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ビビりが『富江』を読んでみた

「ホラー小説書いてるんでしょ?」

「うん、そうだよ」

「それなら参考になるし『富江』読んでみたら?」


どうもみなさん、こんにちは。
冒頭の会話にもあります通り、友人に『富江』というホラー漫画を勧められて、誤魔化せないレベルで顔が引き攣ってしまった男・佐合こうです。

なにせ私は昔から、
ホラー物が大の苦手でありまして。

お化け屋敷なんて絶対に入らないし、
子供の頃なんて、ホラー映画の予告ムービーを見ただけで、夜眠れなくなるほどの超絶ビビりでした。

だったらなんで、
ホラー小説なんて書いてるの?って
話なのですが。

いやはや実を言いますと、
先日まで続けていた「恩返しの感想記事」を経て、
ちょっとした心境の変化が私の中でありまして。

苦手なものからは逃げる、避ける、まぬかれる——。
これでは書き手として、
成長することが難しいのではないか、と。

期せず、今まで読んでこなかったジャンルに触れる機会となった「感想記事の執筆」は、私の狭すぎる世界観を、ほんの少しだけ広げる「気付き」となってくれたのです。

恩返しするつもりだったのに、
それ以上の「素敵なきっかけ」を得られて、
なんだかちょっぴり得した気分!笑(スイマセン)

とまぁ、そんな流れがあっての今回。

これもきっと「世界を広げる」きっかけだ!

そう自分を励ましつつ、
内心マジでビビり倒しながら、
背筋をピンと伸ばして『富江』の表紙を
そろりそろりと静かに開いて…み…た…ら……。


な、な、なんと
そこに描かれていたのは……。


う、美しい…


自分でもね、まさかでしたよ。

よもや怖がるどころか、
ページを捲る手が止まらなくなるだなんて。

私は元来、美しいものが
大好きな人間なのですが。

きっと『富江』に関しては「怖い」よりも「美しい」という感情のほうが勝ってしまった結果、その世界観に、あれよあれよと魅せられてしまったのだと思います。




伊藤潤二さんの代表作である『富江』。

大雑把な説明になりますが、
ざっくり言えば『富江』とは、
美少女である富江とみえが、なぜか人々を狂わせ、
愛され、殺され、そしてなぜか幾度となく蘇る。

しかも1人が2人に、やがて2人が8人にへと、
彼女が切り刻まれて殺されるたびに、
富江は富江として、分裂して増えていくという
なんとも不可思議な怪異譚です。

1話の冒頭から、
まさに衝撃的な展開の連続でありまして…。

富江を殺した翌日、
死んだはずの富江が、
なんと学校へと登校してくるのです。

「本当に……富江か……?」

殺した生徒たちと、殺された富江が、
同じ教室にいるという異質さ。

読んでいる私まで教室の席に座って
ガタガタと震えているような気持ちになりつつ、
読者として「この先どうなるの?」という思いが、
恐怖に震える私を、ずるずる…ずるずる…と、
この世界の深みへと引き摺り込んでいきました。


自分のではなく、
「ご」自分のという言い回しが富江の魅力っ!


私が『富江』を読み進めていくなかで、
徐々に印象として強く残りだしたのが、
富江が言い放つ数々のセリフたちでした。

「私って、誰よりも美しいでしょう?」

彼女は自分の美に絶対の自信を持ち、
そして、その自信を隠そうともしません。

普通なら反感を買うような傲慢さであるのに、
なぜか彼女が言うと説得力(と少しの愛嬌)があり、
作中のキャラだけでなく、読者である私までもが、
どんどんと彼女の魅力に
惹き摺り込まれてしまっていました。


ぎ、義務なの!?
そしてなんだこの強烈な説得力は⁉


そして『富江』の作中には、
富江がバラバラにされて、その肉片たちが新しい
富江となって蘇るシーンが多々あるのですが。

本来であれば、目を背けたくなるような
残酷描写であるはずの「そこ」に、
伊藤潤二さんの細やかな筆致によって、
どこか神話的な「神秘性」が付加されていて——。

どうして私は、こんな奇怪じみた存在に魅せられてしまっているのか?という問いの答えが、
きっと「そこ」にある気がして、数十分もかけて、そのコマをつぶさに観察したりもしました。


海岸で蘇る富江
何度見ても不思議な神秘性を感じます


【漫画って文字と絵のどっちを多く見る?】
ちょっとした疑問なのですが、皆さんは漫画を読むときに「文字を読む時間」と「絵を見る時間」のどちらが多いですか?
私は大体「文字2割:絵8割」くらいで読んでいる感じです。たぶんキャラの顔→背景→吹き出しの順番で視線を動かしているからだと思います。

佐合の素朴な疑問より




ホラーは読者を恐れさせるもの。
心臓を恐怖で鷲づかみにするもの——。

そんな固定概念が
私の中には強く存在していました。

しかし『富江』は、それだけじゃない。

恐怖と美を同じ器に注いで、
ゆっくりとかき混ぜた結果、
より深く心に残る物語へと昇華されたイメージ
と、でも言いますか。

人が富江に惹かれ、憎み、狂っていく。
そんな様子を読み続けているうちに、私は寧ろ「怖い」よりも「なぜ彼女から目が離せないのか」という問いが先立つようになっていました。

そしてその問いが、読者と物語を
最後まで引っ張っていく引力となる。

まさにこれこそ
自作に活かせる大きなヒント!

ただギャーッと驚かしたり、
単純な愛憎を描くことだけが
恐怖の演出ではない。

この殺人鬼は、なぜこんなにも魅力的なのか?
この不穏さは、なぜこんなにも美しいのか?

そういったある種の
アンビバレンスとした感情を物語に仕込めたら、
読後の余韻がまったく違うはず。

ナイフのような鋭さと
舞い散る花びらような静けさ。

ひと息に刺しながら、じわりと浸食し、
じわりと浸食しながら、ひと息に刺す。

これぞまさに自作に取り入れたい感覚であり、
進むべき指針だと直感いたしました。

まぁきっと、そのバランス感覚を掴むまでが
めちゃくちゃ難しいんでしょうけどね…。

その「アンビバレンス感覚」を掴むまでは、
脳内に浸食した富江に
きっと私は罵倒され続けるのでしょう!


でも、そんな試行錯誤の日々こそが
最っっっっっ高に楽しいんですけどね!!!




最後に、私の感想はこうです。

ホラーが苦手な人にこそ『富江』を読んでほしい!

もちろんゾワゾワするシーンはあります。
でもそれ以上に、ゾッとするほどの美が『富江』のなかには溢れています。

きっと怖い話は全部NG!と思っている人ほど、
この「美と不気味のバランス」に、魅了されるのではないでしょうか。

ぜひ機会があられましたら、
皆さんも一度読んでみられてみてください!
本当にマジで面白いですよ!


伊藤潤二さんの画風を研究しながら、
富江を描いてみました。
めずらしく色相も調整してみました。


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