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「太陽を生きる」ってどういうこと?──思考ではなく体感で、太陽牡牛座を生きる

占星術を学び始めた頃、「太陽サインが自分そのもの」と聞いても、どうにもピンときませんでした。

月やアセンダント、他の惑星の特徴の方がしっくりくる気がしたんです。

でも最近、“思考ではなく体感で生きる”ということの中に、自分の太陽を感じ始めています。

それがさらに腑に落ちる文章に出会ったので、今日はその話をしますね。

太陽を実感できなかった頃

私は太陽牡牛座なのですが、雑誌などの星占いを読んでも、「安定」「物質」「五感」といったキーワードに自分を重ねることができなくて、「太陽=自分の本質」と言われても、どうも腑に落ちませんでした。

むしろ、私には衝動的で飽きっぽいところがあるし、周りの人に合わせて自分のキャラクターがなんとなく変わってしまうことを自覚していて、「本当の私ってどれ?!」って、自分で自分がよく分からないことが悩みになっていました。

占星術を学び始めるようになって、太陽以外の天体のことを知るようになってからは、「周りの人に合わせて自分のキャラクターがなんとなく変わってしまう」──
それは、月天秤座やアセンダント魚座の性質の表れだったのか〜と深く納得。

そして、衝動的で飽きっぽいところは、水星と金星が牡羊座にあることで納得。
行動や思考のスピード感、感情の立ち上がり方にも火の要素が強く出ていたんだな〜と思いました。

でも、太陽牡牛座の“静けさ”や“安定”は、なかなかピンときませんでした。

腑に落ちたきっかけ

占星術の学びを進めていく中で、「太陽=自分そのもの」と言うよりは、むしろ「育てていくもの」であり、「目指すべき方向性」のようなものだと理解するようになっていきました。

「自分そのもの」でもあるのだけれど、すんなりその資質に気づけないこともままあるようでした。
(私の場合は、太陽がノーアスペクト。そして同じサイン・ハウスに土星)

そんな中、星読み師のyujiさんのある記事の一節を読んで、自分の太陽を生きるプロセスがよりハッキリと見えた気がしたんです。

有料記事の一部なので、こちらに引用することはできないのですが、以下の記事の山羊座のところに記載されていた内容です。


牡牛座の在り方に通じるその一節を読んだ瞬間、「ああ、これだったんだ」と感じました。

“理想のイメージ”を追いかけるのではなく、“身体で感じて、確かめながら、自分に合うものを選び取っていく”──。

まさにそれが、牡牛座の太陽を生きるということなのかもしれません。

“太陽を生きる”ということは、頭で思い描いた理想の自分になることじゃなく、体を通して「これが心地いい」と感じられる方向へチューニングしていくことなんだと、すとんと腑に落ちたんです。

音とフィット感

私の体が「心地いい」と感じるものに注目してみると、少しずつ自分の太陽が自覚できるようになってきました。

その一つが「音」なのですが、私は昔から音にとても敏感で、合う音と合わない音、安心できるトーンとそうでないトーンが割とはっきりしている方です。

基本的には、静寂そのものがいちばん心地よくて、ノイズキャンセリングのヘッドホンに日々助けられたりしているのですが、音という感覚を通して、“自分の心地よさ”を取り戻したり、共鳴・共振する音を紐解いていくこと、それが私にとっての牡牛座の太陽を生きることそのものなのかもしれないと思いました。

思考ではなく、体感で生きる

太陽を実感するとは、「こうあるべき」という思考を手放して、自分の体や感覚が発する小さなサインに気づいていくこと。

派手さはなくても、静かな満足や確かさを感じられる方向へ、少しずつ軌道修正していくこと。

そうやって、少しずつ「自分の身体が心地よいと感じるもの」に意識を戻しながら、太陽の牡牛座を現実の感覚としてもっと育てていこうと思います。

太陽を生きるって、「努力してなる」ものじゃなく、「感じて気づく」ものなのかもしれません。

これは、牡牛座の太陽ならではなのかな?
他の太陽の方たちはまた違った実感の仕方をしているのかもしれませんね。

よかったらコメントで教えてください^^

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