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港区の完全会員制サロンに今も残る、一杯50万円の禁断の味「ワシントンスープ」│月刊ガチ真実

禁断の一杯、消えた美食の記録




ワシントンスープ――ワシントン条約が生んだ、日本で最も高価な「一杯」

1977年、日本ではショットグラス一杯五十万円という、世界でも類を見ないスープが密かに飲まれていた。

その名は「ワシントンスープ」

料理名でありながら、その名前は味でも食材でもない。由来となったのは、1975年に発効されたワシントン条約だった。当時、日本はまだ条約への加盟前であり、絶滅危惧種の国際取引を巡る国内法も十分には整備されていなかった。世界各国で野生動物保護の機運が急速に高まる一方、日本国内では通関手続きも取締り体制も旧態依然としたままで、いわば「規制前夜」の空白期間が存在していたのである。


法の隙間を狙った密輸、そして誕生した禁断のスープ

その"わずかな隙間"を見逃さなかったのが、密輸業者と一部の高級料理店だった。

高度経済成長からバブル前夜へと向かう時代、日本国内では新興の富裕層が急速に台頭していた。彼らは既存の名家や旧財閥系とは異なり、不動産や金融、繊維業といった新興産業で成り上がった、いわゆる"成金"と呼ばれる層である。既存の高級料理やブランド品では満足できないこの層に向けて、一部の裏社会関係者と料理人たちが目をつけたのが、当時まだ規制の網が緩かった希少動物食材だった。

東南アジアやアフリカから密かに運び込まれたジュゴン、センザンコウ、スローロリスなど、本来なら保護されるべき珍獣たちが、香港やシンガポールを経由する密輸ルートを通じて日本国内に持ち込まれ、裏の高級食材として流通し始める。輸入申告上は「乾物」「漢方原料」などの名目で偽装され、税関の目をすり抜けていたとされる。

やがて、それらを何種類も煮込んだ究極の高級スープが誕生した。それが「ワシントンスープ」である。

価格はショットグラス一杯で五十万円。一般的なフランス料理のフルコースをはるかに超える異常な価格設定だったが、それでも予約は数か月待ちだったという。もっとも、この料理は決して"美食家"のためのものではなかった。

このスープを求めたのは、味を求める人々ではなく、「世界が禁止しようとしているものを、今この瞬間だけ味わえる」という背徳感そのものを求める人々だった。当時の会員制料亭では、料理人が蓋を開けながら「本日はジュゴンを主体に、センザンコウで旨味を整えております」と静かに説明したという証言も残る。しかし実際には、客のほとんどは味の違いなど分からなかった。何を飲んだかより、「ワシントンスープを飲んだ」という事実だけが重要だったのである。

一部の店では、その日に使われた珍獣の種類を証明する「献立証明書」まで発行され、高級腕時計や外車と並ぶ成功者の象徴として自宅に飾る者も少なくなかった。1970年代後半、この奇妙な料理は東京、大阪、神戸の限られた会員制クラブや高級料亭を中心に広がっていく。裏社会では「キャビアは金持ちが食う。ワシントンスープは、本物だけが飲む」という言葉まで生まれたとされる。


加盟準備が生んだ最後の狂騒

しかし、その熱狂は長く続かなかった。日本国内でもワシントン条約への加盟準備が本格化し、関連法令の整備とともに密輸ルートは急速に締め上げられていく。ジュゴンは入らない。センザンコウも押収される。海外ブローカーは相次いで摘発され、仕入れ値は毎月のように跳ね上がった。

皮肉にも、その希少性が最後の狂騒を生む。「来月にはもう飲めない」その噂が流れるたびに予約は殺到し、一杯百万円を超える闇取引まで行われたという。

だが1980年代に入る頃には、密輸組織の摘発、高級料亭への家宅捜索、関係者の国外逃亡が相次ぎ、ワシントンスープは表社会から完全に姿を消した。新聞が大きく報じることもなく、料理書に掲載されることもないまま、その存在だけが都市伝説のように語り継がれていくことになる。

それから半世紀近くが過ぎた現在、この料理は"消えた"と考えられている。しかし裏社会では、今なお一つの噂が絶えない。港区の一部に存在するとされる完全会員制サロンでは、海外から独自ルートで持ち込まれた希少動物を使った「あのスープ」が、名前を変えて密かに提供されているというのである。

公的な記録は存在しない。存在しないからこそ、このスープは今も"世界で最も高価な都市伝説"として、静かに飲み継がれている。


警視庁が押収した「献立証明書」

このスープの実態が最も具体的に記録されているのが、摘発直前の内部資料である。


警視庁 保安部 防犯課 内部資料(取扱注意)

整理番号:保防資 第58号
作成日:昭和56年(1981年)6月22日
作成者:保安部防犯課 第二係 係長 福田 修一
宛先:保安部長 黒沢 誠 殿

件名:都内会員制料飲店における野生動物由来食材の不正流通事案について(報告)

