仕方なくおっぱいの話をするから、聞きたくないやつは帰れ
おっぱいの話をします
今からおっぱいの話をさせてもらう。
やめろと言っても無駄だ。
もう決まっている。
嫌なら即刻帰れ。
帰ってママのおっぱいでも吸っていろ。
英語圏のおっぱい事情
バストサイズというものがある。
「俺たちの大好きなおっぱいを数字と記号で管理するんじゃねぇ!」と俺は思うが、世の中にブラジャーというものがある限り致し方ない。
人類はおっぱいを計量し続ける。
やめない。
永遠に。
そんな計量文化の中で、英語圏にはサイズごとに適した褒め言葉があるらしい。
「A」angel!(エンジェル!)
「B」beautiful!(ビューティフル!)
「C」cute!(キュート!)
「D」delicious!(デリシャス!)
「E」excellent!(エクセレント!)
「F」fantastic!(ファンタスティック!)
「G」great!(グレート!)
「H」hallelujah!(ハレルヤ!)
いかにもレディファーストの欧米文化らしい褒めっぷりだ。
素晴らしい。
全員褒めている。
誰も傷つけていない。
成熟した文明の香りがする。
ただ一点だけ言わせてくれ。
「Delicious」だ。
これについてはこの場を借りて全人類に向けて断言させてもらう。
おっぱいの味はサイズによって変動しない。
AカップもHカップもdeliciousだ。
これは科学的事実だ。
俺が今決めた。
日本人よ、おっぱいに向き合え
対して我々日本人はどうだ。
「おっぱい」と言うだけで「お、お、お、おっぱい……」と照れあがり、「いっぱいの『い』を『お』に変えたらどうなる?」などというひっかけ問題が小学生の間で今も跋扈するくらいには、おっぱいへの敬意を忘れている。
Aカップを褒める男なんてほぼいないだろ。
由々しきことだ。
日本語は美しいとのたまいながら、それをおっぱいのために正しく使っている人間がどれほどいる?
いや、いない。
ちなみにこれは反語という日本語の美しき表現だ。
おっぱいの話で反語を使ったのは日本誕生以来おそらく俺が初めてだと思う。
ということで腹を括ることにした。
考えたぞ、文学版を。
これは倒置法だ。
美しい。
おっぱいと倒置法を同じ文章に詰め込んだのも神武生誕以来おそらく俺が初めてだと思う。
文学版バスト表(A〜H)
「A」朝露が綺麗ですね
「B」美妙巧緻なるものを、今宵初めて知りました
「C」千代に愛でていきたいと思います
「D」泥中の蓮の如し
「E」永久の調べのようなその存在
「F」俯瞰すればなお尊し
「G」厳然たる佇まいだ
「H」花の色は移りにけるな
どうだ。
我ながら普通に良すぎる。
Bで四字熟語を持ち出した時点でこちらの本気度は伝わるだろう。
Cの「千代」とは千年のことだ。
来世も愛でる気でいる。
転生先でも継続する気でいる。
人間の寿命も転生の保証も何も考えていない。
Dの「泥中の蓮」はサイズ感と気品を同時に表現できた最適解だったと思っている。
Hは小野小町から引いた。
「花の色は移りにけりな」——結局、花は美しい。
それだけだ。
シンプルに花は美しい。
ただ一点だけ言わせてくれ。
Eで既に語彙が抽象化の方向へ向かっている。
「永久の調べ」とはなんだ。
音楽か?
