たらゲタに近い顔の趣の成金もどきの無趣味で裏ではちゃんと高校生援交やってますみたいな旦那を連れて今日の景色は良かったわねのアホ話しをしてるおばさまの存在に気づいてそんなやからが集まる信州の高原かなと大分の湯布院がちょうど気取ったやつらの集まりの様相と同じ現象と思えば軽井沢が近いのを知れば納得。
▶信州旅行 円空
信州旅行で、苦しみの人を救うため生涯12万体の仏を彫り最後は自ら即身仏となった円空の仏の少しと軌跡を見て自分に彼の千分の一でも慈悲と犠牲の心があるかと問うに、なければあると答えられるまで問い続ければ良いのだとちょっと悟ったことにしておこう。
※失礼な表現が中には入っていますけど本音ゆえご容赦おねがいします。