一 事案の端緒

本年3月、東京税関より当課に対し、輸入貨物の中に絶滅のおそれのある野生動植物の種の国際取引に関する条約(以下「ワシントン条約」という。)附属書Ⅰ掲載種と見られる動物由体の混入が確認された旨の連絡があった。当該貨物は香港経由で神戸港に到着したものであり、輸入申告書上は「乾物・加工食品」として通関されていたが、税関検査の結果、冷凍状態のジュゴン属動物の肉塊及びセンザンコウ科動物の鱗甲付き皮膚が発見された。

二 対象店舗の概要

内偵の結果、以下の店舗において該当食材の使用が疑われる。

(一)港区赤坂 料亭「一〇八」(経営者:中野 輝夫)
(二)中央区銀座 会員制クラブ「銀翠」(経営者:斉藤 久美子)
(三)神戸市中央区 料亭「浪華荘」(経営者:氏名不詳、内偵継続中)

いずれも紹介制による完全会員制営業であり、会員数は各店とも百名前後と推定され、不動産業・金融業・繊維業関係者が多数を占めるとの情報を得ている。

三 当該料理の実態について

当該料理は複数の希少動物由体を煮込んだスープ状のものであり、一部関係者間では俗称として「ワシントンスープ」と呼称されているとのことである。価格については、聴取の結果、一杯につき三十万円から五十万円程度で提供されていたとの証言を得た。なお一部証言では、直近においては七十万円を超える取引があった旨の情報もある。使用食材については、ジュゴン、センザンコウ属、スローロリス属が疑われる。

四 「献立証明書」の押収について

3月の家宅捜索において、料亭「一〇八」の帳場より、当該日に使用した食材の種別を記載した証明書様の書面(以下「献立証明書」という。)を複数枚押収した。当該証明書は和紙製で、店の印章及び日付が記され、使用食材名が毛筆にて記入されている。関係者の証言によれば、客がこれを持ち帰り、自宅に保管する慣行があったとのことである。

当課としては、この慣行自体が本件の悪質性を示すものと判断している。すなわち、当該食材の希少性・違法性を客自身が認識した上で、それを一種の記念品として保存する行為が常態化していたことになる。

五 密輸経路について

輸入経路は主として香港経由(台湾中継含む)、シンガポール経由(マレーシア半島部原産)の二経路と推定される。本年に入り現地ブローカーの一部が摘発されたとの情報があり、これに伴い仕入れ価格が急騰しているとの証言も得ている。

六 当課の見解及び今後の方針

本邦は本年中にワシントン条約への加盟手続きを完了する見込みであり、加盟後は関連法令に基づき、該当食材の輸入は明確に禁止される。当課としては、条約加盟を待たず、現行法の枠内において、可能な限り早期に強制捜査に着手すべきと判断する。

備考:本資料は捜査上の秘密に係るものであり、内部限りとする。


「客自身が認識した上で、それを一種の記念品として保存する行為」という一文が、この料理の本質を的確に言い当てている。同じ頃、この椀を実際に口にした作家がいる。


池波正太郎が見抜いた「儀式」


昭和五十三年(1978年)二月号 『味覚手帖』 連載随想「舌の記」第十一回

「金で買った一杯について」

池波正太郎

ある人に誘われて、赤坂の奥の店で、妙な椀を口にしたことがある。正式な名前があるのかどうかも知らない。ただ、その席にいた連中は皆、「ワシントンスープ」と呼んでいた。

椀といっても、ショットグラスに毛の生えたような小さな器である。そこに琥珀色の汁が三口分ほど。それだけのものに、いくら払ったのか。誘ってくれた男が払った。あとで聞いた額に、箸を持つ手が止まった。

味はどうだったか。滋味はある。獣の脂の質のよさは、たしかに舌にのった。だが、これが五十万にも六十万にもなる道理が、私にはわからない。神田の藪の蕎麦。どぜう屋の柳川鍋。屋台の鮨。どれも、この椀の百分の一の値で、腹の底から旨い。

要するに、旨いから高いのではない。高いから旨いことにされている。それだけの話だ。

同席の男たちの顔を見て、思い出したことがある。戦後まもない頃、闇市で法外な値の酒を飲まされたことがあった。あの酒も大した酒ではなかったが、皆、涎を垂らすような顔で飲んでいた。あの顔と、この日の顔は、よく似ている。違うのは、あの頃は誰もが飢えていたということだ。今、この椀を前にしている連中は、誰も飢えてはいない。

飢えていないのに、飢えたような顔で椀を覗き込む。そこにあるのは食欲ではない。もっと別の、始末の悪い欲だろう。

念のために申しておくが、この料理が今、法に触れるものかどうか、私は知らない。だが、法に触れないことと、粋であることとは、まるで別の話である。

粋というのは、値の張るものを黙って食うことではない。値の張らぬものを、いかにも値の張るように食って見せる、その工夫と諧謔にある。江戸の男は、たとい懐が寒くても、その工夫だけは手放さなかった。

