脳が優等生の私をデフォルトにしちゃうから困る
人生いいときもあるし、悪いときもある。体調がいい日もあるし、悪い日もある。ところで、その「いい」「悪い」は、一体いつのどんな自分を基準にしてるんだろう。
私はたぶん、1番調子がよかった頃、よかった日を基準にしている。毎日学校や会社に元気に通い、友だちと遊び、バキバキに運動をしていた、人生で最も充実していた日々。あの頃の自分をデフォルトにして、「いい」「悪い」を判断していることに気づいた。だから毎日がつらいし、自己肯定もできない。
そもそも、私が毎日元気に充実して過ごしていたのは、20代の半ばまでである。20代の自分を基準にして、40代の自分が「今日はよかったな」とか判断すること自体、どうかしているよな…と今さらながら我に返った。
よく、「子どもの運動会に参加したお父さんが若いころの自分のイメージのまま張り切ってしまい、足を攣った」みたいなエピソードがある。あれと同じで、脳はいつでも「一番よかったときの自分」を基準に考えてしまうものなのではないだろうか。
逆に、毎日体がだるくてメンタルもどん底だった時期を基準に考えてみたら、今の私ってけっこういい感じだ。でも、今の自分を「けっこういいな」なんてもう何年も思ってない気がする。常に「もっと元気にならないと」「もっとあれもこれも出来るようにならないと」って潜在的に思っている。
明石家さんまが「人が落ち込むのは、自分を過大評価している証拠」と言っていた。自分を過大評価せず、今の自分のありのままを受け入れていれば、自分の不調や不甲斐なさに悩むことも少なくなる。結局、優秀で健康な人間になりたいという執着、人からよく見られたいという承認欲求が、いつでも自分を苦しめてる。
たまに吹っ切れて「まあいいか、別にポンコツでも」と思うこともあるけれど、そう思うこと自体が自分をポンコツではないと思っている証だ。
ダメな自分を受け入れて、ありのままの自分を認める
十数年経ってもなかなか解決できないこの課題に、どうやって向き合っていけばいいか少しずつ考えていきたい。40代の私として。
