銀色の猫と、ルミナス通りの入口で│短編小説
ある日の午後、駅前の広場で待ち合わせをしていた。
ポケットの中でスマホが震えた。
画面を開くと、短いメッセージ。
「もうすぐ着くよ!いまルミナス通りの入り口あたり。楽しみだね🫶🏻」
文の最後に、手でハートを作っている絵文字がついていた。
彼女がこういうものを使うタイプだとは思っていなかったので、少しだけ意外だった。
画面を閉じて、僕は再び視線を上げた。
僕は広場の端にあるオブジェの横に立っていた。
銀色の、奇妙な造形の猫の像だ。
春の強い日差しのせいか、金属の表面だけがやたらと鋭く光って見えた。
僕は右耳のイヤホンに意識を戻した。
流れていたのは、andymoriの『誰にも見つけられない星になれたら』。
小山田壮平の突き抜けるような、でもどこか寂しげな歌声が、都会の乾いた雑踏に溶けていく。
数分後、人の流れの切れ目から彼女が現れた。
美佑ちゃんだ。
急ぐ様子はないけれど、遅れているわけでもない。
一定の、ちょうどいい速さで歩いてくる。
「……なんでもういるの」
開口一番、それだった。
さっきのメッセージとの温度差が、そのまま声に乗って出ていた。
「いや、待ち合わせだから。少し早めに着いただけだよ」
「早すぎ。気持ち悪いんだけど」
そう吐き捨てながら、彼女は僕の横に並んだ。
特にこちらを見ることもなく、そのまま前を向いている。
僕はふと、彼女の足元に目をやった。
今日の彼女は、グレーのプリーツスカートを履いていた。
歩くたびに規則正しく揺れる裾のラインが、いつもより瑞々しい。
おそらく、下ろしたてなのだろう。
「そのスカート、似合ってるね」
僕がそう言うと、彼女はこともなげに言った。
「……ありがと」
さっきまでの拒絶が嘘だったかのような、あまりにフラットな響きだった。
その、スイッチを切り替えるような「普通さ」に、僕はいつも少しだけ立ち眩みがする。
「……行かないの?」
彼女が不服そうに呟いた。
僕が動かずにいると、不意に手首を強く引かれた。
彼女の指先が、僕の橈骨の突起に触れた。
そこだけ、やけに冷たく感じた。
その拍子に、右耳からイヤホンが外れた。
「行こうよ」
彼女は振り返らずにそう言うと、そのまま歩き出した。
音楽が消え、街の喧騒が一気に流れ込んでくる。
ルミナス通りに入ると、人の数が一気に増える。
道端のクレープ屋から漂う人工的なバニラの香りが、午後のぬるい空気をさらに重くさせていた。
引かれたまま、しばらく歩いた。
人混みを縫うように歩く彼女の手は、結局最後まで離されなかった。
僕は、さっきのメッセージのことを思い出す。
あの指で作った小さなハートは、どういうつもりでつけたものだったのか。
今の彼女の横顔を見ていれば、分かりそうな気もしたけれど、別に分からなくてもいいような気もした。
クレープ屋のバニラの匂いが、また鼻をかすめた。
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