Eカップを前にして音楽が聞こえ始めている。
この先が非常に不安だ。
文学版バスト表(I〜P)
「I」いとど深まりゆく秋の如し
「J」叙情の極致にあります
「K」懸想せずにはいられません
「L」凛として瑞々しい
「M」瞑目して拝みたいものだ
「N」凪のように穏やかである
「O」王道の風格を纏っています
「P」ぱっと春の陽だまりが生まれたようです
不安は的中した。
「叙情の極致にあります」とはなんだ。
解説することがない。
叙情の極致だからだ。
Mに至っては瞑目して拝んでいる。
もはや信仰だ。
文学と宗教の境界線がどこかで消えた。
消えた瞬間に気づかなかった。
そして特に注目してほしいのはPだ。
「ぱっと春の陽だまりが生まれたようです」。
これは俺の語彙が崩壊したのではなく、日本語の問題だ。
平安以降、日本語においてぱ行はオノマトペにしか存在しない。
つまり文学的アプローチで日本語に頼る以上、Pはこうなってしまう。
俺のせいじゃない。
日本語がそうなっている。
俺はただの被害者だ。
どうでもいいが「懸想」という言葉は個人的にめちゃくちゃ好きだ。
知らない人に説明すると「恋い慕う」みたいな意味なのだが、「恋」という字を使わないことで逆説的にロマンチックになっている。
俺がこの言葉を知ったのは大島渚の『御法度』だが、あの作品は……まぁ、今日はいいか。
おっぱいの話をしているので。
あの作品は男しか出てこない。
文学版バスト表(Q〜Z)
「Q」くわっと眼が開かれるようです
「R」玲瓏たる輝きを放っています
「S」清爽な風が吹き抜けるようです
「T」滾る思いを抑えきれません
「U」泡沫の夢か現か
「V」美の極致、ここに極まれり
「W」吾輩は虜である
「X」奇しき縁に震えております
「Y」幽玄なる奥行に魂が吸い込まれそうです
「Z」是か非か、問うことすら野暮というもの
Qがやはり一、二を争うほど難しかった。
結局また擬音にしたが、これ以外の選択肢が日本語に存在しなかった。
眼がくわっと開かれる以外にQカップへの反応を言語化する術が人類にない。
というかQから始まる言葉は日本語に存在しない。
これも俺の問題ではなく日本語の問題だ。
Pに続いてまた日本語のせいにしている。
日本語が悪い。
1300年の歴史を誇る言語がQカップの前で膝をついている。
Wの「吾輩は虜である」。
実はこのバスト表、最初から漱石っぽくやろうと思って始めたものだ。
結果として漱石の書き出しを逆手に取ることになった。
漱石も予想していなかった使われ方をしていると思うが、文学というのは引用される側が想定しない場所で生き続けるものだ。
そういうことにしておく。
漱石に謝る気はない。
Zは「是か非か問うことすら野暮というもの」で締めた。
問うな。
ただ受け入れろ。
それだけのことだ。
思うにおっぱいとは母性、ひいては受容そのものだ。
おっぱいが俺たちを受け入れてくれる限り、俺たちが是非を問うのは粋じゃない。
哲学だ。
おっぱいが俺に哲学を教えた。
神は死んだがおっぱいは生きている。
Zまで来てわかったことがある。
文学の言葉というのは突き詰めると全部これに使えるようにできている。
千年かけて磨かれた言語とはそういうものだ。
英語でハレルヤと叫ぶより「花の色は移りにけるな」と言った方が絶対にいい。
これは俺の確信だ。
建前はここに終わる
なぜ突然おっぱいの話を始めたのかというと、zarinamo氏というフォロー数1桁なのにフォロワー500人以上もいるおもしろエッセイストに「お前も書け」と言われたからだ。
フォロー1桁というのは単純にすごい。
好奇心を完全に殺している。
悟りを開いた人間か、もしくは世界に1ミリも興味がない人間かのどちらかだが、あれだけ面白い文章を書く人間なので前者だと思っている。
悟りを開いていてもおっぱいはみんな好き、という知見を得た。
