#17 夢と現実:僕はこうして博士になった~宇宙の持ち歩きかた~
いまの自分には、けっこう満足している。
大きな不満はない。
ただ、ふとした瞬間に「宇宙」を持ち歩いている感覚がある。
望遠鏡がなくても、夜空が見えなくても。
たぶん僕は、ずっとそれを手放さずに来た。
光を拾う
3、4歳の頃にはNHKの星や惑星の話を、食い入るように見ていた。言葉の意味は分からないのに、映像だけで胸がざわつく。土星の輪、木星の縞、真っ黒な背景に浮かぶ点。点なのに、途方もなく大きい。途方もなく遠い。遠いものほど、きれいに見えた。
科学館には毎週のように通った。展示の前で立ち尽くして、係の人の話を横で聞き耳を立てて、分かったふりをして帰る。パンフレットだけは捨てられずに溜まっていく。家に帰っても、またページをめくって、何度も同じ写真を見た。あれは勉強というより、ただの反復だった。
望遠鏡で星を見て、写真を撮り始める。最初はうまくいかない。ピントが合わない。ぶれる。露出の加減が分からない。手が冷える。それでも、うまく写った一枚が出ると、うれしくなる。光を拾うという行為が、ちゃんと報われる瞬間があると知った。
高校の頃は物理が好きだった。現象を数式に置き換えられるところが、たまらなく好きだった。
地図のない進路
運命って、ときどき残酷だ。
内部進学で物理学科に決まりかけたことがある。
ところが、書類に「他に行きたい大学を書く欄」があって、そこに別の大学の学部を書いたら大問題になった。
今思えば、あれはたぶん、人生でいちばん「紙」にやられた日だ。たった一つの欄、たった数文字が人生を変える。いや、変えるというより、変える力を持つ。努力や夢よりも、手続きが人の意思を上回る瞬間がある。そこで僕は、世界の仕組みをひとつ学んだ。
それでも、星が好きで、物理が好きで、気づけば天文学を学びたくなっていた。
でも、自分の力不足もあったし、何より進路の地図を持っていなかった。だから、あの頃の僕は辿り着けなかった。
今なら思う。
別の方法で、そっちに行けた道もあった。
知らなかっただけで、道は遠くなる。
そして、その遠さに気づくのは、いつも後からだ。
まあ、単純に情報不足と要領の悪さだった。
食いっぱぐれないように、医療職の道に進んだ。
それでも、夢をしまい込むのは案外簡単だった。
ポケットのなかの宇宙
たぶん僕は、「見えないもの」を追いかける癖が直らなかった。体の中も宇宙みたいなものだと思い、免疫の研究を病理学講座ではじめ、学位を取得した。
でも、見ているうちに本当に似ている気がしてきた。目に見えないものが働いて、秩序を作り、逸脱が起き、破綻が起き、回復がある。静かな日常の裏側で、ものすごい速度で判断と反応が繰り返されている。
でも、どちらも「まだわからない」が残る。
望遠鏡は顕微鏡に変わった。
遠い光の代わりに、染色の濃淡を読むようになった。
星雲ではなく、細胞の集合に宇宙を見る。
結局僕は、見えないものを見えるようにする仕事を選んだだけなのかもしれない。
いまでも星は好きだ。たまに写真も撮る。
夢は叶わないことが多いのかもしれない。
けれど、叶わなかった夢が人生のどこかを支えていることもある。
僕は天文学の世界に行けなかった。だから、宇宙を持ち歩くことにした。
ポケットに入るサイズに折りたたんで、今日もどこかで、こっそり広げている。
あなたは、何を“持ち歩いて”生きてる?
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