神話と神話をつなぐ謎世界4 海をつなぐ「連衡」
以前から漠然と書いてみたいと思っていてた「コシ」と「シナノ」と「オワリ」に潜む古代の謎。ようやくその気になってNo+eに向かい始めたこのタイミングに、その時がやってきた。
永い間、混とんとした時間の中に家族を押し込めてきた、介護状態の母が他界した。
おそらく母の存在がなければ私は、信濃川(長野県で千曲川)やその支流・源流の世界に想いを馳せることはなく、東日本には縁の少ない神話の謎に触れようなんてことは、なかったのかもしれない。
文章を書く能力に足りていないのは母譲り。知識も足りていない。
田舎特有の、家族の世話に明け暮れるだけの価値しか求められてこなかった私が、それでも「この地において思うこと」を書き始めることで前に進み始めたから、母も納得して次の世界に向かったのかもしれない・・・と、思いたい。
降り積もる雪や、ジメジメした蒸し暑い閉鎖的な空気にあえぐ私の頭の中に、「コシ」のいにしえを想起させた亡父と、「シナノ」や「オワリ」のいにしえを想起させた亡母。
この辺境の由縁の数々を見つめることで、心がバラバラだった私たち家族の縁も、意味あるものとして受け入れていけるのかもしれない。
天馳使
海を治める使命を与えられた神さま「スサノオ」。
その神の座する世界に若者がやってきて婿となり、そしてある日行動を開始した。
最初に向かった先は「コシ」の国。

でもこの男、ここではただのラブコールを送って恋を成就させただけ。
「何だ、つまらない。」
と、最初に神話を読んだ時は全くスルーしてしまったけど、改めて「出雲神話」を筋立てしてみたら・・・
「八島国 妻纏きかねて・・・」
妻欲しさのただの囁きにすぎないと思っていたこの歌の、意味がわかった気がした。
一個人としての男が、ただ美女を求めていたのではなく、「ヒメ」と呼ばれる立場の背後にある、当時の「母系社会」が持つ組織力を求めての「妻問い」だったのではないかと思えてきた。
「誰それの娘」ではなく、「ヒメ」がひとつの人格として扱われる時代の話が、神話に語られているのだ。
正妻から離れて最初の「妻問い」は「天馳使」なる「使者」を遣わしての求婚だった。
それは、海族の航海術や交通網を使った大国主の政治が、ここに始まったことを意味しているようにも思える。
陸道が整備されていない古代において越境しながらつつがなく進むには、海路をとったはずだ。スサノオという海神をバックボーンとする意義はそれだろう。恐ろしさと恩恵をもたらす神に、海人たちはひれ伏す。

海神を布教し、海を制し、そして王の血を残すにふさわしい同盟者としての妻を求めたのだと思われる。
「天馳使」というのは、古い時代では「海」を馳せる「海馳使」だったと思われる。この便利な「使者」を天族が踏襲してから、「天」を馳せる文字に置き換えられたのだろうと想像する。
あるいは、陸と海をつなぐ船着き場を、イズモでは「澗」と呼んだらしいので、これに複合語をつくる海人特有の「網」を冠すれば「網澗」となる。
漁港を意味する「網澗」を抑えながら、それらを政治的に連携していくプロセスに「使者」の役割が生じたかもしれない。
彼ら「海を馳せる使者」がとりもつ婚姻もまたひとつの同盟であり、古事記の「天馳使」が伝えたという恋歌は、政治的攻略だったという見方もできる。

八島国 妻纏きかねて 大国主は海を行く
大国主は「宇都志国玉神」の名前を与えられた男。
神話の中で、黄泉がえりして生まれ変わったとされた時から庶民ではなくなり現世の「王」として生きる運命を背負わされた。
いや実際は、王の神秘性を語るために、隠世のスサノオとセットされた現世の王の神話が創作されたのだろうと思うのだけど。
「色事師」などと言ってはいけない。土地に血を結ぶことが「王者」の最も尊ぶべき大切な仕事だ。宮廷で生まれた王子を各地に送り込む時代は、まだ先の話である。
父系社会は農耕による定住によって生まれるけれど、イズモ神話の男たちは、妻を求めてさ迷い歩いていた。
つまり彼らはまだ確固たる定住者ではなかったのだし、この時代の婚姻や社会形成のありかたは、現代とは全く異なっただろう。
渡来人が横行し始めた時代の中で、王者は主要なエリアに妻たちを求め、彼女たち母系社会に育つ子弟たちをひとつに纏め、秩序を維持していく使命を負わされたのではないかと推測してしまう。
あぁそうか、スクナビコナ亡き後にこの島国を「纏」めるための場を求め、「大神」の指示に従って「向」かった先だから、あの三輪山のふもとが「纏向」という地名になったのだろうか?
神話の記述と合致するそこは、確かに瀬戸内海と太平洋と日本海の中央に位置する中つ国の、理想的な「中央」だ。
ともあれ、大陸と向き合うため、美女たちを口説いて身内となることで、最初の仕事として日本海の「連衡」を、大国主は実現させていたのではないだろうかと思う。

東から「コシのヌナカワヒメ」「イナバのヤガミヒメ」「イズモのスセリヒメ」「ムナカタのタキリヒメ」。
その他たくさんの女神たちが大国主の子を産んだと記述されているけれど、細かい話は私ごときが調べてもよくわからない。
現代人の色眼鏡で大国主を天下の魚色家にまつりあげているように見えてしまう神話は、実は防衛及び通商同盟が、ヒメたち母系社会の連携で生まれたことを、語っているのかもしれない。

東西の同盟「連衡」があったなら、南北の同盟「合従」もあったかもしれない。
「連衡」は東西の同盟を意味し、「合従」は南北の同盟を意味する。中華の戦国時代、強国「秦」を中心とした、東方各国の臨機応変に態度を変える同盟を意味する用語で、現代のビジネス戦略にも通じているらしい。
土着の母系社会が大国主を通してヨコにつながった背後の世界には、タテにつながりながら西方の動向を注視し、ひそかに大陸的な「覇」を狙っていた東方の父系社会があったかもしれない。
次は、日本を東西に分ける山の中の神々について書いてみたい。