というわけで、基本的にはzarinamo氏がおっぱいの話をしていたことが全て悪い。
俺はおっぱいの話なんてしたくなかった。
いつも通り紅茶の話とか、季節の花の話とか、もっと上品な話をするつもりで今日もnoteを開いたのだ。
zarinamo氏の記事はこちらだ。ぜひ読んでほしい。
この記事で、zarinamo氏は日本男児の言葉としてAカップへの褒めを「愛してる!」で表した。
美しい。
直球だ。
シンプルに最強だ。
しかしここで思い出してほしい。
夏目漱石が言ったのか言っていないのか誰も確かめられない、あの有名なエピソードを。
「I love you=愛してる」という翻訳を彼は良しとしなかった。
「日本人はそんなことを言わない。『月が綺麗ですね』とでもしておきなさい」と言ったとされるのが通説だ。
本当に言ったかどうかは誰も知らない。
漱石本人にしか分からないし、漱石はもう死んでいる。
俺はそれになぞらえて、「日本男児を標榜するなら『愛してる』だと漱石が怒る。『朝露が綺麗ですね』とでもしておきなさい」とコメントを残した。
喧嘩である。
死んでいる漱石を盾にしてzarinamo氏に喧嘩を売った。
そうして俺は文学版おっぱい表を任される運びとなった。
死んだ漱石のせいで俺はおっぱい表を書くことになった。
漱石にもzarinamo氏にも謝る気はない。
だが言わせてもらいたい。
俺は文学に詳しくない。
それどころか本を全く読まない。
よく「漫画だって活字だ」と言い訳するガキがいるが、俺は漫画すらあまり読まない。
最後に読んだ文庫本は2017年頃まで遡る気がする。
しかも内容は覚えていないのにその本を飛行機の中に忘れたことだけは覚えている。
何を読んでいたのか分からないが、空の上に置いてきた。
本よりも機内食の方が重要だったのだろう。
当時の俺を責める気にはなれない。
なので、俺の文章が上手く語彙力と比喩が豊富なのは、たまたま俺が超絶怒涛の大天才だったからであって、文学は全く関係していない。
以上がzarinamo氏への義理だ。
下手なコメントをしてしまったケジメである。
何が言いたいかと言うと、本来の俺にもやらせてくれ、ということだ英語版、zarinamo氏大和版、文学版が出揃った。
ここからはサバチー版タイムだ。
サバチー版バスト表(A〜H)
「A」有り得ないくらい好き!!!その慎ましやかな起伏に宇宙の真理を、削ぎ落とされた純白の平原に永遠の美学を感じる!!!指先でなぞるたび、存在しないはずの重力に魂ごと吸い込まれて狂いそう!!!
「B」ビーチクが際立っていいよねぇ……
「C」乳首とのバランスが美しい!!!
「D」でっかくて好き!
「E」エロいねぇ……
「F」富士山じゃねぇんだからよ!!!
「G」ギリギリだよ、これ
「H」Hだねぇ……
どうだ。
でっかくて好き、が清々しいだろう。
泥中の蓮と言っていた男が「でっかくて好き!」と言っている。
そもそも今時代Dでちゃんとでっかいと言える男は男らしすぎる。
これが人間だ。
文学は外面で、本能は内面だ。
俺は正直だ。
BとCは乳首への言及が続いている。
連続している。
BがビーチクでCも乳首だ。
D以降はでっかさとエロさに気を取られて乳首のことを忘れている。
BとCの間だけ、俺の中で何かが起きていた。
Fで富士山を持ち出してしまった。
「富士山じゃねぇんだからよ」というのはつまり富士山みたいだということだ。
日本人として最大の賛辞である。
富士山は日本一であり世界遺産だ。
Fカップは世界遺産だ。
サバチー版バスト表(I〜P)
「I」癒されぅ〜
「J」承太郎だってテンション上がっちゃうよ
「K」噛みつきたい!!!
「L」ルイ・ヴィトンより価値がある!
「M」揉み揉みしたい!!!
「N」ん〜〜〜、素晴らしい……
「O」おっぱい・オブ・ジ・おっぱい!!!
「P」ぷるんぷるんのぱいぱいだね!
