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年金を繰上げる前に、「もし障害を負ったら」を一度考えてみた

山田耕三(60歳)、咲江(59歳)

「繰上げても暮らせる」と思っていたけれど

今回は、65歳からの老齢年金を月20万円としたモデルで考えてみました。

山田耕三は60歳で定年退職しました。

65歳から受け取る予定の老齢年金は、月20万円ほど。
でも、60歳から繰上げ受給すると、年金額は当然減ります。

耕三「65歳まで待てば月20万円。でも、60歳からもらうと24%減るんだよな」

咲江「24%って、けっこう大きいわよね」

耕三「計算すると、月15万2千円くらいになる」

咲江「それでも、固定費を見直して、貯金も取り崩しながらなら暮らしていけるって話だったわよね」

耕三「そう。そこまでは計算したんだ」

山田家は、咲江と子ども2人が耕三の扶養です。
耕三は、繰上げ後の年金額でも暮らせるかどうかを、何度もシミュレーションしました。

ただ、調べているうちに、障害年金という制度があることを知りました。

耕三「年金額が減ることは分かっていたんだが、障害年金のことは見落としていた」

咲江「障害年金?」

耕三「病気やけがで障害が残ったときに受け取れる年金だよ。もちろん、誰でももらえるわけじゃないけれど。初めて病院に行った日とか、保険料の納付状況とか、障害の状態とか、いろいろ条件があるようだ」

咲江「それが、繰上げ受給と何か関係あるの?」

耕三「繰上げ受給をしたあとだと、あとから障害年金を請求できなくなることがあるらしい」

咲江は、少し黙りました。

咲江「つまり、65歳から年金をもらうつもりでいて、65歳前に病気やけがで障害年金の対象の状態になったら、障害年金を受け取れる可能性があっても、繰上げ受給していたら、請求できない場合があるってこと?」

耕三「そういうことだと思う。細かい条件はあとで確認するとして、繰上げる前に気づけてよかったよ」

補足

老齢年金を繰上げ受給すると、請求後の取り消しはできません。減額された年金は一生続きます。また、繰上げ受給後は、障害年金の請求に制限が出る場合があります。実際にどうなるかは、初診日や障害認定日などによって変わります。

月5万円は「不足額」ではなく「給付の差」

咲江「じゃあ、繰上げたら、障害年金をもらえた場合との差が出るってこと?」

耕三「そうだな。今回の例では、障害年金を月20万円くらいと仮に置いて考えてみる。繰上げ老齢年金の月15万2千円との差は、だいたい月5万円になる。」

表1 繰り上げ受給と障害年金の比較イメージ

耕三は、紙に数字を書きました。

65歳からの老齢年金が月20万円。
60歳から繰上げると、月15万2千円。

咲江「差は4万8千円。だいたい月5万円ね」

耕三「でも、この5万円の差額は、不足額とは言えないね」

咲江「どういうこと?」

耕三「もともと、月15万2千円で暮らせるように計算していたからだよ。健康なままなら、5万円がなくても生活できるかもしれない」

咲江「たしかに」

耕三「でも、障害が残ったら、5万円があっても足りないかもしれない」

耕三「だから、この5万円は“不足額”じゃなくて、障害年金を受け取れていた場合との“給付の差”だと思った方がいい」

補足

この記事では、月5万円前後を「生活費の不足額」とは考えません。障害年金を受け取れていた場合と、繰上げ老齢年金だけになった場合の差としています。実際に足りるか足りないかは、障害の状態、家族の支援、住宅事情、貯蓄などで変わります。

本当に見るべきは、年金の差だけではない

咲江「でも、月5万円の差なら、保険か貯金で何とかなるのよね?」

耕三「そうなんだけど、足が不自由になったら、家の段差をどうするか。手すりをつけるか。車いすが必要になるか。車は改造するか。通院の交通費も増えるかもしれない」

咲江「なるほど。椅子とかベッドも揃えなきゃいけないかもしれないわね」

耕三「そう。そういうお金は、月5万円とは別に発生する話」

咲江「じゃあ、繰上げるかどうかと、障害を負ったときに必要なお金は別ってことね」

耕三「そこなんだ」

まず、民間保険でどこまで近づけるか

咲江「最初に検討するなら、保険かしら」

耕三「俺もそう思った。生命保険や医療保険には、障害状態になったときの保障や特約が付いている商品があるらしい」

咲江「一時金が出る商品もある?」

耕三「それもあるし、就業不能状態が続いたときに、毎月給付されるタイプもあるみたいだ」

咲江「でも、60歳から新しく入ると、保険料も高そうね」

耕三「だから、払う保険料に見合う保障かどうかを見極めないといけない」

たとえば月5万円の給付差を60歳から65歳までの5年分で見ると、300万円です。

咲江「300万円か……」

耕三「一時金100万円なら助かる。でも、5年分の差が全部埋まるわけじゃない」

咲江「毎月給付型なら近づけるかもしれないけど、条件が厳しいかもしれないわね」

耕三「そう。どんな状態なら出るのか。何日続いたら出るのか。在宅療養はどう扱うのか。ちゃんと見ておかないといけない」

山田さんは、保険証券を出して確認することにしました。

表2.民間保険を見るときの確認ポイント

補足

民間保険は、公的な障害年金とは別のものです。保険会社ごとに、支払い条件や対象になる状態が違います。公的年金の障害等級に該当しても、民間保険で必ず給付されるとは限りません。

