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まだ死ねないと思った日

 僕は今年、28歳になった。だからそろそろ死ぬんじゃないかと、半ば本気で思っている。

 ……ん?「だから」って、どういうこと?

 子供の頃、大人になった自分というものが全く想像できなくて、僕は30歳を迎える頃には死んでいるのではないかと思った。思ったが最後、それが頭から離れなくてちょっとした呪縛になっているらしい。

 人並み以上に拗らせた十代は常に希死念慮に支配されていた。
 特に演劇を始めてから稽古が辛くなるたびに死にたくなっていたし――演劇をやっている人間というのは時間とお金をかけて自らを追い込む変人ばかりなのだ――僕には厄介な先天性疾患があったから死にたい理由には事欠かなかった。

 ただ、僕は「目の前のことに集中する」ということに長けていたようだ。

 演劇は「この公演が終わったら辞めよう」と思いながら高校3年間も大学5年間も駆け抜けてすっかり中毒になってしまった。去年、コロナで公演を断念してからずっと演劇がしたくてウズウズしている。
 車椅子生活は「そんなことより」で続いている。歩けないなら車椅子で大学に行こう。単位が欲しければドクターに怒られてでも退院しよう。舞台に立てないなら立てなくても満足できる脚本を書こう。どうすれば運転免許が取れる? どうすれば教員実習に行ける? どうすれば……?
 できることをやっているうちに日々が過ぎていく。入院中でさえ手術よりも原稿だと病室にパソコンを持ち込んで執筆する僕には、目の前のやりたいことが全てだった。要するに漠然とした希死念慮に構っている暇はなかったのだ。

 そんな僕でも絶望に打ちひしがれたことはある。一番体調が悪かった頃は、足の痛みに耐える以外に何もできなかった。
 朝は痛み止めが効くまでベッドを抜け出せず、日中は薬の副作用と不眠症のせいで頭が回らない。ようやく少し元気になって録画していたテレビ番組を見たらもう夜で、夜中は薬を飲んでも痛みで眠れない。そんな日々の中では死ぬか、諸悪の根源である右足を切断する以外に楽になれる道はないと感じられた。
 二択のうち、足を切断することにはドクターストップがかかった。つまり僕には死ぬ以外の道は残されていなかったわけだ。痛み止めは医療用麻薬まで処方されるようになり、緩和ケアのカウンセリングを受けた。これまでやってきたこととこれからやりたいことをつらつら話したら「本当に頑張ってきたんだね」と言われてしまった。全然、頑張ってなんかいないのに。

 ドクターの尽力もあって、僕は外で活動できるまでに回復した。目の前のことが全ての僕は「喉元過ぎれば」と自然とメンタルも回復させていた。
 ただ、この経験は僕の希死念慮を具体的な言葉に変えた。

 本当に辛くなった時は死ねばいい。だからそれまで、死ぬ必要はないのだ。

 僕は今年28歳。子供の頃に想像できなかった大人になった自分、つまり普通にお勤めをして自立した自分はやっぱりいなかった。創作という茨の道を突き進み続けている僕には、いまだ大人になった自分の姿が見えない……。
 だからそろそろ死ぬんじゃないかと、半ば本気で思っている。

 でも僕はまだ死ねない。今、創作活動が最高に楽しいのだ。今書いている小説を書き終えるまでは死にたくないし、その次はまた別の小説を書くつもりだ。無期限延期を決めた公演だってリベンジしたい。それらが片付くまでは死ぬわけにはいかない。
 こんな僕が自殺するとしたら、二度と小説が書けなくなるほどの失恋くらいだろうが――もしメンタルが要因で書けなくなることがあるとすれば、そこには必ず色恋沙汰が絡むと思っている――死にたくなるほどの大恋愛ができるならむしろ本望だ。素敵な恋ができなくて恋愛小説ばかり書いているこの僕が、あと2年でそんな恋に出会えるならば苦労はない。

 では僕の死因は何なのだろう?
 厄介な先天性疾患を抱えた僕は、子供の頃から嫌というほど検査を受けている。日本屈指の大学病院のドクターが僕のレントゲンやら血液検査やら定期的にチェックしているのだから、病気ですぐに死ぬ可能性は低いだろう。
 それよりも、何かあった時に咄嗟に逃げられない。他人より怪我を負った時のリスクが高い。だから事故や事件や天災による外傷で死を迎える可能性の方が、もっとずっと高い気がする。

 ……じゃあやっぱり、まだ死ねないじゃないか。

 希死念慮を捨てきれない僕にとって、例えば辻村深月の『オーダーメイド殺人倶楽部』に記されたような殺され方はちょっぴり魅惑なのだけど、自分の死を託せるほど信頼できる相手を見つけるのは大恋愛より難しい。そんなことに時間を費やす暇があるなら、もっとやりたいことがあるのだ。

 そろそろ死ぬかもしれないと半ば本気で思っている僕は、まだ死ねない。

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