#20 神保町散歩、黒いカレーに呼ばれて
神保町は、からりと乾いた古書店街だ。同時に、カレーの聖地でもある。
神保町へはJR中央線の御茶ノ水から歩ける。都営新宿線なら神保町で降りてすぐだ。
その「すぐ」が、寄り道の言い訳になる。
この町名は、江戸時代にこの界隈に屋敷を構えた旗本・神保家に由来すると言われている。武家地だった場所が、明治以降の町の整理を経て、いまの「神田神保町」になっていく。
そして明治期以降、周辺に学校や出版社が集まり、教科書や専門書の需要が膨らむにつれて、書店・古書店が増え、「本の街」の輪郭が固まっていった。
最近、僕は医学絡みの古書を探していて、神保町の古本屋を巡っている。
特技かどうか分からないが、父も乱読家で、蔵書に旧仮名遣いのものも多かったせいで、読むのにはまったく苦労しない。古書を読み解く上では、これはだいぶ楽だ。
そして神保町には、もう一つの文化がある。スパイスだ。神保町が「カレーの街」と言われるのは、誇張じゃない。
その中でも、不思議な味のカレー屋がある。
初めて食べたときは、なんだこれは?となる。
最初の一口で「好き!」とはならない。でも、嫌いにもならない。
どちらかといえばクセの強いカレーで、気づくとそのクセだけが残る。
残ったまま、次の日にふっと思い出す。そういうタイプだ。
その店の名前は共栄堂。スマトラカレーの店だ。

共栄堂のカレーは、まず“黒さ”が目に残る。黒に近い濃褐色のソース。さらりとしているのに、味は濃い。香りと苦みと旨味が、順番にやってくる。派手に辛さで押すというより、じわじわと奥に居座るタイプだ。

僕が「不思議」と感じるのは、たぶんそこだ。
最初の一口で「好き!」とならない。むしろ少し戸惑う。苦みなのか、香りなのか、舌の奥に残る何かなのか。説明しきれない引っかかりがある。
でも、その引っかかりが、次の日にふっと蘇る。古書のタイトルみたいに。
思い出すとき、味と一緒に“出てき方”まで浮かぶ。ソースとライスが別で出てきて、こちらが少しずつかけながら食べる、あの提供スタイル。
それから、先に出てくるスープ。小さなカップで出てくるポタージュが、カレーの前にいったん舌を整えさせてくる。
さらに季節なら、追加の焼きりんご。りんごを丸ごと焼いて、生クリームをかけて食べる。カレーの黒さのあとに、甘さと酸味がすっと入ってくるのが気持ちいい。

だから神保町は、用事が終わっても散歩が終わらない。
一冊抱えて、口の奥にあの苦みを残したまま、もう少しだけ歩いてしまう。
買った本も、食べたカレーも、帰り道の電車で少しずつ馴染んでいく。
神保町は、読後感みたいな街だ。
(共栄堂への行き方メモ)
JR中央線(/総武線)御茶ノ水から徒歩。
都営新宿線 神保町A5で降りてすぐ。
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大学教員の憂鬱
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