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重度うつと1000日の死闘 ③救急搬送


この記事は、壮絶なうつ体験を無料で公開しています。

 1日16時間、休憩もほとんどない新聞社デスクの仕事についに倒れた。

 完全に心が崩壊した僕は、部長席の近くのソファに寝かされていた。

 最初は泣いたり、うめいたりしていたが、15分ほど過ぎると、今度は意識がぼやけてきて、放心状態になった。

 「おい、水浦、大丈夫か」。

 僕の異変に気づいた、先輩のデスクが声をかけてきた。
 ぼんやりとその先輩の顔を見て、何か言おうとしたが、言葉が話せない。

 大丈夫です、と言おうとしたが、
「あ、う――」
 としか言葉が出ない。

「救急車呼んだほうがいいんじゃないか」。

 部長やデスク数人が集まって、そんな話になったらしい。
 僕は半分眠ったような状態で、ソファにだらんと横たわっていた。

 部長が連絡して、10分もしないうちに救急車が到着。救急隊員が、担架を抱えてオフィスに急いで入ってきたのだと言う。

 救急隊員が、僕の顔をのぞき込んで、
「名前を言ってください」

 と聞いた。

「み、み、み……」。
 水浦、と言おうとしても、言葉が出ない。

救急隊員の顔色が変わった。

即座にストレッチャーに乗せられ、救急車で病院へと搬送されることになった。

 僕自身は、自分のことなのに、ただ漫然と眺めているような感覚だった。意識はあったが、まるで他人事のように思えた。

 救急車の中では、血圧や血糖値、心電図などを計測した。

ちょうど僕が寝ている斜め上のあたりに、血圧計のメーターがあった。

 メーターはアナログ式で、最大300mmHgまで計測できた。
 ぼーっと眺めていると、血圧計の針が最大値をはるかに超え、壊れたと思うほどブルブルと大きく振動した。

 血圧計を見た救急隊員の間に、緊張感が走るのがわかった。


「俺は死ぬのかなあ」。


 と頭によぎったが、怖くはなかった。考えたり、感じたりする力がまったく無くなっていたように思う。

 会社から車で20分ほどの病院に運ばれ、僕はベッドに寝かされて点滴を受けた。 

 後からわかったが、それまでの症状から、脳梗塞の疑いが濃い、という診断だったらしい。手術の準備が進められていた。

以下、僕の経験から、自分がうつに陥らないために何をすべきだったか、考えたことをまとめてみました。似たような状況を抱えた方が、大変な苦しみを経験しないための一助になれば幸いです。ストーリー部分はまた④以降で続けて書きたいと思います。 

結論から言えば、僕は重度のうつ常態に追い込まれる前に、
「こんな異常な勤務は明らかにおかしい」
と声を上げるべきでした。

 毎日綱渡りのような締め切りとの闘いで、体も頭もフル回転で、ほぼ休憩もなく14時間、16時間働き続ける。

 いつか破綻するに決まっていました。
自分でも、疲弊していくのがわかっていて、でも、
「もう無理です」。
 の一言が言えませんでした。

 結局、僕が倒れたことで、2年後輩がそのまま僕の仕事を引き継ぎました。普段温厚で常識的だった後輩は、あまりの忙しさに、部下に怒鳴り散らしながら、目をつり上げて気が狂ったように仕事をしていました。

 結局、誰かが無理して働き過ぎれば、その仕事に関わりのある同僚や部下、おおぜいに迷惑をかけることになります。
 そして、
「あいつができるんだから、おまえもできるだろう」
と、いう論法で、過剰な負担を負わされる人も増えていきます。

 僕が倒れたのは約20年前です。後でわかったのですが、実は会社の中で、僕のように精神が病んで、休職したり、辞職したり、比較的負担の少ない部署に配置転換したり、という人は、かなり多かったのです。

特に危ないのが、
「一生懸命頑張れる」
 人なのです。

 あの人に任せておけば安心、あの仕事もやってもらおう――。上司は仕事のできる部下に、多くの仕事を任せようというバイアスが働きます。そのほうが安心だし、自分の評価も上がるからです。

 僕のように、自分の限界を超えるまで、仕事に人生をささげては絶対にいけません。

本当に死ぬほど辛い思いをします。



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