承太郎が出てきた。
知らない人に説明すると、承太郎というのは砂漠でも学ランと学帽を脱がない190cmくらいの筋骨隆々で無口な高校生だ。
基本的にしゃべらない。
「やれやれだぜ」くらいしか言わない。
そんな男がテンションを上げるということは、スタープラチナも笑顔で動くということだ。
オラオラが始まる。
Jカップにオラオラされるのがどういうことなのか、俺には想像もつかない。
今更気がつくことでもないが、サバチー版は理屈がなさすぎる。
Kで噛みつきたいと言っている。
揉み揉みしたいはまだしも、噛んじゃダメだろ。
おっぱいはデリケートなんだ。
「ん〜〜〜」ってなんだよ。マンダムかよ。
これに関しては俺の問題だ。
日本語のせいにできない。
Pで「ぱいぱい」と言っている。
文学版でぱ行は日本語においてオノマトペにしか存在しないと知的に解説した男が「ぱいぱい」と言っている。
一周した結果だ。
これを成長と呼ぶかどうかは読者に委ねる。
Oは「おっぱい・オブ・ジ・おっぱい」だ。
これ以上の解説はない。
おっぱいの中のおっぱい、最上位のおっぱいという意味であることはわかる。
わかるが、それ以上の説明が俺にもできない。
サバチー版バスト表(Q〜Z)
「Q」QuizKnockに取り上げられるレベルだよ!
「R」楽園の使者か?
「S」セッ〇スすぎるよ!!!
「T」手じゃもう持ち上げらんないね!
「U」美しき哉、おっぱい!!!
「V」バキュームしがいのある乳輪ですね!
「W」ワールドカップ!!!これが本当の!!!
「X」xxx!xxx!xxx!?
「Y」揺れってレベルじゃねぇよ!
「Z」ゾウだね、もう!
QuizKnockが出てきた。
知識集団だ。
学術的なアプローチだ。
Qカップは学問の領域に突入するということだ。
少なくとも伊沢拓司はQカップだって好きだと思う。
彼はエロゲが大好きだし、体を鍛えている肉体派だから。
ふくらPのPはPカップのPなのでQカップには興味がないと思われる。
VでAからZの間で初めて乳輪が登場する。
「バキュームしがいのある乳輪」だ。
Vカップになると乳輪が視野に入ってくるということだ。
今まで見えていなかったものが見えてくる。
Vというとあまりに現実味がなく実感が湧かないと思うが、思うにVカップの乳輪はたこせん程度に達していると思われる。
Xの「xxx!xxx!xxx!?」はもはや言語ではない。
エッチな隠語がxxxであることは何となく知っているが、英語は全てXVideosとPornhubで学んだので間違っていたら申し訳ない。
義務教育ではなくそっちで学んだ。
文部科学省に報告する必要はない。
最後は「ゾウだね、もう」で締めた。
「もう」という二文字の重さを感じてくれ。もはや人間スケールではない。
哺乳類として乳を持つ動物の最大級に達した、という端的な賛辞だ。
ゾウは賢くて家族思いで記憶力が高い。
そういう意味では最大の褒め言葉かもしれない。
おっぱいに言葉は要らない、でも俺は書いた
最後まで書いて一つわかったことがある。
おっぱいに言葉を尽くそうとするのは人類の奢りだ。
そこにあるのは生命の根源であり、人間が言葉を操り出す遥か前から、人間は理屈抜きにおっぱいが好きだ。
それを言葉の檻に閉じ込めようとするのは烏滸がましいことではないかね、と本間丈太郎医師も言っている。
また「ジョウタロウ」が出てきてしまった。
俺のジョウタロウ汚染はかなり進行している。
結論として、「ジョウタロウ」という名前の人はおっぱいが好きだ。
これが今日の学びだ。
とはいえ、人にはそれぞれ好きなサイズがある。
堂々と発表する人もいれば、その胸の内に——いやおっぱいのうちに——ひっそりと隠している人もいる。
俺の公式声明としては「おっぱいに貴賎なし」がスタンディングポジションではある。
AカップもZカップも等しく尊い。
これは俺の信念であり、揺るがない。
揺れるのはYカップだけでいい。
しかし、俺にも特に好むカップサイズがある。
俺は自分の感情を押し殺すのがめちゃくちゃ上手いので、サバチー版を全部読んでも絶対にわからないと思う。
GW期間もうやることがないという奴らは、ぜひ当ててみてくれ。
(了 計48おっぱい)
●サバチー エッセイまとめ
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