この椀には、その工夫がない。珍しいものを、珍しいままに、恐ろしい値で出しているだけだ。珍しさそのものを金で買い、金を払ったという事実だけを持って帰る。それは食い方ではない。儀式だ。

同席の男の一人が、椀を空にしたあと、懐から証書のようなものを取り出して、店の主人に何やら書かせていた。今日はこれを飲んだという証拠が欲しいらしい。

証拠が欲しいような食い方は、もう食い方ではない。

帰りの車の中で、誘ってくれた男が「どうでしたか」と聞いてきたので、「悪くはなかった」と答えておいた。嘘ではない。だが、うまいものを食ったという満足は、あの晩、私の中には残らなかった。残ったのは、妙な後味だけである。

いずれ、あの椀を出す店も、あの椀を欲しがる連中も、消えてなくなるだろう。

そう思ったのを、ここに書き留めておく。


池波が「消えてなくなるだろう」と書いてから半世紀近くが過ぎた。しかし、その予言は完全には当たらなかったらしい。本誌が以前、特集を組むにあたり読者に情報提供を呼びかけたところ、編集部宛てに一件の投稿が届いた。投稿者は都内在住の会社員で、身元確認のうえ、本人の了承を得て、数年の時を経て一部を編集し掲載する。


本誌読者投稿コーナー「裏メシ通信」2023年12月号

「あの都市伝説、マジで飲んできた」

投稿者:会社員・K(38歳・東京)

編集部の皆様、いつも楽しく読んでます。今回、ちょっと信じてもらえないかもしれない話を投稿させてください。

きっかけは、去年会った祖父の知り合いのおじいさんです。もう八十半ばくらいで、若い頃は商社で接待漬けの毎日だったらしいんですけど、酒の席で「昔、一杯五十万のスープを飲んだことがある」とか言い出したんですよ。

「ワシントン条約で禁止される前の動物使ったスープでね。ジュゴンとかセンザンコウとか。名前もそのまま『ワシントンスープ』って呼んでてね」

昭和五十二年くらいに、赤坂の店で取引先の重役に連れられて飲んだらしいんですけど、「味はあんまり覚えてないけど、みんな異様な顔して飲んでたのは覚えてる」とだけ言ってました。

正直、酔っ払いのホラ話だと思って右から左に流してました。

その話を、知り合いの経営者に何気なく話したのが去年です。「こんな都市伝説みたいな話聞いたんですけど」って軽く振ったら、急に真顔になって。

「それ、まだあるよ」

え?と思って詳しく聞いたら、「港区に、名前は変わってるけど多分同じ系統の店がある」って言われて、後日本当に連れて行ってもらいました。

入口は普通のビルで看板もなくて、入ったら携帯を預けさせられました。会員は既存会員二名以上の紹介制らしくて、その経営者も「前に取引先の会長から紹介された」って言ってました。

店内めちゃ静かで、テーブルの間隔も広くて、他の客の話し声もほぼ聞こえないくらい。料理名は最初から最後まで一度も出てきませんでした。

最初の一皿が来たとき、隣のテーブルの常連っぽい人が経営者に一言。

「今日はワシントンの出来がいい」

聞き間違いかと思ったけど、確かにそう言ってました。

その一杯、飲みました。

味の感想、正直言葉にしづらいです。旨いとか不味いとかより、飲んでる間ずっと「自分は今何を飲んでるんだ」って感覚がついてきました。おじいさんが言ってた「異様な顔」の意味、ちょっとわかった気がします。

会計については聞かないでください。ただ、こういう場所でこういう一杯飲むと相応の額になるってことだけ言っておきます。

帰り際、経営者に「あれって本当にあの話のやつなんですか」って聞いたら、笑って首振られただけでした。

「さあ。俺もそこまで聞かないようにしてる」

この投稿、載せるかどうか正直迷いました。店の詳細書いたら絶対まずいことになるので、そこは勘弁してください。

ただ、おじいさんの昔話がホラ話じゃなかったってことだけは、自分の経験として書いておきたくて投稿しました。

半世紀近く前に消えたはずの都市伝説が、名前変えて今もどこかで続いてるっぽいです。

それだけは、マジです。


編集後記

この歴史のすべては、完全なる事実であるかもしれなくもなくはないのかもしれない。

しかし、「俺もそこまで聞かないようにしてる」という経営者の言葉は、池波が書いた「証拠が欲しいような食い方は、もう食い方ではない」という一文と、半世紀を跨いで奇妙に響き合っている。


月刊ガチ真実 2026年8月号
特集:法の隙間に生まれた「究極の一杯」全記録

文責:あったらいいなあを形にする サバチー
発行:ガチマジ出版


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