【ピリカ文庫】ばあちゃんの星読み
うちに帰ってきたら、銀色のポストの細い隙間を外側からのぞく。それが瑠衣の習慣だった。藍色の封筒の端が見えると、心臓がピクンと跳ねた。
ばあちゃんからだ。
気持ちを抑え、手紙を取り出し玄関のドアを開け、ただいまを言う。リビングからテレビの音に混じって、ママのおかえりが微かに聞こえる。廊下に並んだ空のペットボトルを目の端にとらえたけど、瑠衣はその先のリビングには寄らず、自分の部屋に上がる。
通学カバンを床に置き、制服のまま机を綺麗に片付けた。真ん中に手紙を置く。ペーパーナイフを取り出して、スゥっと息を吸い込んで止め、丁寧に封を切る。
これは、儀式のようなものだ。
ばあちゃんの星読みに対する儀式。
長野の広い星空を見やるように、心をシンとさせ、視線を落とす。
”瑠衣へ
お手紙ありがとう。長野はもう秋よ。夜は、肌寒いくらいでネ。瑠衣の大好きなとうもろこしは、そろそろおしまい。田んぼの稲穂は色づいて、「もうすぐ栗が採れるでノウ」とじいちゃんが言ってたわ。そしたら、また送るわネ。
ママのこと、あなたはきっと腹を立ててるでしょうネ。パパの宗助はあんな風にコトンと死んじゃって、ママと2人で手と手を取り合って生きて行こうと思っているのにネ。
それでネ。お星さまが言うにはネ。
さそり座のママは、今とっても寂しい時期なの。夏が終わったからネ。充電期間でなんにも手につかないのよ。
けれど、みずがめ座のあなたの季節は秋。これからだから、パワーがあるわ。
9月26日が新月だから、停滞していたこともそれからよくなっていくわ。ママは大丈夫。もう少しだけ待ってあげて。さそり座に“好転”の印が出てるから、きっと立て直せる。
まずは自分のこと、勉強に精を出しなさい。食べていかれないようなことがあれば、すぐに連絡してきなさいネ。
9月7日
サダ子ばあちゃんより”
小学3年生の夏。長野の父の実家に2週間泊まり、家の裏の川で魚を釣り、夏のとうもろこし畑の迷路を駆けまわった。
名残り惜しい気持ちを胸に東京の家に帰ってくると、瑠衣は祖母のサダ子に礼の手紙を送った。
褒めてほしくて沢山の文字を綴った。サダ子もたった1人の孫のために、懸命に返事を書いた。
”るいちゃん
お手がみありがとう。ばあちゃんも、るいちゃんとまい日あそべて楽しかったよ。来年こそ、川で魚をつりましょう。山の方に行ってみるのもいいわネ。楽しみにしています。
<9月のみずがめざ>
ラッキーカラー:ピンク
健康運:★★★★★ 勉強運:★★★★⭐︎
8月26日
サダ子ばあちゃんより”
はじめの頃、サダ子の星読みは手紙の最後のオマケみたいなものだった。小さい孫への手紙に何を書いたものか、とサダ子は頭を捻ったらしい。占いの類ならきっと若い子は皆好きだろうと考えた。
瑠衣は喜んで、またすぐ返事を書き、次の星読みをねだった。
根がマジメな人だし、文通が続くうちに、
サダ子は星や占星術について自分なりに勉強したようだ。
「いい加減なことは書けないからネ。たかが占いと思ってたけど、ちゃんとした学問なのよネ。長野という土地では昔は夜、星を眺めるくらいしかやることがなかったんだもの。腕の見せ所よォ」
そうして“お星さまが言うにはネ”と、手紙の半分を星読みがしめるようになっていった。瑠衣は祖母が語る、優しい星読みに夢中になった。
友達とケンカして謝れなかった時も、
好きな子にチョコレートをあげる勇気が出ない時も、
いつだってサダ子の星読みは、瑠衣の背中を押してくれた。
淡いしずく柄の便せんを取り出して、瑠衣は返事を書き始めた。
”ばあちゃんへ
今年の東京は、いつまでも暑いです。昼間なんかコンクリートから湯気が上がってる。長野の虫の声が恋しいよ。
