8歳の息子に葬儀を通して伝えたかった「命の大切さ」

少しお時間があるときに最後まで読んでいただけますと幸いです。
1.はじめに
今回、子どもに“死”を学んでもらうというテーマで記事を書きました。
賛否両論があるかもしれませんが、今回、祖母の死を機会に、長男として経験しておいてもらいたいということと、癇癪で怒ったときに「死にたい」と言ったことがある息子に親から伝えたいことがあったので、葬儀などを経験してもらいました。
2. 祖母の訃報と子どもたちへの説明
(1)祖母の死🕊️

先日、父方の祖母が亡くなりました。
96歳の誕生日の前日でした。
祖母は10年前に脳梗塞で倒れてから老いが進み、施設での生活が続いていました。
時の流れとともに、私の父である息子の存在を忘れ、孫の私の存在も忘れ、目もほぼ見えなくなり、耳も聞こえづらくなりました。
1度だけ、1人目の長男が1歳のときに、妻と3人で施設に連れて行ったことがありました。
私が孫であるということは分からないようでしたが、孫とひ孫が来ていると
いう事実については受け入れてもらい、息子を抱っこしたりしてくれました。
それからはコロナで施設面会ができなくなり、会う機会はありませんでした。
数日前から食事が出来なくなってきたという話を聞いていたので、そろそろかなと思っていましたが、施設に駆け付けていた父は、最後看取ることができたようです。
(2)子どもたちへの説明👨👩👦👦
祖母の死は、食卓で4人の子どもたちに伝えました。
皆、会ったことがないので、顔も分からないのですが、「〇〇(長男)は1回会ったことがあるんだよ」とその時の写真を見せたりしました。
長男は、覚えていないと言いつつも、「悲しいね」としんみりしていました。
(3)親の葛藤💭
遠方で宿泊を伴うことから、私は仕事に都合をつけ、葬儀に行けることになりました。
私は、そこに8歳の長男を連れていくべきか1日悩みました。
繊細な側面を持つ息子には少し酷かなと思ったりもしていたからです。
私自身、5歳のときに祖父の火葬に立ち会い、そのときの記憶が強く残っています。
「死」はショックなものですが、息子にも経験として知ってほしいと思っていました。
妻と私の祖父母は既に他界しており、この機会を逃すと、次の死は、順当にいけば、わが家の子どもたちからすれば結構接点の多い父母(子どもから見れば祖父母)ということになります。
私と妻は、ともに祖父母には年に1回会う程度の間柄でしたが、わが家の子どもたちは、両祖父母に結構な頻度で会っているので、亡くなったときのショックは大きいものだと思います。
死のタイミングというのは、分かりませんが、年齢的にも8歳の息子に「死」ということがどういうことなのか、伝えるにはちょうど良いくらいのタイミングであり、色々と感じて(おいて)ほしいと思い、私は妻と母に長男も行かせたいという意向を伝えました。
もう一つ、息子に伝えたかったことがありますが、それは最後に書くこととします。
「死んじゃった人を見るのは辛いかもしれないけど、4人の子どもを代表して行ってほしい。」
「おじいちゃん悲しんでいるだろうから、〇〇が行ったら元気になると思うから、一緒に行ってほしい」
と長男に伝えると、『行く』とすぐに答えてくれました。
飛行機に乗れるのが楽しみだったのもあるでしょう✈️
3. 初めての葬儀—祖母との対面⚰️

学校から帰ってくると、そのまま羽田に行き、飛行機に乗り、雪で1時間着陸できないというトラブルに巻き込まれながら、夜に葬儀場に到着しました。
葬儀場に泊まることになっていたため、息子は祖母と対面することになりました。
棺に近づくと、背中で私を押し、拒絶反応を示しました。
私は親として、色々なことに経験として関与させつつも、精神的ショックを受けさせてはいけないと思い、様子を見ながら進めていくことにしました。
「大丈夫だよ」と声をかけながら、一緒に棺をのぞくと、とても綺麗にお化粧され、健康的な顔の祖母が見えました。
亡くなった祖母の冷たさも感じて欲しかったですが、息子が怖がっていたので、それはしませんでした。
棺のそばに最後の言葉を書けるメッセージカードが置いてあったので、何か書くよう勧めると、息子は悩みながらメッセージを書き、祖母の大切にしていたものと一緒に棺に納めました。

