シロとクロ
こんにちはSachihoです
今回はこの作品から
ちょっと哲学?になっちゃうかもしれないけど
この作品を観て感じた話を書こうと思います
この作品は
ヒルマアフクリントさん
私が大大大リスペクトしている芸術家さん
彼女のことを知って私とても救われたんです
スピってる自分と似た資質を芸術して生き切った人だから
まさに降ろし描きする方で
美術大学で神智学を学び降霊術で絵を描いてた人
余談ですがヨーロッパはちゃんと精神が学問になってるのが良いなって思うところです
だから芸術の文化がちゃんと成り立ってるんだなって感じます☺︎
ヒルマアフクリントはバウハウスのカンディンスキーよりも先に抽象画をやってた人で
私はすごく影響を受ける芸術家さんです

さて、そろそろこの作品のことを書こうと思います
みにくいアヒルの子が頭に浮かぶ人も多いかなって思います
ある所で異色の白鳥は異端になり
その色のフィールドでは別の色を寄せ付けなくて
でもその色も別のフィールドでは異端になる
どれも1羽だけを見たら美しいのになって
思います
だってそれが美しさであり個性だもんね
二元論が無理ある気がする
でも異色が無いとその違いに気づけない
だから闇も光も必要で
異端であることの体験が真の自己を確立していく貴重な体験になる気がするんですよね
人との違いを知って自分を知るってことかなって
異色が混ざっていると
人は違いや欠けに目が行く習性を持っているから
自ずと防衛本能で淘汰しようとしてしまう
でもよく感じて
異色を追いやって排除するんじゃなくて
理解できなくたって
知ろうとすることが優しい眼差しなんじゃ無いかなって感じるよ☺︎
わたし自身の体験だと気づけば異端になっちゃうことが多かったから
数少なくても理解者がいてくれて
その人たちを大切にできたらそれがなんか良いなって思うんだよね
そこには愛しかないから☺︎
よく私は友だちとお酒やゴハン行くってなっても
サシ(1対1)が多い
今思えば大勢の中にいると混線してしてしまって
どの意見も解るなーってその人の立場になって考えすぎちゃって疲れるから
ゆっくりと友だちの話も聞きたいし自分の話も聞いてくれたら嬉しいなって自ずと群れることが出来なかったんだよね
ある意味
群衆の中にいたら濁った色にも気づけなくて
全体像は見えなくて
いつでも異端でいなきゃ居心地が悪い自分もいるんですw
みんなと同じことやってたら
突き抜けられないって思うのは
天邪鬼な言い訳かもしれないです☺︎