ママは今朝も卵を焼いてくれなかったの!サラダもヨーグルトもなし!買ってきたパンをかじって食べました。”
ここまで書いて、ペンが進まなくなった。何をどう書けばいいんだろ。
本当は、パパのいない寂しさとか、綺麗好きだったママが毎日同じ格好でいることとか、ゴミを出し忘れることとか、もっと誰かに聞いてほしいのだ。
誰かはやっぱり、ばあちゃんしかいない。
この5年間、ずっとそうしてきたのだから。
だけど、それでいいのかな。
私のパパは、ばあちゃんの息子。息子を失ったばあちゃんに、話し続けてもいいのかな。ばあちゃんは・・・寂しくないのかな。
それは、瑠衣が初めて感じた迷いだった。
ばあちゃんは大人だし、何より星読みができるし、自分のこともきっと占うことができる。この先どうするのが一番か、よくよく分かっているだろう。私がしてあげられることなんか、ないのかも。
ぐるぐると考えて、結局「だけど、それでいいのかな」に戻ってきてしまう。思えばこれまでは、瑠衣が悩み事を書き、サダ子はそれに優しい答えをくれるばかりで、サダ子の気持ちを聞いたことはなかったのだ。
瑠衣は立ち上がって窓に寄り、カーテンをくぐって外を見た。夏のような暑さは変わらないのに、夜は驚くほど早くそこまで来ている。東のビルの合間から、真っ白なまん丸い月が昇ろうとしていた。外の空気が吸いたい。
コンビニ、いこ。
出ると、宵の南西の空に、さそり座の1等星アンタレスが微かに瞬いて沈みかけている。
みずがめ座は、南東の方向に見えるはずだけど、その辺りは、ただ紫紺の泉が広がっているだけで星はよく見えない。みずがめ座の星は暗いのだ。せいぜい3~4等星。東京の灯りや満月の輝きを前に、霞んで消えてしまう。
あぁ、お腹がすいた。
ママの卵焼きが食べたい。
コンビニのLEDライトは眩しい。店内をゆっくりまわり一つ一つカゴに入れた。
スナック菓子。
ヨーグルト。
それから、卵。
コンビニから出ると、夕闇は濃さを増し、さっきまで白かった月は黄色くなっていた。
おいしそうな満月。
そうだ、明日の朝は私がママに朝ごはんを作ってあげよう。あの月みたいに、まん丸の目玉焼き焼いてみようかな。
うぅん、今からでもいい。朝ごはんみたいな夜ごはんでもいいじゃん。
外に出ると自分でも不思議なほど、やる気が湧いてきた。サダ子の手紙に"みずがめ座の季節は秋。パワーがある"と書かれていたのを思い出す。
暗くて見えないみずがめ座は、東京の空にも確かにそこにいて、瑠衣に力をくれたのかもしれない。
夕ごはんを作って食べ終えると、気持ちが少し落ち着いた。瑠衣は手紙の続きを書いた。
いつもなら、自分のことばかり書き連ね、どうしたら自分が幸せになれるかばかり、サダ子に問うていた瑠衣の手紙。
今日はこんな風になった。
"ばあちゃん、私は星読みは出来ないけど、
なんと!
卵は自分で焼けるようになったんだ。
目玉焼きね!満月みたいにまんまるに焼けたよ。白身の端っこはビリビリにコゲちゃったし、朝ごはんみたいな晩ごはんだったけど、ママはきれいに食べてくれたんだ。
ママはずっとテレビを見てたけど、私がガチャガチャ料理を始めたら、ふらっと来てくれてね。私の初めての料理だから、赤ちゃんを見るみたいに心配そうにフライパンを見てた。おかしかったな。おいしいって言ってくれて、嬉しかったな。
ばあちゃんは、寂しくない?
私は星読みはできないけど、
お正月には必ず会いに行くからね。そしたら、ばあちゃんにも目玉焼きを焼いてあげる。
ばあちゃんには、いつまでも元気でいてほしいな。これは私の気持ち。
じいちゃんと仲良くね。栗、届くの楽しみに待っています。
瑠衣より”
いいなと思ったら応援しよう!
読んでくださり、ありがとうございます!
いただいたサポートは、次の創作のパワーにしたいと思います。