最高 の 強さ
頑張ることだけが「強さ」ではないんじゃないか。
そう思うようになったのは、つい最近のことだ。
幼い頃から、僕の周りには「大丈夫、平気だよ」と笑いながら言う大人が本当に多かった。
さっきまで苦しい表情をしていたはずなのに。
そういう言葉を口にするときの彼らは、少しだけ背筋を伸ばして、いつも無理して笑顔を作る。
そんな彼らはいつだって、心をどこかに押し込んで
必死に踏ん張っているように、僕には見えてた。
かく言う僕も、今や立派な、その一人だ……。
子どもの頃からずっと「頑張れ」「男だろ」「泣くな」と言われ続け、気付けばいつの間にか「本音より先に強がりを出す」のが癖になってた。
苦しいときに踏ん張れる人は、確かに強い。
全力で立ち向かう姿は、いつ見てもかっこいい。
でも最近、ようやく気付いたことがある。
それは、人には、
助けてと言える強さも、あるってこと。
僕にとってこの言葉ほど、
口にするのに勇気がいる言葉はなかった。
弱さを見せることへの恐怖、
人に頼ることへの不甲斐なさ、
相手に迷惑をかけるんじゃないかという罪悪感。
そんな気持ちが幾重にも重なり合って、喉に鉄扉を付けたみたいに、言葉が詰まって出なくなる。
それでもきっと「助けて」と言えた瞬間に、
世界が少しだけ変わることを、
今の僕は知ったから——。
◆◆◆
数日前、学校の帰り道に友人から LINE が来た。
中学時代の親友で、弱音なんて
絶対に吐かないと思っていた奴からだった。
「俺、もう無理かもしれない」
その一文を見たとき、胸の奥がぎゅっと痛んだ。
だけど同時に、強いと思っていた奴が、勇気を振り絞って頼ってきてくれた。その事実が、意外にも僕は嬉しかった。
涙を流して話す親友の声を聞きながら、
僕はそんな彼に「弱さ」を感じないばかりか「強さ」すら感じてしまっていた。
だって、頑張ることと同じくらい、
いいや、或いはそれ以上に、
助けを呼ぶにはエネルギーがいるから。
そのエネルギーは決して「弱さ」からくるものではないし、寧ろ、僕みたいに苦しいのに笑って痩せ我慢し続けるより、よっぽど人間らしくて、確かな強さだと思ったから。
だから、彼と話をしてから、僕は最近少しだけ、考え方を変えてみることにした。
頼るのは、相手を信じている証だ。
だからこそ、泣きながら笑ったり、黙ったまま寄り添ったり、言葉にならない気持ちを共有したり。
その瞬間にだけ流れる特別な時間が、確かにあのとき、僕らの間にはあったんだと思う。
そういう時間と気持ちを、
僕はこれから、ちゃんと大事にしていきたい。
勘違いしてほしくないのだけれど、
強がってばかりの人生が、
全部が全部、悪いと言いたい訳じゃない。
やっぱり僕は男だから、そんなツッパった生き方に憧れてしまう部分もあるし、強がるべき瞬間が、人生にはあると今でも思ってる。
だけど、誰かに頼りながら歩む人生も、きっと悪くないと、そう思えるようになったんだ。
どちらの道を選んだとしても、
きっと、前に進むことには変わりないから。
立ち止まり、息を吐き、
誰かに寄りかかったとしても、
それは後退なんかじゃない。
寧ろ、そんな時間があるからこそ、
また歩き出せる瞬間がある。
だから、頼る日だって、あっていいんだ。
もし明日、あなたの胸が苦しいのなら、
誰かにこう言ってみればいい。
「ねぇ、ちょっと話を聞いて」
もし明日、朝日が昇るのが怖いのなら、
誰かにこう呟いてみればいい。
「ねぇ、一緒に行ってくれない?」
それは、弱音でも、泣き言でもない。
前へ進むための、大切な言葉。
さぁ、行こう。
弱さを連れたままでいい。
強がりも、情けなさも、すべて抱えたままでいい。
誰かに頼りながらでも、
自分の足で前に進む僕らは、
きっと誰より「強い」のだから。
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