【短編小説】その箱に隠した想い(胸きゅん系)
土の匂いが、やけに懐かしかった。
中学の裏庭なんて、もう十年も来ていないのに、足を踏み入れた瞬間に胸の奥がざわついた。
「ここだよな、流星」
友人の翔太がスコップを肩に担ぎながら言う。流星は苦笑した。
「いや、覚えてねぇよ。十年前だぞ?」
「お前が一番張り切って埋めてたじゃん」
「そんなことあったっけ」
翔太は笑いながら土を掘り始めた。
その横で、流星はなんとなく胸の奥が落ち着かないのを感じていた。
――張り切っていた理由。なんだったんだろう。
思い出そうとしても、霧がかかったみたいにぼやけている。
四人で土を掘り返すと、錆びた缶が顔を出した。
「おお、あった!」
缶を開けると、湿気を吸った紙の匂いがふわっと広がる。
みんながそれぞれの手紙を読み始め、笑い声があちこちで上がった。
「俺、プロサッカー選手になってるって書いてるんだけど」
「いや無理だろ、お前中学で辞めたじゃん!」
そんな声を聞きながら、流星は自分の手紙を手に取った。
封を切る指先が、なぜか少し震えた。
――未来の俺へ。
そこまでは普通だった。でも、その次の行を見た瞬間、流星の呼吸が止まった。
――今、好きな人がいる。名前は瑠璃。
「瑠璃……!」
その名前を見た瞬間、胸の奥が熱くなった。
忘れていたはずの記憶が、急に色を取り戻していく。
小学校の教室で、隣の席になったときのこと。運動会で転んだ瑠璃に手を差し伸べたときのこと。笑うと目が細くなる顔が、やけに可愛かったこと。
全部、思い出した。
「どうした、流星?」
翔太が覗き込む。
「……見てみろよ」
手紙を見せると、友人たちは一斉に目を丸くした。
「え、瑠璃って……今の奥さんの瑠璃?」
「マジかよ!お前、昔から好きだったのか!」
「いや……覚えてなかったんだよ」
流星は苦笑した。でも、胸の奥はじんわり熱い。
「忘れてたのに……読んだら全部思い出した。俺、ずっと瑠璃が好きだったんだな」
帰りの電車の窓に映る自分の顔が、少し赤らんでいる。
手紙を何度も読み返すたびに、胸の奥がくすぐったくなる。
(十五歳の俺、こんなこと書いてたのか。)
瑠璃の名前を、こんなふうに書いたのは初めてだった。今の瑠璃に見せたら、どんな顔をするだろう。
想像しただけで、胸がざわついた。
大学で再会したときの瑠璃の笑顔が、ふっと浮かぶ。あのときも、胸が少しだけ痛かった。
(あれは、再会したからじゃなくて。ずっと好きだったから、なんだな。)
流星は、手紙を胸ポケットにそっとしまった。
******************
「ただいま」
玄関を開けると、瑠璃がキッチンから顔を出した。
「おかえり。どうだった?タイムカプセル」
「……まあ、いろいろあったよ」
「ふふ、楽しそう」
流星は手紙を取り出し、少し迷ってから差し出した。
「これ……俺の手紙」
「え、見せてくれるの?」
「うん。見てほしい」
瑠璃は驚いたように目を瞬き、そっと封を開けた。読み進めるにつれ、彼女の頬がゆっくり赤く染まっていく。
「……十五歳の流星くん、かわいいね」
「やめろよ、恥ずかしいから」
「だって……“結婚したい”って書いてある」
「……うん」
瑠璃は手紙を胸に抱きしめた。
「ねぇ、流星。私ね、小学校のころ……流星のこと、ちょっと好きだったよ」
「えっ」
「だって、いつも助けてくれたし。忘れ物したときノート貸してくれたし。 運動会で転んだとき、真っ先に来てくれたし」
瑠璃は照れたように笑った。
「でも、言えなかったの。流星、人気あったし……」
「いやいや、そんなことないって」
「あるよ。だから、大学で再会したとき……すごく嬉しかった」
流星は胸がいっぱいになった。
「俺さ……忘れてたけど、 きっとずっと瑠璃が好きだったんだと思う」
瑠璃は流星の手をそっと握った。
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その夜、雨が降り出した。ふたりは窓辺に並んで座り、静かに雨音を聞いた。
「ねぇ、流星」
「ん?」
「タイムカプセル、もう一度埋めようよ。 今度は、未来の私たちに」
流星は笑った。
「いいね。 今度は、瑠璃と一緒に」
「十五年後くらいに開けようか」
「その頃には、どうなってるかな」
「きっと……もっと仲良しだよ」
流星は瑠璃の肩を抱き寄せた。
「うん。そうだな」
雨音が優しく響く。
十五歳の恋が、時を超えて結ばれた。
そんな奇跡が、静かに夜に溶けていった。
