レシートに「好感度」が印字されるコンビニに通い続けた記録│シロクマ文芸部
レシートの好感度
レシートは情報が詰まっている。
日付、時刻、品名、単価、点数、合計、お預かり、お釣り。
たった一枚の薄い紙に、その瞬間の取引がまるごと封じ込められている。
わたしはいつも、財布に仕舞う前にちゃんと読む。
読む、というより確認する。
でも最近は、確認というより、楽しみになっている。
理由は単純で、わたしの行きつけのコンビニのレシートには、ポイントではなく「好感度」が印字されるからだ。
最初に気がついたのは、三ヶ月ほど前のことだった。
いつものようにコンビニの袋を提げて帰り道を歩きながらレシートを眺めていると、下の方に見慣れない一行があった。
好感度 +3 計 3
は?
立ち止まって、二度見した。
三度見もした。
ポイント欄のはずの場所に、どう読んでも「好感度」と書いてある。
数字は3。
加算は+3。
翌日また行って買って、帰ってレシートを確認した。
好感度 +2 計 5
翌々日。
好感度 +4 計 9
疑いようがなかった。
何かが、確実に、わたしに対して、加算されている。
問題は、この好感度が誰のものなのか、ということだ。
コンビニ側のシステムが勝手に弾いているのか。
それとも、店員個人の——。
ここで思い浮かぶのが、例の人だった。
水野さん、とわたしは心の中で呼んでいる。
本名は知らない。
週の半分くらいのシフトで入っているらしく、背が高くて、声が低くて、レジ打ちがやたら丁寧な、あの人だ。
イケメンという言葉をあまり使わないわたしでも、さすがに認めざるを得ないくらいには、整っている。
顎のラインとか、睫毛とか、そういうところが。
水野さんのレジに当たった日は、なんとなく+3とか+4とか多い気がする。
気のせいかもしれない。
でも気のせいじゃないかもしれない。
それからわたしの通い方が変わった。
以前は週三回、必要なものがあるときだけ寄っていた。
今は毎日行く。
買うものがなくても、ガム一枚とか、缶コーヒー一本とか(飲まないけど買って職場に置いておく)、とにかく理由を作って立ち寄るようになった。
水野さんのレジを狙うのは露骨すぎる気がして、並んでいる列に素直に従う。
でも水野さんのレジが空いていると、ちょっと足が向く。
ちょっと、だけ。
好感度は順調に上がり続けた。
20、31、45、58、67。
70を超えたあたりで、本格的に考え始めた。
上限ってあるんだろうか。
あるとしたら100?
ゲームとかってだいたい100じゃん。
100になったら、何かが起きるんだろうか。
エンディング、とわたしは心の中で呼ぶようにした。
好感度100エンディング。
80を越えた頃から、水野さんの方でも何か変化があった気がした。
「いつもありがとうございます」と言われた。
リピーターへの常套句といえばそれまでだけど、目を見て言ってくれた。
ちゃんと、わたしの目を。
85の日、「今日寒いですよね」と言われた。
90の日、お釣りを渡すときに指がちょっと触れた。
わたしは三秒くらい呼吸を忘れた。
そして好感度が99になった夜。
わたしはベッドの中で、天井を眺めながら、盛大に妄想していた。
明日行ったら100になる。
ゲームで言えば完全攻略、カンストだ。
そしたら普通、何かあるんじゃないか。
告白、とまでは言わない。
でも例えば、「少しだけ時間ありますか」とか「実はずっと気になっていた人がいて」みたいな、そういう、フラグが立つみたいな何かが。
いや落ち着け。
落ち着いてない。
水野さんがレジを閉めてわたしを呼び止めるシーンが浮かんだ。
「お客さん、ちょっといいですか」みたいなやつ。
そこでわたしが「え、わたしですか?」って振り返るやつ。
閉店後の駐車場で並んで立って、自販機の光だけが灯ってるやつ。
水野さんが少し迷ってから、「前から言おうと思ってたんですけど」って切り出すやつ。
いや待って、駐車場より店内の方がリアルじゃない?
閉店作業してる水野さんがモップ持ったまま「あの、今日シフト終わりなんですけど」とかの方が、かえってリアリティあるな。
モップは邪魔か。
モップは置いてほしい。
でもモップ持ったまま告白してきたらそれはそれでエモいかもしれない。
「わたしでいいんですか」
声に出しそうになって、口を閉じた。
よくない。
よくない。
冷静になれ。
好感度はただの数字かもしれない。
システムの誤作動かもしれない。
水野さんはわたしのことを「よく来る客」くらいにしか思ってないかもしれない。
接客が丁寧なのは、そういう人なだけかもしれない。
指が触れたのは本当にただの偶然かもしれない。
わたしはまんじりともしないまま、二時間以上天井を見続けた。
翌日。
仕事が終わらない。
十八時に上がれるはずが、急ぎの修正が入って十九時になった。
早く行かなきゃという焦りが裏目に出て、余計にミスが出た。
二十時前にようやく解放されて、小走りでコンビニに向かった。
化粧を直す余裕はなかった。
歩きながら、もし水野さんがいたら何を買おうと考えた。
サラダチキンは無難すぎる。
でも気取ったものを買うのも変だ。
いつも通りがいい。
いつも通りに振る舞えれば、それが一番自然だ。
いつも通りって何だっけ。
自動ドアが開く。
蛍光灯の白さ。
冷えた空気。
陳列棚を抜けて、とりあえずサラダチキンを手に取る。
いつも通りだ。
無難で結構。
レジへ。
水野さんのレジは、空いていた。
今日ばかりは列を無視して、そこへ向かった。
心臓が少しだけ、うるさかった。
「いらっしゃいませ」
低くて、穏やかで、いつもと変わらない声。
「……こんばんは」
「一点でよろしいですか」
「あ、はい」
バーコードを読み取る音。
ピッ。
三秒の沈黙。
水野さんが、手を止めた。
「……あの」
心臓が跳ねた。
「少し、いいですか」
声のトーンが、違う。
「いらっしゃいませ」でも「二百六十円になります」でもない。
もっと、個人的な声。
昨夜ベッドの中で何度も再生した、あの声に、似ている。
「実は、ずっと言えなかったんですけど」
やっぱり。
やっぱりそうだったんだ。
三ヶ月、毎日通ったのも、水野さんのレジに並んだのも、飲みもしない缶コーヒーを買い続けたのも、全部、届いていたんだ。
モップは現実にはなかったけど、でも気持ちは通じていたんだ。
好感度って、本当に好感度だったんだ。
走馬灯が流れた。
駐車場とか、自販機の光とか、「わたしでいいんですか」とか。
全部。
水野さんが口を開く。
「お客様の好感度、ちょうど100に——」
あ。
「——なりまして」
あ、あ。
「コーヒー一杯、無料になるんですよ。ずっとお伝えするタイミングがなくて」
水野さんは少し照れたように笑った。レシートを差し出しながら。
「よかったら、いかがですか」
普通のポイントと同じじゃねぇか!!!!!
しかも「実はずっと言えなかった」を、コーヒーに使いやがった。
三ヶ月分の走馬灯を、アメリカン一杯で流しやがった。
モップのくだりまで脳内で用意してたのに。
カップを受け取って、夜道を歩いた。
飲めないコーヒーが、手の中でじわじわと温かかった。
悔しいとか、恥ずかしいとか、そういうのより先に、なんかちょっと、笑えてきた。
ポイント100で無料コーヒー一杯。
どこのコンビニでもやっている。
レシートは情報が詰まっている。
わたしの三ヶ月分の淡い期待も、ちゃんと、封じ込められていた。