寝る前に息子に「大ばあちゃん見てどうだった?」と聞くと「悲しかった」と言っていました。
「おじいちゃん(父)も元気そう良かったね」と言うと「うん。明日は何するの?」と聞いてきたので、「明日は退屈だと思うけど火葬、葬儀、色々あるよ」と伝えると、すぐに寝ました。
4. 火葬—「命の変化」を学ぶ🙏

翌朝、出棺の前にお坊さんがお経を唱えました。
じっとしているのが苦手な息子でしたが、数珠を貸してあげると手を合わせ、周りに合わせて「南無妙法蓮華経」と唱えたり、焼香を経験したりしました。
出棺の際には、戸惑いながらも一緒に棺を持ってくれました。
火葬場で「この後、焼かれて骨になっちゃうから、顔を見られるのは最後だよ」と伝えると、息子は棺の中をよく観察し、最後のお別れをしました。
火葬中、元々超自然児な息子は、唇を紫にしながら「寒くない」と言って外に高く積もった雪でひたすら楽しそうに遊んでいました。
途中で「大ばあちゃん、今熱いからね」と火葬場の祖母の遺影の前にあるコップの水を交換してくれました。
火葬が終わると、骨上げの時間です。
私は「パパは子どもの頃、大じいちゃんの骨を落として折っちゃったんだよ」と伝えると、息子は慎重に箸を使い、「ここは足の骨だよ」などと私の説明を聞きながら、熱い骨を何本も拾い上げました。
さっきまで棺に入っていた祖母が骨となり、小さな箱に入ったので、「こんな小さくなっちゃったね、不思議だね」と言うと「確かに。そうだね」と少し驚いた様子で、彼の中で「死」というものが体から骨へと変化したことでより現実的なものとして理解されていったようでした。
5. 葬儀を通して伝えたかったこと

これまで食事の際、息子を含め子どもがご飯に箸を刺していたときは、「それは亡くなった人にご飯を供えるときにやるものなんだよ」と教えていました。
葬儀の席で供えられたご飯に箸が立てられているのを見て、「本当だ!」と驚いていました。
「〇〇(長男)は子どもたち4人の代表で来ているから、帰ったら下の3人にも教えてあげてね」と伝えると、うなずいていました。
知らない親族が多く、環境の変化や慣れない儀式にストレスを感じたかもしれませんが、息子は最後まで色々と手伝ってくれ、よく頑張りました。
私が今回の祖母の死を通じて一番息子に伝えたかったことは、「死ぬ」って言わないでと言うことでした。
息子は癇癪を起こすことがあります。
最近は言いませんが、2年ほど前、息子は癇癪を起こすとよく「僕は死にたい」「生まれてこなきゃよかった」と言い、柵やベランダから飛び降りようとする仕草をよくしていました。
帰り道で「どうだった?」と聞くと「悲しかった」と言ったところで、私は、
「死んだらいけないんだよ」
「お葬式悲しかったでしょ?仲が良いお友達だったらもっともっと悲しんだよ」
「〇〇(長男)が死んだらパパたちがお葬式しなきゃいけないんだよ」
「昔よく『死ぬ』って言ってたけど、そういうことは思わないで欲しいし、自分で死んだらダメだよ」
と伝えました。
息子は、「うん、わかったよ」と言ってくれました。
一連の葬儀を通して、彼が「死」というものを「悲しい」ことだと身をもって認識してくれたことで私は今回息子を帯同させた目的は達成できたかなと思っています。
大切な人を思う心を育てる機会になってくれていたら良いなと思います。

おばあちゃん、長い人生いろいろあったのだと父から聞いています。
おじいちゃんが亡くなってから25年以上も一人で大変でしたね。
真夏に一度行くおばあちゃん家は、ザ・田舎で、オニヤンマしかいない田んぼがあったりなんでもできる従兄弟がいて、とても魅力的でした。
天国でゆっくり休んでください。

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