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山登り人生VOL918背振山系(福岡・佐賀県境)縦走への思い 

1969年9月23日から記録を執り始めた山日記を5年前からブログで振り返っています。このシリーズは4年前からです。
2014(平成26)年度は自宅増改築や国体リハーサル大会や本番対応と山に行くのが13回と非常に少なかった年ですが、長崎国体も終わりホットし冬山へ向けての準備が始まりました。
27年振りの背振山系・福岡佐賀県境は拘りの山でした。

No1069金山~背振山往復縦走

平成26年11月23∼24日 F先輩、Nさんと私
23日中山キャンプ場9:00→金山10:30→背振山
24日往路引返し

三度目のコース

背振山系には沢登りや単独峰の山登りには数多く訪れているが、
全山まではいかなくても縦走の企画は今回で三度目と数少ない。
過去は、いずれも30歳代での実施である。

32歳時、背振山頂

一度目は32歳時の

昭和56年3月の№298長野峠~雷山~井原山~三瀬峠~金山~背振山である。
20~30歳代の若手ボッカ組私他4名と
40歳前後の年長組5名に分かれての相互縦走であった。

若手は長野峠を、
年長は背振山をそれぞれスタートし三瀬峠で合流幕営し車キーを交換して、
翌日の背振山・長野峠ゴールまで縦走を続け相手車を利用して下山しようと実施された。

三瀬峠

結果は、初日雨で若手組は強行し三瀬峠まで歩いたが、
年長組は一旦背振山まで行ったものの縦走を断念して
三瀬峠に車で戻っていた。
雨に打たれ敗残兵のような若手組と合流して長野峠まで車を回収した後は、
古湯温泉の温泉センターに素泊り1,000円で宿泊した。

翌日は天気も回復し、再度相互縦走を試みらた。
若手組は三瀬峠から、年長組は背振山からやり直しである。
小爪峠から猟師岩山の間で両パーティーは擦れ違い、車キーを交換した。
結果、若手組は長野峠~雷山~井原山~三瀬峠~金山~背振山まで歩き通しことに、
年長組も背振山~三瀬峠を歩いて初日の鬱憤を晴らした。
北山ダムで合流し帰路に着いた。
記憶も薄れているが古湯温泉では盛り上がったような気がする。

北山ダム

二度目は、37歳時の

昭和61年11月の№436大峠~九千部山~蛤岳~背振山~三瀬峠である。
メンバー4名で雷山までの予定が足並み揃わず、三瀬峠から下山した。

九千部山頂

バス停の三瀬車庫までが長かったことを良く覚えている。
今回の三度目は、金山~背振山の往復縦走となった。
この他、昭和59年3月には十坊山~浮岳~女岳~羽金山を踏破している。

令和8年時、十坊山、山頂の大岩の上から玄海灘を見る。

最東端の大峠~基山が残っている。
最近はトレイルが流行っており基山から十坊山までの約65㌔を24時間踏破の挑戦が実践されているようである。
全山一発踏破に挑戦するか。
トレイルは膚に合わないし、2~3泊での幕営山行は無理かな・・・・。
もうそんな元気はない。(涙)
 

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