「評価が落ちても、手は抜くなよ」

あの日、処分を受けて
昨年、私は会社である処分を受けました。
正直、これまで社内では順調な評価を受け、
どこかで自分は“外さない側”だと思っていました。
だからこそ、とても恥ずかしかったです。
視線を避けるために休憩中は一人で過ごすことが増えていました。
同期や上司には「もうダメ」と何度も言いました。
皆の前では笑い話にしていたときも
内心を悟り、「無理をしている」と
声を掛けてくれた年上の部下がいました。
「辞めよう」と思うほどの出来事でしたが、
妻の支えもあり、仕事を続けることができました。
自分にとって相談役のお偉いさん
年明け、廊下ですれ違った幹部の方に手招きされ、
その方の部屋でお話しする機会がありました。
幹部の方から、“私の上司に対するウワサ”のようなものを
ひと通り聞き、「怖い世界があるものだな」と改めて思いました。
話が異動の話題に移り変わりました。
その方は定年退職ですが、延長するようです。
『今の役職から離れられるだけでも嬉しい』と仰っていました。
(偉くなっても)それほど多忙な役回りをしているということでした。
これまでも何度か話を聞かせてもらっていたので、
神経が擦り減ることをしているなと思っていました。
私も以前、上司や、部下のことで何度も相談させていただいていました。
傷物だと思った自分に返ってきた言葉
『お前はどこに行くかな』と言われたので、
部内処分を受けた身として『私は傷物ですから』と
自虐的な受け答えをしました。
どんなに頑張っても、直近の評価が良くなることはありません。
もらう前から通信簿に△が付くことが分かっている状況です。
すると、『だからと言ってお前、絶対手抜くなよ』と言われました。
確かに直近の評定は悪くせざるを得ないけど、
それとは別の評価があるのだということでした。
当時は不貞腐れていましたが、同時に
“どんなに評価されなくても仕事で見返す”
という気持ちで仕事をしてきたので、
『承知しました』とだけ答えました。
部屋を出て、廊下を歩きながら、
『手を抜くなよ』の意図をぼーっと考えてみました。
豆腐のメンタルにもかかわらず、強制的に鋼を纏っている私は、
「暗に評価してくれていると言ってくれたのか?」と
超ポジティブに解釈することにしました。
処分の結果、人事考課で評価が落ちるのは当然です。
でも、仕事への姿勢まで落とせば、自分で自分を下げることになるだけです。
評価は落ちるけど、お前の価値まで落ちたわけじゃない。
数字は下がり、肩書きも揺らぐけど、仕事への姿勢まで腐らせるな
という意味だと、勝手に解釈してみたのです。
その結果、「手を抜くなよ」という言葉は、
叱責ではなく、私の背中を押す言葉になりました。
どうせ自分なんて、と思いそうなとき、
その言葉を思い出すようにしています。
そう言ってくれた人が、私にはいました。
だから私は、失敗した人を見捨てる上司にはならないと思っています。
あの日のように、今度は私が、
誰かに「手を抜くなよ」と言える側でありたいです。

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