2026年も半分過ぎて、noteも気づけば4年半
こんにちは。すうちです。
普段はエンジニアとして働いています。
気づけば2026年も半分に差し掛かり、梅雨やその後の真夏日も気になる時期になりました。
あと私事ですが、noteを始めてもう4年半になります。
今回は、ここ最近感じたnoteネタです。
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タイトル画像:ミカさん
ここ最近の葛藤
端的に言うと、自分が自由に使える時間が減っている。
いま仕事やプライベートで向き合うことが大半を占めていて、自由な時間が全くないわけではないが、気持ち的な余裕を感じられない。
それもあって、noteを読む・書く時間はさらに減っている。
私の場合、noteを書く時間はそれなりかかる。なんだかんだで半日は必要だ。
投稿ネタの候補はあっても、いざ書くとなるとそれが重く感じられたり、そのタイミングでお題のモチベーションがわかなかったりする。
そんな時、少しでもアンテナに響いた直近の出来事や誰かに広めたいこと(映画や読書感想)であれば、書く意欲が生まれることが多い。
しかし、行き当たりばったりの結果、端から見ると一貫性が感じられないカオスな記事が並ぶことになる。
それはそれで「ガチャのようなランダム性もアリではないか」と自分に言い聞かせたり…「趣味ならば気にせず自由にやればいい」の考えもよぎるが、本当はもっと方向性を整えたい気持ちはある。
note4年継続と思う変化
昔と比べて、noteの雰囲気もだいぶ変わったと感じる。
以前は、どちらかと言えば牧歌的。本人の想いをつづった自由な投稿にあふれていた気がするが、最近は「この投稿はnoteやAIにどう評価されるのか?」といった妙な緊張感を個人的に抱いてしまう。
背景として、数年前からAIの台頭やnote収益化への方針変更が思い浮かぶ。
(本人がAIを使うか否かに関わらず、周囲の影響で)多くの投稿の質は上がったと感じるし、note自体ユーザ数が増えて、個々がピックアップされる確率は下がっていると思う。
加えてnoteは文章好きが集まるプラットフォーム感があったが、今は文章以外に画像や写真、図解などビジュアル的な工夫も必要で、よほどの有名人やインフルエンサーでない限り、文章だけで読まれる機会は少なくなった気がする。
これは読者目線で多くの投稿から読むタイパや満足度の視点で考えると、自然な流れかもしれない。
noteを辞める人・去る人
noteを続けていると、何度も遭遇する。
直近、周りでも毎日投稿していたのにパタリと辞めた方。定期的に投稿して読まれていたにも関わらず、突然アカウントを消された方がいた。
理由はそれぞれと思うが、勝手に親近感を抱いてた人であるほど気持ち的にはさびしい。
一般的にnoteを辞める理由は「読まれない」「本人のモチベーション」など聞くが、その方々は必ずしもそれに該当するとは思えなかった。
ただ、今の私であれば、別の理由も思い浮かぶ。
実生活で他にやらなければいけないことや気持ちの余裕がないと、noteどころではなくなってくる話。優先順位が下がるといってもいい。
もちろん、これはポジティブとネガティブの両面あると思う。
たとえば、note以外に本人の居場所を見つけたり、新しい仕事の広がりなどで離れるのであれば、それはnoteで書く意味をまっとうした卒業ではないだろうか。
ネガティブな面は、想像するとツラくなるのであえて書かない。
あと、少し前たまたま読んだ投稿でこんな方もいた。
既にあったnoteアカウントを削除して、新しいアカウントに転生(再始動)したそうなのだ。
「なるほど、そんな方もいるのか」という話は置いといて、一度アカウントを消された方も「どこか知らない所で書くことを続けていたらいいな…」と、ふと思った。
今回の結び
言いたかったことをまとめると、
noteの世界も色んな変化はあるが、その中で続けている人はスゴイという話。
周りでそういう方の印象(あくまでnoteの世界で見える範囲)は、書くことを楽しむ以外にコミュニケーション能力が高かったり、自分だけでなく他の人にもギブするマメな方が多い気がする。
さらに(他者評価に左右されない)本人の独自の世界観があったり、自分なりにnoteを書く意味や目標が確立している方は強いと思う。
これに類する話は長くなりそうなので、また別の機会があれば。
最後まで読んで頂き、ありがとうございました。
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