一時金は、生活費とは別に置いておく

咲江「保険で月5万円に近づけたとしても、家のリフォーム代とかは別よね」

耕三「そうなんだ。そこは貯金から万が一のために別にしておいた方がいい」

咲江「老後資金として、ひとまとめに管理しない方がいいのね」

耕三「生活費の取り崩し用と、もしもの時の一時金は分けておきたい」

山田さんは、貯蓄をこう分けて考えることにしました。

表3.お金の分け方(管理方法)

咲江「貯金が何万円あるかだけじゃなくて、何に使うお金かを決めておくのね」

耕三「そうしないと、使っていいお金なのか、残すべきお金なのか分からなくなる」

非課税世帯なら、制度面の差は近づけられるかもしれない

咲江「障害年金って、税金はどうなるの?」

耕三「障害年金は非課税らしい」

咲江「老齢年金は?」

耕三「老齢年金は課税対象。でも、所得が低ければ、結果として住民税がかからない場合がある」

山田家の場合、60歳から繰上げ受給すると、年金は月15万2千円。
年間では182万4千円です。

咲江「うちは私と子ども2人が扶養だから、扶養は3人ね」

耕三「市の非課税基準を見ると、扶養がいる場合は、扶養人数を入れた式で計算する」

山田家の住んでいる市の住民税非課税基準では、扶養人数が1人以上の場合、均等割・所得割とも非課税になる合計所得金額の目安は、

35万円 ×(扶養人数+1)+31万円以下

とされています。

山田家は扶養人数が3人なので、

35万円 × 4 + 31万円 = 171万円

です。

咲江「年金収入182万4千円だと、超えているんじゃないの?」

耕三「年金は、受け取った金額がそのまま所得になるわけじゃない。公的年金等控除を引いた後の所得で見るんだ」

咲江「じゃあ、繰上げ後の年金額なら、非課税世帯になる可能性があるのね」

耕三「他の収入があれば変わるから、自治体への確認はした方がいいね。」


住民税非課税世帯になれば、障害年金と完全に同じになるわけではありませんが、税金や一部の医療費、障害福祉サービスの自己負担は、軽くなる場合があります。

咲江「制度面では、障害年金を受け取っている場合に近づけられるかもしれないのね」

耕三「そう思った。でも、月5万円の給付差そのものは残る」

咲江「そこは、保険と貯蓄ね」

耕三「それに、投資も少し考えるかな」

補足

障害年金は非課税です。老齢年金は課税対象ですが、公的年金等控除を差し引いた所得が非課税基準内なら、住民税がかからない場合があります。住民税非課税世帯になるかどうかは、本人だけでなく世帯の状況や他の収入でも変わります。

投資に回すなら、すぐ使うお金とは分ける

咲江「投資って、退職金を?」

耕三「全部じゃないよ。すぐ使うお金まで投資に回すのは怖い」

咲江「障害になった直後に必要なお金は、現金で持っておきたいわね」

耕三「そう。家のリフォーム代や通院のためのお金まで投資に回したら、必要なときに相場が下がっているかもしれない」

咲江「でも、すぐ使わないお金なら?」

耕三「それなら、繰上げ受給したお金の一部や退職金の一部を運用して、将来の給付差を埋める助けにできるかもしれない」

投資で必ず増えるとは限りません。
それでも、保険、貯蓄、非課税世帯だけでは不安が残るなら、選択肢のひとつにはなります。

そこで、山田さんは順番を決めました。

まず、生活費の見直し(固定費の削減)。
次に、万が一の時の一時金確保。
そのうえで、すぐ使わないお金だけ投資。

咲江「投資は最後なのね」

耕三「うちの場合は、その順番がいいと思う」

山田さんが出した答え

咲江「結局、繰上げ受給はどうするの?」

耕三「まだ決めきったわけじゃないけど、前よりは考え方がはっきりしたよ」

咲江「どこが?」

耕三「繰上げた年金額で暮らせるかだけに着目していたけど、万が一が起こったら、それだけじゃ足りない」

咲江「障害年金との差は、月5万円くらいかもしれない」

耕三「でも、それは不足額じゃなくて、受け取れていたかもしれない給付の差にすぎない」

咲江「5万円がなくても暮らせるかもしれないし、5万円があっても足りないかもしれない」

耕三「そう。だから、実際にどうなるかは、その状態になってみないと分からない」

咲江「それでも、できることはあるわね」

耕三は、紙に書き出しました。

  • 民間保険で、月5万円の給付差にどこまで近づけるか検討する

  • 万が一のための一時金を、貯蓄から別に確保する

  • 住民税非課税世帯を維持できるか確認する

  • すぐ使わないお金だけ、投資に回すか考える

耕三「これでも完全に安心とは言えないけれど、障害年金との差を何で埋めるか、万が一の時どうするかのめどは立てられる」

咲江「繰上げる、繰上げないの前に、そこを考えておくってことね」

耕三「そうだな。年金を早くもらうかどうかは大事だけど、もし障害を負ったらと考えると、少し怖くなった」

繰上げ受給が悪い、という話ではありません。

月15万2千円でも暮らせるように家計を組めるなら、繰上げ受給という選択はあります。

ただ、健康なまま暮らせる前提の計算と、障害を負った後の家計の支出は同じではありません。

山田さんは、繰上げ受給を決める前に、障害年金を受け取れていた場合との差をどう埋めるかを考えることにしました。

それで100%正しい答えが出るわけではありませんが、少なくとも、何に備えればよいかは見えてきました。


出典・参考リンク


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