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どうして教師を退職したのか【2】


身体は不調を訴えていた

次から次へと溢れ出てくるアイデアを形にするのが楽しくて、寝る間も惜しんで働き続けていた6年間。
若さにかまけて食事も睡眠もロクに取っていなかったにも関わらず、特に体調の変化もなく、私は毎日楽しく仕事をこなしていました。

「佐合先生、ちょっと顔色悪くない?」

ある日、担任していた生徒からそんなことを言われました。
私には不調の自覚がなかったので、そのときは「そうかな?」くらいの軽い気持ちで流したのですが、不思議なことに、私の顔色を心配する声はその後もどんどん増え続け、終いには校長先生からも「どこか具合が悪いのか?」と、声を掛けられるほどになっていました。

「ん~、そんなこと言われても元気だからなぁ…」

そんな周囲からの心配に当惑していた私が、自分の体調について初めて疑念を抱いたのは、運転免許証を更新するさいに撮影された自分の顔写真が、あまりにも窶れていたのがきっかけでした。

不調かもしれないと気付き始めた32歳の頃


そして退職を決意した

それから私は、先ずはしっかりとした睡眠時間を確保しようと思い至り、出来るだけ深夜1時までには布団に入るよう心掛けました。
しかし、どうしたことか。
寝よう、寝ようと思っているのに、何故かどうしても眠れませんでした。

脳が常に覚醒しているような、そんな感覚。
寝たいと思っているのに眠れない夜の時間は、ゾッとするほど永く感じました。次の日も、そのまた次の日も――。
やがてそれは私の中で徐々にストレスとして溜まっていきました。いっそ寝ることを諦めて一晩中仕事を続けたりもしましたが、その結果、身体は加速度的に窶れ細っていき、やはり眠らなければと決意するも、やはりどうしても眠れない…。
そんな地獄のような夜を、かれこれ半年ほど繰り返しました。

やがてそれは、日常の授業や部活動指導にも影響を及ぼすようになりました。質の低下。言葉がパッと出てこない。強烈な目眩の頻発。
周りの生徒や先生たちは、体調の心配こそすれ、私を気遣って「あなたのパフォーマンスが低下している」といった旨の言葉は決して私に言ってきませんでした。
しかし他でもない私自身が、嫌になるほどそれを自覚していました。このままではいけない。たくさんの人に迷惑をかけてしまっている。なにより、こんな中途半端なパフォーマンスしか発揮できない人間が、生徒たちの貴重な時間を奪ってはいけない。

そうして私は(過去の経験から若干トラウマにもなっている)病院に行き、そこで自分の現状を知ることになりました。
曰くそれは、「6年間にも及ぶ不眠不休の生活によって、あなたの脳は、常に覚醒しているという異常な状態になっている」というものでした。

このままでは心身が危ないということで、睡眠薬、精神安定剤などの服用が始まりました。それによって学校は休職することになり、自宅療養を初めて――そして今。

結果から言えば、今現在に至るまで、私の体調が完全に快復することはなく、復職する道もありましたが、「こんな中途半端な脳と体力しかない私が教壇に立つべきではない」と自己判断し、辞表を提出するに至りました。

今はただ、後悔と無念が、胸を満たしています。
好きだったので。教師という仕事が。

だけどそれでも、この決断を意味のあるものにするために、これからも私は私なりに新たな道で頑張っていこうと思っています。
いつかまたどこかで偶然出会った教え子たちに「今、俺は――を頑張っているよ」と、胸を張って言えるように。

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